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隙間にそっと手を伸ばす。
エリューシアの手なら、まだ子供なので他の羊皮紙達を然程損壊せずに済む。
やっとの事でとり出した物は手帳程度の大きさで、金属の留め具までついた羊皮紙のメモ帳のようなモノだった。この金属の留め具が光って見えたのだろう。
手帳もどきも、他の羊皮紙達と同じく老朽化が進んでいる。革部分もボロボロだし、留め具も錆が浮かんでいた。
話を聞けば雨漏りの被害に遭ったのは随分と以前の事らしく、現在では保存魔法をかけるだけとなっていたので、何が保管されているのか等の詳細は不明のままだったらしい。
確かにこの老朽化具合では、存在を知っていたとしても手が出し辛かっただろう。
「開かないわ」
何とか崩れないように、そっと留め具を外そうと試みるが、ピクリともしない。
これ以上奮闘したところで、手帳の損傷を増やすだけになりそうで、溜息と共に手帳を机の上に置いた。
「他に何かないか探してみましょう」
エリューシアの言葉に、アマリアとオルミッタも頷く。
サネーラとオルミッタ付きのメイドも呼んで、状況を説明し出来るだけ静かに行うようにとお願いする。
流石と言うか何と言うか……250年近く維持されてきた場所なだけに、色々と発掘された。
何代か前の子供の忘れ物だろうか、今では見なくなった玩具を発見したり、もう生産流通していないインク等も掘り出せた。
保存魔法で維持していたと言うだけあって、雨漏りの被害に遭った一部の家具や書類以外は、大きな問題は特にない様だ。
書架に並ぶ本達も当然手に取る。
オルミッタ夫人とそのメイドが、懐かしいと言いながら手にした本の頁を捲っている横で、エリューシアも下段の端の方に寄せられていた冊子を手に取った。
開いた瞬間目に入る文字に固まる。
250年程も経っているのだから当然だが、単語の意味が変わっていたり表記が変わっていたりして、読むのも難しい箇所が幾つかあり、そう言った箇所を見つけるたびにアマリアに解読して貰う。
そうしてわかった事は、アマリアの兄アソーツと言う男性は、本当に必死にアマリアを探していた。
アマリアを害したと思しき女性が居たようだが、この女性は当時アマリアの婚約者だったヒュージル・モレンダスト伯爵令息によって捕縛、その後処刑されている。
とても事務的に書き綴られているが、時折文字が歪になっていたりして、心情が偲ばれた。
「どうやら犯人がいて、その犯人と言うのは女性だったみたいだけど……アマリアに心当たりはないの?」
【心当たりねぇ……交友関係はそれなりに良好だったと思うんだけど…う~~むぅ】
「捕縛なさったのが御婚約者でいらっしゃるんですよね? だったら御婚約者の女性関係と言うのはあり得る話ではありませんか? その……アマリア様にはお辛い話かもしれませんが…」
オルミッタの言葉にアマリアが首をコテリと傾けた。
【辛い?】
「「「「………」」」」
気まずい沈黙に、何か気付いたアマリアがくすくすと笑い出す。
【気の回し過ぎよ♪
ヒューとは政略だったけど、仲は良かったし、女性関係もお兄様が調べて白って言ってたもの】
「じゃあ全くの見ず知らずの人が犯人って事? 通り魔だとすると、そこを調べてもアマリアが何か思い出す切っ掛けにはなりそうにないわね…」
【そうねぇ…ごめんなさい】
「アマリアが謝る事じゃないわ。じゃあ他に【あ!】ッ!?」
何か思い出したのか、アマリアが声を上げた。
【そう言えば、ヒューが領民に困った人が居るんだって話してた事があったわ】
「困った人? その愛称…婚約者の方よね? でも……ごめんなさい、実を言うと家名に聞き覚えがないのよ…」
エリューシアが指を顎先にあてて困ったように考え込むと、オルミッタが助け舟を出すように話し出した。
「モレンダスト……アマリア様の事を伝えられた時に、少しだけ聞いた覚えがございます。
心に深い傷を負われ、その後ひっそりとお亡くなりになったそうで、家の方もそのまま……ただ、申し訳ございません。それ以上の事は…」
オルミッタの話にアマリアがキュッとした唇を噛みしめた。
【………】
もう随分と過去の話のようだし、今更調べてどこまでわかるか保証もないが、その内調べてみようとエリューシアは考える。アマリアは政略だったと言いながらも、ヒュージルという婚約者に心を開いていたのだろうと思われたからだ。
