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ピシッ!
普段光を放っているのは髪だけのはずなのに、微かな炸裂音がした途端、エリューシアの全身から陽炎のような…何処か不穏な光が放たれている。
「……ふざけないで…。
ビリオー先生…ぃぇ、副学院長……それらは貴方達が考えるべき事では?
そこのバカ殿下と一緒に、国として対策すべき事では?
それを何故一学生でしかない私達に聞かせるのです?
判断を求めるのです?
到底、納得等出来ませんが、それでも手順としては、私達ではなく当主…家に話を持って行くのが筋ではないのですか?
何より許せないのは………
………何故お姉様を巻き込む?」
「「「!!??」」」
ゆらりと幽鬼のように立ち上がり、テーブルを回り込んで近づこうとするエリューシアに、ハロルドだけが辛うじて反応出来た。
「エリュ……ラ、ラステリノーア公爵令嬢! ど、どうか御鎮まりを!」
「鎮まる? この程度で私が激高してるとでも思っているの?」
流された視線に、ブルリとハロルドは震え上がった。
「精霊達も怒ってるだけよ……。
第一、私が本気でキレたらこの学院程度、一瞬で跡形もなくなるわよ?
………勿論、貴方達諸共ね…」
立ち上がったエリューシアが、アイシアに促されて再びソファに腰を下ろしたが、エリューシアの周りに張った陽炎のような光は収まらない。
他は兎も角、アイシアが不安そうな様子に気付き、エリューシアは肩を竦めて続ける。
「大丈夫……。
さっきも話した通り、本当に私がキレたらこの程度では済んでいません。
お姉様だけじゃなくお父様やお母様も皆も……まぁ私と繋がりの深い方々だけではありますけど…そう言った方々に関わる話の場合、何故か精霊達が大きく反応するのです…。
最初は私の感情に呼応してるだけかと思ってたのですけど、どうもそれだけではないみたいで」
アマリアが消えてから顕著になった変化だ。
もしかしたら精霊達の方が感情の動きは激しいのかもしれない。これまではそれを言葉は通じないながらも、アマリアが上手く宥めてくれるか何かしていたのだろう。
今となっては全てが憶測で、わかる事等何もないが……。
「ホッホ…いやはや、公爵令嬢には失礼申し上げましたな。
王子殿下、これでご納得いただけましたかな?
だから止めたのですよ。
何でもかんでも、出来るからと押し付けるのはいけない事なのです。ましてや同意出来ない事には反発もします」
「………済まない…」
もしかしてさっきの話はバルクリス発案なのだろうか?
思わずじっとりと視線だけで睨み付ければ、バルクリスが更に縮こまった。
「王子殿下が話していたら、被害は更に大きかったかもしれませんなぁ」
他人事のように笑っているビリオーだが、エリューシアは内心『どっちでも同じだ』と吐き捨てていた。
そんな不機嫌全開のエリューシアはさて置き、ビリオーは姿勢を正すように座り直した。
「では改めて…」
「では改めて…」
目の前の貴婦人が姿勢を正し、2通の封書をテーブルの上を滑らせ差し出す様子を、アーネストは不機嫌さを隠す事無く睨め付ける。
「お時間を取って頂いて感謝します。
用向きは先だって伝えた通りですので、こちらの封書だけで問題ございませんね? 何しろこうして連れてきておりますし」
シャーロットが優雅に口元を扇で隠した。
彼女の隣に座らされている少年2人の方が、アーネストの不機嫌さを感じて微動だに出来ないでいる。
「断ると言ったはずだ」
「旦那様…」
対面に不機嫌さ全開でそっぽを向くように座っているアーネストの隣で、セシリアが困ったように眉尻を下げていた。
「旦那様、子供達が怯えてしまっているわ…」
「……セシィ……だが、これは…」
「えぇ、性急すぎると私も思いますわ」
シャーロットの隣に座る少年は、1人はクリストファ、もう1人はベルクであった。
そしてテーブルの上に差し出された封書は、1通はベルモール公爵家から、もう1通はキャドミスタ辺境伯家からのものであった。
