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長閑な田園風景が続く中、時折聞こえる小鳥達の歌声が耳に心地よい。
「で、何時までここに居るんだ?」
農夫の子と言っても通じそうな質素な衣服を纏い、小道の先を行くのはマークリスだ。
ここはボーデリー領。
領都からほど近い農村なのだが、マークリスの後ろを呑気に歩いているのは、同じく質素な衣服をまとったバルクリスとハロルドだった。
「マーク、お前まで冷たいな…」
過日、副学院長室での一幕の後、精神的なストレスで倒れたクリストファはサキュールがグラストンの王都邸まで送ったが、それ以外の面子はその場に残された。
ぐるりと全員の顔を見まわし、肩を竦めてギリアンが口を開いた。
「で、どうするんだ? 聞かされた内容が内容だけに、このまま素知らぬふりで普段通りにって訳にも行かないだろ」
「……そうですね。
あぁ、一つ再確認しておきたいのですが、殿下…よろしいですか?」
ベルクの言葉に、バルクリスがぎこちなく頷く。
「先程のお話し……殿下が王籍を抜けクリストファに…と言う話は、今ここで話した者以外で、知ってる者や聞いた事がある者等はいますか?」
バルクリスは無言で首を横に振った。
「となると…身の安全を確保しなければならないクリストファ以外は、普段通りの方が良い様な気がしますが…」
ベルクの言葉にギリアンが眉を歪め、少し不機嫌そうに話す。
「王子の言葉に嘘偽りがないって言い切れるか?
今までの事を考えたら、言葉の通りに受け止めるのはどうよ?」
ベルクは困ったように眼鏡の位置を修正する。
「ギリアンの言う事もわかるが、さっきの話が嘘だったとして、殿下に何のメリットがある?」
「あ~そうだな…例えば目障りなクリストファを消しちまう…とか?」
「それなら手の内に残そうとするだろう? グラストン邸に行くのを見過ごしはしないと思うが?」
「ふぅむ、言われりゃそうか…だけどさぁ、何だって今な訳?
クリストファの方が王色を持ってるなんて、はなっからわかってた事だろ?」
ギリアンの言葉と視線が、バルクリスに固定されている。
これまでならハロルドが『不敬だ!』とか喚いて割って入ったはずだが、そんな素振りもなく、信じても良いのかもしれないとは思うが、やはりどうしても疑念の方が先に来てしまう。
だが、ふいっとギリアンが両肩を竦めた。
「ま、そんな事追及したって何にもならないか。
何するにしたってタイミングってモンがあるしな…。王子は今まで王城で反省タイムだったようだし…。
んじゃどうする? クリストファだけじゃなく俺らも行方晦ませるか?」
「それこそ何の意味がある…学院にも家にも面倒をかけるだけだろう?」
「万が一王子の思惑が洩れた時、どっから探すか、敵を悩ませるくらいは出来るだろ?」
「敵って……それ以前に、その程度で悩まされてくれるはずないだろうが……。
ギリアン……羽を伸ばしたいだけだな?」
ずっと黙ったままで居たマークリスが、割り込むように口を開いた。
「い、いいんじゃない、かな…少なくとも俺は……俺はクリスの隠れ蓑になれるなら、暫く領地にでも戻っておくよ」
そんなやり取りがあって、今こうして領地の片隅でのほほんと過ごす事になったのだが……。
マークリスが道から逸れた、背の高い草が生い茂った場所の、少し手前に生えた大きな木の根元に近づき、その場に座り込んで腰にぶら下げていた水筒を手に取った。
ゆっくり傾けてコクリと喉を鳴らす。
そんなマークリスから少し離れた場所に、同じようにバルクリスも腰を下ろした。近くで控えようとするハロルドも共に座る様に促しているのを、マークリスはぼんやりと眺める。
「……長閑で、良い所だな」
頭上に茂る木の葉の合間から差し込む陽光に、微かに目を細めてバルクリスがポツリと零した。
「唐突だな、ってか、ほんとにバル?」
「ハハ…まぁ、そう言われても仕方ない…な」
マークリスが差し出してきた水筒を受け取り、バルクリスも傾けた。
「まぁバルも大変だったみたいだから、無理に戻れとは言わないけど…少なくともまだ王子なんだから、何時までも行方不明って訳にはいかないだろ?
