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「………ぁ…あ……れ…」
最後の記憶は草むらを掻き分けていたモノ。
ゆっくりと顔を巡らせれば、全く知らない部屋だった。調度品も古臭い物が最低限置かれていると言った感じで、何となくホッとする。
微かなノックの音に、返事をする間もなく開かれた扉だったが、すぐさま閉じられた。
「な……何…。
でも、ここ何処だろ…お兄様達はどこにいっちゃったんだろ…って………足痛いな……」
痛みに足へと目を向ければ、包帯が巻かれている。
改めて自分を確認するが、ドレスも宝飾品も自分、と言うか国から持ってきた物で、何もなくなったりしていない事に少しだけホッと息を吐いた。
オザグスダム王国第5妃の第2子であるユミリナにとって、全ては国からの借り物だったから、本当にあって良かったと胸を撫で下ろしていると、再びノックの音が聞こえた。
今度は返事を待っているのか、すぐには開かれない。
「………誰…」
生国では返事を待ってくれる事も、それ以前に部屋の扉がノックされる事さえなかったので、どう返事すれば良いかわからず、ぶっきらぼうな態度になってしまった。
一応返事と捉えてくれたのか、扉が開かれ、そこから入ってきた女性に目を丸くする。
オザグスダムでは見た事がない程気品に溢れながらも、まるで王者のような圧を放つ女性にユミリナは圧倒され、つい後退ってしまった。
だが、今回旅立つにあたって他の妃達や義兄義姉達から言われた言葉が頭を過る。
――何者にも侮られるな。
ユミリナはキュッと唇を一度噛みしめてから、女性を睨み付けた。
「こ、ここは何処なの!? 私を誰だと思っているの!? 無礼よ! 不敬よ! 私は「お黙り」ッヒ!」
たった一言で息を飲んでしまい、ユミリナの虚勢はあっさり挫かれそうになる。
「全く……期待はしてなかったけれど、酷すぎる態度ね。
助けて貰った礼もなく、傲岸不遜も甚だしいわ」
「……ぁ………私…」
少女からほんの少しだけ素の顔だろうか…それが見え隠れする様子にカタリナは訝し気に片眉を跳ね上げた。
「お名前は?」
「ユ……ユミ、リナよ!
名乗…ってあげたんだから感謝し、なさいよ…ね!!」
「オザグスダム王国の王女で間違ってないかしら?」
「!」
どうやら目の前の女性は、ユミリナの事を承知しているらしい。
それがわかった途端、ユミリナはもう虚勢を張り続ける事が出来なくなった。
「……私……」
無言で一歩近づいてきた女性に、思わず身を縮めて頭を両手で庇う。
「ごめんなさい、ごめんなさい! ゆ…許してください!」
別に威圧するつもりはなかったカタリナだが、その様子に不信感が更に募った。
斜め後ろに控えていたメイドに何やら耳打ちし、ユミリナが端っこで震えているベッドに近づく。
「怯えなくて良いわ。
貴方の事を教えて欲しいだけなの。もし貴方が影武者だったとしても、それはそれで構わないわ。どう?」
思いがけない優し気な声音に、ユミリナがそろりと庇う腕を緩めた。
「はぁ……貴方に言う訳じゃないから怯えなくて大丈夫だけど…ほんっと貴方の国って糞ね」
気品あふれる淑女から零れたと思えない言葉に、ユミリナの方がビクンと身体を弾ませた。
「つまり貴方は、影武者でも何でもなく、本当に第5妃の第2子であるユミリナ王女で、生まれてからずっと王女としての扱いを受けた事も、教育もまともに受けていないと……。
貴方の母君や兄君は何をしているのかしら?」
「これが証明になるって侍女さんが…」
ユミリナが前髪を手で払うと、そこにはオザグスダム王家の紋章の刺青があった。
オザグスダム王族は額に彫物をすると言う話は本当だったのかと、カタリナは綺麗な子供の皮膚に施されたソレをじっと見つめた。
戦争で首が撥ねられても王族と分かるように施すらしいと、実しやかに噂されていたが、その理由は兎も角入れ墨は事実だった事がわかった。
「えっと……それから…お母様とは会った事ないし、お兄様は王宮に部屋があるから…」
「貴方は使用人も寄り付かない物置に追いやられていたと言うのに?」