「少し時間はかかるかもしれないけど、調べてみようと思うわ。
その……何だったかしらフィンランディアだったかしら……えっと桜色の精霊に伝えれば良いのよね?」
名前に自信がなく言い換えれば、アマリアがくすくすと表情を綻ばせた。
【大丈夫、名前はあってるわ。
だけど……どうなのかな…今回力を貸してくれたのは、エルルの願いだったからだもの】
「……私?」
【そう。エルルが私を連れて行きたいって願ってくれたんでしょう? その時は何処だかわからなかったけど……。
だから精霊達は力を貸してくれたの。
そうじゃなかったら、あのエルルにベッタリな精霊達が、一時とは言え離れてまで力を貸してくれるはずないでしょ?】
「そんな事……だってアマリアは女神の代わりに…」
【ふふ、そんなお役目もあったわね。
でも、気にしないで、ね?】
この話は打ち切りと言いたげなアマリアの様子に、エリューシアもそれ以上何も言えず、言葉を飲み込んだ。
そうして粗方見終えた時には、既に外は暗くなっていた。
下手に触れない老朽化の進んだ物以外で調べられる物から得られた情報は、結局アマリアを攫った犯人は、彼女の婚約者だった男性に捕縛され、その後処刑されたと言う事だけだった。
積まれて崩れかけている書類も、調べられる部分は読み解いたが、どうやらそちらは領民からの嘆願書の様なモノが殆どで、あまり事件に関わりのあるモノではなかった。
勿論隅っこの走り書きが重要だったりする可能性もあるから、調べなければならないが、それは今すぐどうこう出来るものではない。
光魔法でどうにかなると思うかもしれないが、実は過去に試した事がある。
割れた陶器を修復出来ないかと……結果は察して欲しい。
無機物だからダメだったのか、単にエリューシアの力不足、練度不足だったのか、それとも他に原因があるのか……理由はわからないが、少なくとも割れた陶器を元通りにする事は出来なかった。
そんな実績がある以上、今ここで試してみる気にはなれない。
何より今も光魔法が使える事は秘密なのだから。
随分と遅い時間になった事もあり、オルミッタが夕食に誘ってくれるのだが、今日初対面の家でそこまでお世話になるのも申し訳なく、丁寧に辞退した。
まぁ初対面にしては濃密な時間を共有したとは思うが、そこはそれ、ケジメと言うか何と言うか……である。
執務室から廊下に出るが、アマリアが机の傍から離れない。
「アマリア?」
身動ぎもしない彼女の視線を辿れば、机に置いた手帳もどきをじっと見つめている。
「どうしたの? 今日は帰りましょう?」
エリューシアが声をかければ、ゆっくりとアマリアが顔を向ける。しかし視線は時折手帳もどきに戻っていた。
「それが気になるの?」
【気になると言うか……これ、私がお兄様のお誕生日にあげた物だったみたい】
「え?」
【ここ、何か刻印があるでしょう? これ職人さんに頼んで入れて貰った物と同じ…だから間違いないわ】
「そう、じゃあアマリアにとっても大事なモノね。
次に訪問させて頂くときには開けると良いのだけど」
そう呟くエリューシアに、アマリアは何故か泣きそうな微笑みを向けてくる。
【ねぇ、この部屋以外には特に手掛りみたいなモノはないのよね?】
「アマリアが行方不明になって以降なら、そうじゃないかしら……アマリアの部屋にそんな書類とか置く事もないだろうし」
確認するように既に廊下に出ているオルミッタに顔を向ければ、無言で頷いていた。
【うん……。
あのね、多分だけどこの手帳に一番書いてると思うの。
お兄様は思った事とか、直ぐこの手帳に書いてたから……。
だからね、この手帳を読めるようにしたいの】
「オルミッタ様が修復に出してくれるとおっしゃってくださったから、次の時には読めるかもしれないわ」
【でも、それじゃ崩れてしまった部分はわからないままだわ】
崩れた部分も修復と言うのは、流石に無理がある。
気持ちはわかるが、不可能を可能にする術はなく、エリューシアの光魔法でも望み薄だ。
「アマリア……」
すっと手帳の脇に降り立つアマリアを目で追っていると、当のアマリアが満面の笑みを浮かべていた。
【多分ね、私、これ元通りに出来ると思うの】
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