……って、ごめん、こうやって聞くの何度目だよ…俺……」
「父上母上は兎も角、ザムデンがいるからな……誤魔化せるとも思えないけど、一応はソンフィーダ領に居るって連絡は入れてある、話してなかったか?」
「ソンフィーダって……あ~、東の方に領地がある家だったっけ?」
バルクリスがハロルドの方を見て頷き、ハロルドが変わって答えた。
「はい、母の生家です。
俺も……いえ、自分も一時そこでお世話になってました」
「普段通りで良いよ。
俺もこの見てくれだし……貴族の息子だなんて思われない事が殆どだしさ」
そう言ってマークリスは、自分の髪を一房引っ張った。
髪から手を離し、暫く地面に視線を落としていたマークリスが再度口を開く。
「なぁ、これまでも聞いたけど……ほんとにいいのか? 王籍を抜けるだけじゃなく、両親諸共なんて…」
「あの両親を王城に残してどうするんだよ。
……ザムデンがさ、何時からだろう……両親の愚行を諫めなくなったんだ」
バルクリスは曲げていた両足を伸ばして投げ出した。
「ザムデンって言うストッパーがなくなったんだぞ? わかるだろ?」
「………」
「それにさ……俺がマミとチャコを殺したようなもんなんだ……そんな愚か者が王族で、誰が喜ぶんだ?」
重々しく呟くバルクリスに、マークリスはハッと顔を向ける。
「マミって……あぁ、ハナヴァータッケ嬢だっけ?……乳母の娘だったよな。
でも彼女が殺されてるかどうかなんてわかんないよ?」
少なくともマークリスはそんな話を聞いた覚えはない。
「だけど戻っても来ない。
生きてたとしても奴隷とか…売られてたら貴族令嬢としては殺されたのも同じだろ?」
「………」
「お前こそ……俺は学院に復帰もせずに籠ってたけど、それでも噂は聞こえて来たぞ?
クリスと溝が出来てたんだろ?
それなのに隠れ蓑とか言いだして……良かったのか?」
まさか些細な一言を覚えていたと思わず、目を丸くしてバルクリスを見つめれば、当のバルクリスは恥ずかしそうに、だけど少しばかり不機嫌な表情でプイっと横を向いた。
「き、気にしてたわけじゃないぞ!
その…侍女達が噂してるのが偶々…」
「そっか…。
バルはフラネア……ズモンタ伯爵令嬢の話は聞いた?」
「あ~…うん…。
公爵令嬢に飛び掛かって返り討ちにあったってのは……学院も退学したらしいな。その後の事は特に聞いた覚えはないけど…」
「俺とフラネアは幼馴染でさ。
母上はいい顔しなかったけど、父上はあの通り人が良いと言うか……縁を切るとか断るとか出来ない人で……俺が相手をしなきゃ間違いなく兄上に突撃してた…。
まぁ兄上は無事だったけど、その分クリスに付き纏って迷惑かけて……でも、それなりに仲の良い幼馴染だと俺は思ってた。
フラネアの方はクリスしか目に入ってなかったけどさ。
実際退学したって話を聞いてから、邸に行った事もあるんだ。残念ながら会う事はおろか、何一つ聞く事も出来なかったけど……門前払いって奴、だったな…。
クリスには何度もやめとけ、調べて見ろって言われたんだけど、ほら…幼馴染ってやっぱり特別って言うか……友達って言うより身内って感覚になっちゃって、甘くなっちまってさ…」
マークリスの言葉に、バルクリスも苦笑交じりに頷いた。
「あぁ、わかる。
俺もマミやチャコ、ハロルドもだけど、側近とか傍仕えとか、そういうんじゃなく、もっと身近な…家族みたいな感覚だった。
今はそれもダメだったって言うのは、ちゃんとわかってる……。
だけど、なんか違うんだよな。
身分とか性別とか関係なく……兄弟姉妹って感じなのかな?
俺にはそう言う存在が居ないからわからないけど」
「どうだろう?
俺には兄上がいるけど、それとは違う気がする。
でもさ、俺もそんな感覚に振り回されて、クリスと疎遠になったけど……落ち着いて振り返ったら、クリスは何時だって俺が最後に泣いたり困ったりしないようにって……そう考えててくれたんだってわかって…。
だから今更だけど、恩返し…にもなんないだろうけど!」
「いいんじゃないか?
疎遠になったって言っても、クリスはまだ生きてる、だから会える。
だったら気持ちを伝える事も出来るってもんだ」
バルクリスの言葉に、マークリスは返す言葉を失い、軽く唇を噛みしめた。
お互い言葉もないまま、気づけば心地よかった風は微かに冷たさを内包していた。
「やば、もう夕暮れじゃん。
バルもハロルドも、邸に戻ろう」
「そうだな、急がないと真っ暗になってしまうな」
急いで立ち上がった3人が、足や尻についた草の葉を払っていると……。
―――ガサッ
「「「!!」」」
咄嗟にハロルドが、自分の背後にバルクリスとマークリスを庇うように前に出て、音のする背の高い草が生い茂る場所を睨み据える。
目立つからと剣を置いてきてしまった事を思い出し、ギリッと奥歯を噛んだが、それでも近くに落ちていた木切れを咄嗟に手に取っていた。
―――――ガサガサッ ガサッッ
草の合間からぬっと小さく白い手が覗き……
「だ、だれ、ぞ……私、を……助け、なさ……」
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