「私は……女だから…双子で獣にも劣るから仕方ないよ…それにお兄様の邪魔になってはいけないって…」
「ねぇ、聞きたいのだけど、貴方はそれで良かったの? あぁ、良いも何も比較する事も出来なかったかしらね……そうね…貴方は母君や兄君の事が好き?」
「好き……? わからない。
私に言葉とか教えてくれた乳母が、お父様やお母様、お兄様、他の妃様や王子様王女様には絶対に逆らってはいけないって言ってたから…」
カタリナは眉を顰めるしかなかった。
目の前の王女と名乗る少女は…もっと話を聞く必要はあるが、自分が戦争の切っ掛けになる為に送り込まれたであろう事は、恐らくわかっていないだろう。
理解してこの国に足を踏み入れたと言うなら、責める言葉もするりと出ただろうが、これでは飲み込まざるを得ない。
メイドが用意したお茶を、ふぅふぅと息を吹きかけて冷まし、啜り飲む姿は確かに王女どころか貴族令嬢としての教育も受けていない事がわかる。
カタリナの事も怯えなくて大丈夫だと分かれば、少しずつ笑みが浮かぶようになり、生来は素直で良い子なのだろうと想像できた。
国としては不法上陸の件を盾に、即刻オザグスダム王国へ送還するのが正しいと思うのだが、彼女自身知らぬ間に課せられていた任務が失敗に終わったとなれば、国に戻ったとしてもその身がどうなるかわかったものではない。
彼女の命の事まで考えるのなら、送還する事には躊躇いが生じてしまう。
そこへメイドが慌ただしくやってきて、カタリナに何やら耳打ちをした。
ほんの少し思考していたカタリナだったが、ユミリナに微笑みを向けて穏やかに言葉を紡ぐ。
「ごめんなさい、ちょっと席を外すわ。
お茶もお菓子も、マナーは気にせず食べて構わないし、メイドを残していくから、おかわりも遠慮なく言って頂戴」
カタリナの言葉にユミリナが頬をお菓子で膨らませたままコクコクと頷いた。
聞けば年齢はマークリス達より年上だが、その行動は幼子そのものだった。
急ぎ気味に玄関を目指せば、そこにはローブを纏った少々疲れ気味のカリアンティが居た。カタリナに気付き、椅子から立ち上がってカーテシーを行おうとするのを制する。
「そんな堅苦しい挨拶は不要って言ってるでしょ?
それよりカティが来てくれたのね」
「相変わらずですね、小母さ……ぁ、いえ、カタリナ様は」
「もう年齢を感じるから小母呼びはやめて頂戴」
和気藹々とした挨拶を交わすと、すぐにどちらも表情を改めた。
「連絡ありがとうございました。
まさか本当に迷走するとは思っていませんでしたわ」
「えぇ、念の為かもしれないけど、カティが連絡をと言ってくれた事に感謝してるわ」
これまで知りえた事を共有し終えた途端、どちらからともなく出たのは大きな溜息だった。
「確かにどう扱えば良いのか悩みますわね」
「でしょう?
あぁ、船の方は今はどうなってるの? オザグスダムからの…」
「当然水夫含め拘束、監視下に置いてますわ。
ただ同行者もこうなると早々に見つけないといけませんわね。下手に取り逃がしてしまえば不味い事になります」
「そうよね…でもここにはどうやら置き去りにされたみたいだし、何時頃からとかはさっぱりみたいで…」
「まぁ大丈夫だと思いますわ。
ぼんくら王族が少数で国境越えなんて不可能! そう待たずに船に舞い戻ると予測してますの」
「じゃあ当面の問題はユミリナ王女の身柄…ね」
考え込んでいたカリアンティだったが、フッと上げた顔には微かに笑みが浮かんでいた。
「あちらの希望通り、学院に放り込みましょう」
「え!?」
「同行者も見つけ次第放り込みましょう」
「そんなあっさり!?」
「で、どうせ王子殿下は暇してるんでしょう? 殿下達に押し付けてしまいましょう♪」
「バルに?
…………あぁ、でも…そうね、悪くないかも…。
あの狸宰相が噛んでるみたいだから、学院の寮が一番安全かもしれないわね」
「はぁぁ!!?? そんな話、私は聞いてませんけど!!??
あの狸が噛んでるとか……マジなんですの!?」
「ぁ……」
つい口を滑らせたカタリナが、その後カリアンティから質問攻めにあった事は言うまでもない。
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