34
バル君への説明に苦心する叔母の図……
茂みから覗いた手は、何かに届く事もなくそのままずり下がり、次の瞬間小さな人影が草むらから倒れ出てきた。
3人の少年達はただ茫然とその光景を眺めているだけだったが、ハロルドが真っ先に我に返って、人影に近づいた。
まずは武器他危険物を携帯していないか簡単に確認する。
俯せ状態で倒れ込んだ人影……見れば髪は軽くまとめ上げ、高価そうな髪飾りがついているし、纏っている衣服もドレスそのもので、高位貴族令嬢と言った風情だ。
「こんなところで御令嬢?」
思わず呟いたマークリスだが、それはその場に居た全員の共通感想だった。
「けど……あんまり見ないデザインだな」
バルクリスがハロルドの背後から覗き込みながら零す。確かにあまり見たことのない意匠だ。
リッテルセンでは髪飾りと言えば、金属製のバレッタやマジェスタタイプのモノが多いが、目の前で倒れている人物がつけているのはリボン細工とでも言えば良いか…そこに重そうな宝石が幾つも縫い留められている。
「この人物の追及は当然ですが、このまま放置は出来ません。どこか運び込める場所はありますか?」
ハロルドが令嬢を抱き起しつつ、マークリスを振り返った。
「ぁ、あぁ……そうだな、ここからなら少し距離はあるけど、邸に運び込んだ方が早い」
マークリスが作業中の農夫らしき人の方へ走り出した。
バルクリスとハロルドが呆気に取られていると、マークリスが荷馬車を借りて戻ってきた。
「これで運ぼう。どうせ気を失ってるみたいだし、文句は言われないだろ?」
そうしてボーデリーの領邸に少女を運んだ3人だが、そこで震え上がる事になった。
バルクリスの父愚王ホックスは当然ながら、クリストファの父である王弟リムジールも歪な常識人でしかなく、バルクリスは自分の考えを話す事は出来なかったが、叔母に当たるカタリナ……マークリスの母である彼女には話す事が出来、現在一緒に領邸に滞在しているのだが……。
「………何でこんなモノ持ち込むのよ…」
倒れた少女を指してこんなモノ呼ばわりするカタリナは、苦虫を嚙み潰した以上に苦り切った顔をしていた。
運び込まれた少女の様子に、手に余ると判断した使用人が呼びに行ったのだろう。玄関先まで連れ出されたカタリナの第一声がそれだった。
額を押さえながら、仕方なしに客室に……だけどほぼ使われていない客室に運ぶように指示。医師の手配も使用人に指示したカタリナは、運び込んできた3人の少年をじっとりと睨み付けた。
「……あの、叔母上?」
「………」
「…母上……ぁの……倒れたまま放っておく事も……その…」
不穏な気配を感じ取った3人が狼狽える様子に、カタリナは盛大な溜息を吐いて肩をガクリと落とした。
近くを通りかかった使用人に追加の指示を出す。
「あぁ、ゼムイストに大至急で連絡を……捕獲したと。
後グラスト……いえ、シャーロット夫人に、夫人だけに急いで連絡をして。…そうね、私からのお誘いとでも言えば、リムが不審に思う事もないでしょ」
一礼して使用人が下がるのを見送っていると、再び向き直ったカタリナが近づいてきた。
「貴方達も……こんな玄関先で話す事ではないから…」
そう言って先導するカタリナの後を、少年達3人が追い、辿り着いたのは少女が運ばれた客室の隣部屋だった。
「全く……次から次へと貴方達は問題ばかり運んでくるわね…」
先程より更に厳しい視線に、マークリスたちは言葉もなく竦み上がった。
「でもまぁ、そのまま放置しなかった事は褒めておきましょう……。
もう、何から話せば良いかしらね…。
貴方達が運び込んだのは、恐らくだけど…ゼムイストから連絡があった不法上陸者よ」
「不法上陸者?」
マークリス達が、聞きなれない単語に顔を見合わせて首を傾げる。
「えぇ、上陸許可証を持たないまま我が国に侵入した者って事」
言葉の意味と、隣室に運ばれた少女が、装いのせいもあって結びつかない。
「密航してきたって事ですか?」
『上陸』と言うからには海路からと言う事だろう。何らかの事情でリッテルセンまで逃げてきたのだろうか…。
「いいえ、彼女は密航者ではないわ。
あぁ、彼女の他に人影はなかったのね?」
カタリナの視線に、ハロルドが頷いて答える。
「はい、簡単にですが周囲の探索はしましたが、彼女のモノらしき靴が放置されていただけでした」
「そう…」
難しい表情のまま、カタリナが黙り込む。
流石にその重い沈黙を打ち破る勇気は、3人の少年達にはない。
じっとカタリナの言葉を待っていると、再び吐き出される溜息。
「……こうしていても仕方ないわね。
貴方達にも説明しておくべき……よね…。
彼女はさっきも話した通り、不法上陸者。
つまりは犯罪者よ。だけど………だけど、彼女、オザグスダム王国の王女本人だと思われるのよ…装飾品の幾つかに刻まれた紋章が、ね…」
『オザグスダム』と聞いて、マークリスとハロルドは息を飲んだ。
「オザグスダムの王女?」
呑気に復唱するバルクリスに、カタリナが残念な子に向ける視線を送る。
「バル……貴方の考えを聞いた時には衝撃だったけど、今はその考えを最大限に支持するわ。
私含めてだけど、現在王族と名乗ってる者は、悉くそれに相応しくないものね。
……まぁいいわ。その話はまた後にしましょ。
えっと…オザグスダム王国って、今まで一度も聞いた事ない?」
カタリナの視線はバルクリスから外されていないので、流石に当人も気付いたようだ。
「えっとぉ……あ!
