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生垣から遠く見えるフィータとロスマンは、顔を寄せ合って何やら内緒話でもしているようだが、居並ぶ取り巻き達は表情を動かしもしない。
(でもまぁ、あぁして自分達だけで固まってくれてるなら、それはそれで平和だから良しとしようかしらね。
不気味だし、こう背筋がゾワゾワするような不快感はあるけれど、でもそれだけで、周囲に絡んでいくような事も今はないみたい…。
ソキリス様達も今は平和っぽいし……。
正体不明な事は間違いないけど、ジョイの報告待ちかしらね)
そうしてそっと覗いていた生垣から離れ、上位棟の教室へ戻ったのだが、そこでサキュール先生に呼び止められた。
用件を問うても濁されるばかりで、どうしたものかと訝しんでいると、アイシアにも声かけていると言われれば、最早行くという選択しか残らない。
行きついた先は副学院長室。
しんと静まり返った廊下に、サキュールがしたノックの音が無駄に響く。
中から返事があり、開けられた扉から失礼しますと入室すれば、確かに衝立の奥にアイシアの姿があった。
「お姉様!」
「ぁ、エルル……一緒に来れば良かったんだけど、ごめんなさいね」
「ぃぇ、それは構わないのですが……一体?」
アイシアが座っているソファに近づき、首を巡らせれば向かい側のソファに座っていたのは副学院長ことビリオー先生と……予想だにしなかったバルクリスだった。
「っ!?」
驚いたのはそれだけではない。
まさかと思うが、座ったままの姿勢ではあったが、テーブルに額がついてしまいそうな程、バルクリスは頭を下げていた。
見れば後ろに控え立っているハロルドと、侍女……もしくはメイドだろうか…見慣れない少女も頭を深く下げていた。
「これは……」
状況が飲み込めず、思わずビリオーとアイシアを交互に見つめてしまう。
「エリューシア嬢も呼び立ててしまって申し訳ありませんが、そちらに一旦腰を下ろして頂けますかな?」
「エルル、とりあえずここに座って」
二人に促されて、困惑しつつも腰を下ろせば、口を開いたのはバルクリスだった。
「済まなかった!!
あの時は失礼な事をした。許してもらえないかもしれないが……」
未だ頭を下げたままの姿勢を変えないバルクリスに、エリューシアは眉根を不快そうに顰める。
「エルル……」
心配そうな声のアイシアには申し訳ないが、既にこの状況が不快なエリューシアはそれを隠そうともしない。
「……それは王族としての命令ですか?」
やっとの事で絞り出した問いかけは、思った以上に低い冷たさを纏っていて、バルクリスは頭を下げたままビクリと身体を弾ませた。
「い、いや……違う!」
百歩どころか、渋々だが万歩くらい譲って、加害者が被害者を呼び出すという失礼極まりない行動には目を瞑っても良い。
加害者が王子だし、仮にも王子と言う存在が教室や廊下等でこんな姿を晒す訳にも行かないのは、心底嫌だが理解してやらない事もない。
しかし謝罪と言うのは押し付けられるモノではない。
謝罪する側は『謝る姿勢を見せた』と言う事に満足かもしれないが、それで許すか許さないかは被害者側が決める事だと思うのだ。
もし王族が頭を下げているのだから過去は水に流せとか言われるなら、この場で切り刻んでやろうかとまで物騒な事を考える。
「もし王子が頭を下げてるんだから許すのが当然だろうとか、そんな考えを持っていらっしゃるなら、私はここに留まる意味を見出せませんので、即刻失礼しますね」
「……エルル…」
「「「………」」」
「…そんな事…考えてない。
俺がとった態度は最低だったし、言動も失礼極まりなかったと、今は理解している」
頭を下げ続ける王子の隣で、ビリオーは涼しい顔でお茶を嗜んでいたが、静かにカップを置くとゆっくりと口を開いた。
「王子殿下とメッシング君が学院に復帰する予定なのですよ。
あぁ、ついでの後ろで立っている彼女も、在籍する事になる予定です。
それで事情を君達には話しておこうかと思いましてね」
ビリオーの言葉にエリューシアの双眸が不穏に眇められた。
「どういう事です?」
「ホッホッホ…少々込み入った事情がありましてな。
ふむ……」
後ろに立っていた少女を、ビリオーが呼び寄せる。