「私はベルモール公爵家とキャドミスタ辺境伯家の代理で伺わせて頂いただけですわ。
何分、転移紋を自由に使えるのが私だけなものですから。
それに確かに"元"母親と言う側面もございますけれど、今は2家の代理として考えて頂きたく存じます」
言い切るシャーロットを今一度睨め付けてから、封書の方に視線を落とす。
どちらも婚約の申込状だ。
「……しかし……グラストン夫人の子息は……」
アーネストが苦虫を嚙み潰したような渋い表情で呟く。
「御安心を。
だからこそベルモールなのですわ。
クリストファは……もうグラストンの者ではございません。
ベルモール公爵家と養子縁組を済ませており、正式にベルモール公爵家の者となっております。
こちらが養子縁組の証書ですわ。
どうぞご覧になって。
貴方達をグラストンに……王族に関わらせるような事は決してしませんわ」
「いや! そう言う問題ではないだろう!?」
アーネストはどうしても納得出来ないらしく、表情は硬いままだ。
「旦那様……」
セシリアはアーネストから視線を動かし、シャーロットの隣に座っている2人の少年を見つめた。
キャドミスタ辺境伯家のベルクと言う少年についてはあまり聞き覚えはないが、クリストファについては借り上げ邸に残した使用人や騎士からも、名前を聞いた事があった。それに長期休暇の時にはオルガやメルリナからも話を聞いて、セシリアは結構前から存在は知っていた。
アーネストが渋るのもわかるのだ。
何が悲しくて義妹であるロザリエを死に追いやり、義兄であるフロンタールを意識不明にさせ、義両親を殺した現王家と繋がりを持つ羽目にならねばならないのだろう。
クリストファは勿論、キャドミスタのベルクだとて憎きザムデン宰相の血筋だ。
何故そんな血筋と、溺愛してやまない2人の娘を差し出してまで縁付かねばならないのだ?
子に罪はない…。
言うのは簡単だ。
だが感情はそう簡単に割り切れるモノではない。
理想は現実と感情の前に無力なのだ。
「旦那様の御気持ちがわからない私ではありません。
ですから今は婚約者候補ではなく、単に避難してきた貴族子息として預かれば良いのではないでしょうか?」
セシリアのその言葉にアーネストは頭を抱え、シャーロットは眉間に皺を寄せた。
「しかし……」
「セシリア、お願いよ……時間がないの。クリスに罪はないし、婚約すれば名実ともに…」
「シャーロット、貴方までそんな事を言うの?」
「………」
セシリアは毅然とシャーロットの視線を受け止める。
「シャーロット。
私達が……アーネストがどんな思いを抱えて来たのか、想像すら出来ない?
王弟の妻となって、そんな感情すらも理解出来なくなった?
それを……避難先としてならまだしも、一足飛びに婚約打診だなんて……」
セシリアの言葉にあからさまに反応したのは少年2人の方だ。
「な…!?」
「ッ…」
顔は驚愕に強張り、2人ともシャーロットから思わず距離をとっている。
「どういう事ですか?
そんな話……僕は聞いていない…」
クリストファがシャーロットに向かって投げた言葉は、酷く冷たい温度を持っていた。
呟いた後、クリストファは立ち上がり、対面に座るアーネストとセシリアに向かって深く頭を下げた。
「とんでもない非礼をお許しください。
母が……元とは言え母が失礼したしました。
ラステリノーア公爵家と王家の間にあった事は、私達も昨晩聞かされただけですが、それでも、これがどれほど無礼な事かは理解出来るつもりです。
本当に申し訳ございませんでした」
再度頭を下げたクリストファに、ベルクも頷き立ち上がった。
「クリス、行こう。
私達がここに居れば居るだけ公爵様方を傷つけてしまう」
「………ぁぁ、そうだね」
退室しようとする少年2人に、シャーロットは狼狽えるばかりだ。
「そんな…クリス、待って頂戴!」
シャーロットには見向きもしないまま、扉を開けて出て行こうとする2人に声がかかる。
「待ちなさい」
静かに、だがはっきりと届いたのはアーネストの声だった。
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