確か鉱石がどうとか……」
カタリナは『頭の頭痛が痛いわ…』と、あえて間違えた言葉を口にして心情を露わにする。
「まぁいいでしょう…鉱石の事を知っていただけでもバルなら上等だもの。
オザグスダム王国はリッテルセンから見てざっくり南東方向にある国よ。
ソーテッソ山脈の向こう側ね。
オザグスダムの北側には緩衝地帯を挟んで魔法大国チュベクがあるわ。位置関係はこれでわかるかしら?
そのオザグスダムと言うのはあまり豊かな国ではないわ。
土地は痩せていて、食糧の自給は出来ず、輸入に頼ってる。そんな土地と言う事もあって、あそこは戦争志向が強いのよ。
隙あらば少しでも豊かな土地を手に入れようとしているの。
その為に戦争の切っ掛けを自作自演する程にね…。
そんな国の王女が海路で我が国にやってきただけでなく、上陸許可を待たずに不法侵入した挙句、港から遠く離れたボーデリー領でたった一人発見される……これがどういう意味を持つと思う?」
今一つ理解できていないらしいバルクリスは兎も角、マークリスとハロルドの顔色は悪い。
「さて……どう言った難癖をつけてくる気かしら…ほんと、頭が痛いわ」
「カタリナ様……王女殿下が一人というのもおかしな話ではないですか?」
ハロルドが恐る恐るしてきた質問に、視線だけ向けてから頷いた。
「そうよ、おかしな事なの。
そこから考えられる事は?」
マークリスとハロルドが、口元に手を当てて考え込み始める。
「王女の警護も出来ないのかって難癖つけてくる?」
「マークリス様、それ以前ですよ。まず許可を待たずに上陸してるんですから、あちらの有責になります」
「でも上陸許可と王女の安全とでは、王女の安全の方が問題視されるんじゃないか?」
「でも安全も何も……勝手に上陸したのに、警護なんて不可能ですよ」
「……同行者が誰かによる……かも。
使用人だけなら、その信憑性は大した事はないけど、高位貴族が同行してたとしたなら、その言葉の重みは……もしかしたら開戦…」
「そ、そんな……それじゃまるで…王女殿下は戦争の切っ掛けを作る為だけに?」
「だって…オザグスダム王国だし……」
意見を言い合う少年2人を見ていたカタリナだが、その横でポカンとしているバルクリスに溜息を落とした。
「バル…」
ハッと振り返ったバルクリスに、カタリナが苦笑を浮かべる。
「バルには幼馴染が居たわよね?
メッシングの彼、ハロルドも幼馴染でしょ。
考えてみて?
その幼馴染が、国の命令で、戦争を起こすために他国で死んで来いって命じられたらどうする?」
「!! ッんな……」
「調べてみないと何もわからないけど、もしかしたらオザグスダムの王女はそんな餌にされようとしてたのかもしれないって事なの。
そんなのバルは許せる?」
バルクリスの脳裏にはマミカやチャコットの笑顔が浮かんでいた。
確かに2人とも、礼儀もなってなかったし、貴族としても人としてもあるまじき人物だったかもしれない。
だけどバルクリスにはどちらも大事な幼馴染で、かけがえのない身内だったのだ。
『王女』と言うからには王の娘のはず。
バルクリスにはマミカもチャコットも血の繋がりのない、そう言う意味では他人だったが、他人でもそんな所業は許せないと思うのに、血族がそんな事をするなんて許せないと、バルクリスは拳を握りしめた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間合間の不定期且つ、まったり投稿になりますが、何卒宜しくお願いいたします。
そしてブックマーク、評価、感想等々、本当にありがとうございます!
とてもとても嬉しいです。
もし宜しければブックマーク、評価、いいねや感想等、頂けましたら幸いです。とっても励みになります!
誤字報告も感謝しかありません。
よろしければ短編版等も……もう誤字脱字が酷くて、本当に申し訳ございません。報告本当にありがとうございます。それ以外にも見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>