「彼女の名は……あぁ、自己紹介して貰った方が良いかもしれませんな」
ビリオーが少女に視線で促す。
「……ぁ…ぁの…ユミリナっていいます!」
名前を聞き、一呼吸おいてからエリューシアとアイシアの顔色が、揃って蒼褪めた。
「その名前……」
「……まさか、ね」
ユミリナが下げていた頭を一度上げてから、再び勢い良く下げた。
「オ…オザグスダムから、来ましたっ!」
思考が停止する。
オザグスダム王国からの王子王女が来るという噂があったのは知っていたが、もう長く空席のままで噂は噂に過ぎなかったかと思っていた所への、この爆弾である。
まだ呼ばれたのがクリストファなら理解出来る。
まぁ現在所在不明ではあるが、彼なら王族の血をしっかり引いているし、何よりグラストン公爵家が外交の一端を担っているのは有名な話だ。
アイシアとエリューシアは、確かに公爵家の者だが、ラステリノーア家は外交に携わっていないし、何より中央とも距離を置いている。
娘2人が王都の学院に在籍しているのに、未だに王都邸を所有していない事からも察する事が可能な知る人ぞ知る話で、何故ここに呼ばれたのか、本当にわからない。
バルクリスが謝罪したかったのだとしても、それなら彼とハロルドだけで事足りる。
エリューシアとアイシアの様子に、ビリオーがホホっと何時ものように笑った。
「彼女か殿下から話して貰っても良いのでしょうが、ここは私が話しておきますかね…。貴女方には話す許可をもらっておりますし「待ってください」な……うん?」
頭の中に警鐘が鳴り響く。
この後に続く話を聞いてはいけないと、エリューシアは直感的にビリオーの言葉を遮っていた。
「とりあえず先に……。
王子殿下は頭をお上げ下さい。
後ろの方々も……。
ただ、だからと言って謝罪を受け入れる気は毛頭ございません。それは御了承下さい」
ゆっくりと顔を上げたバルクリスの心痛が現れた表情に、エリューシアは何も感じない訳ではないが、それでも許し難かった。
隣でアイシアが痛ましそうな顔をしているが、こればかりは譲れない。
この馬鹿のせいでアイシアは断罪される羽目になった。
ゲームとリアルを混同するなと言われるだろうが、そんな言葉でエリューシアのあの時に怒りは払拭されたりはしない。
「現在我が家は領地経営に勤しむのみ。
私の怒り等、中央にも王家にも些末な話でございましょう。
ですので、これ以上は関わらずに居てくださいますようお願い申し上げます。
では、これにて御前を失礼をいたします。
シアお姉様、行きましょう。これ以上の話は必要ないわ」
アイシアを促し退室しようとするエリューシアを、バルクリスは再び頭を下げて呼び止めた。
「待ってくれ…。
俺を許せないのはよくわかった。
だが、頼む……話は聞いてくれないか…」
「私からも……恐らくですが、公爵家も見てるだけとはいかなくなるかと…」
バルクリスの言葉だけなら兎も角、ビリオーの言葉に、エリューシアも足を止め、渋々ソファに座り直した。
「感謝しましょう。
一部憶測も入る事はお許しを…。
ユミリナ王女はオザグスダムから留学他の目的で来訪されたのですが、上陸許可を待たずに上陸、そして密入国した挙句、置き去りにされたとの事です。
恐らくですが、オザグスダム側は戦争の切っ掛けを欲しているのだろうと思われますが、王女自身はそんな思惑は全く聞かされていなかったようです。
別ルートからの情報でも、それは確認できたようで、彼女の身柄をどうしたものかと相談が入り、学院にて保護する事になりました。
ですが、少々問題が……」
ビリオーが苦笑交じりにユミリナに視線を送ってから、エリューシア達に視線を戻した。
「1つは王女殿下の学力がかなり心許なく、通常棟へも編入が難しい事。
1つは侍女がおらず、王女殿下のお世話と警護をする者が居ない事。
学力については王子殿下が一緒に別室で教えるという事で、一旦はやってみようとなっているのですが、そうなると王女の話し相手と言うか相談相手が全くいない事になってしまうのです。
やはりそういうのは同性の者でないと難しい面もあるかと思った次第です」
ビリオーの話を聞くうちに、エリューシアは半眼になり、視線は剣呑な物へと変わって行った。
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