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(それにしても……幽霊って食べたり飲んだりできるのね…)
現実逃避する訳ではないが、目の前で繰り広げられる光景に、エリューシアはついそんな事を考えていた。
オルミッタが嬉々として世話を焼いているのだが、アマリアの方もきゃっきゃと嬉しそうにはしゃいで受け入れている。
考えれば250年ぶりの血族の邂逅となる訳だし、何よりそんな長きに渡ってアマリアはたった一人で境界世界とやらに居たのだ。はしゃいでしまうのも無理はないだろう。
「ぁ……アマリア様」
突然オルミッタの声音が、躊躇いを含んだものに変わり、アマリアもエリューシアも思わず動きを止めて顔を向けた。
「折角の空気に水を差すのは…ですが、アマリア様の御身体は何処に……」
なるほど。
遺言には確か…。
――アマリアを何年経とうと探し出して欲しい。そしてメフレリエ家に連れ帰って欲しい――
とあったとか言っていた。
今ここに存在しているのは幽霊……身体のない魂のようなモノで、物理的に触れたりできる訳ではない。
となるとやはり遺骨なりなんなりがあれば、と気にしてしまうのも頷ける。何より一族に残された言葉なのだから、もう遺言は果たせたと証明できる何かが欲しいのかもしれない。
【身体って…私の?】
「はい」
【流石に残ってないんじゃない? だってほら、もう250年程経っちゃってるんでしょう?】
「そうかもしれません。ですがせめて遺骨なり何なり……貴方様が帰られたのだと目に見える形あるものがあれば…と」
【ん~…難しいわね…ぁ、エルル! エルルには何かいい案が浮かんだりしない?】
唐突な無茶振りはやめて欲しい。
しかし期待に満ちた…と言うより縋るような2つの視線に、エリューシアの方が言葉に詰まってしまう。
何かあるだろうか………アマリアが帰ってきたのだと、証になるような何か……?
「無茶振りが過ぎるわ……。
そうね…例えばだけど遺品などが残っているなら、それを持ってくるとかは?
身体は兎も角、腐ったりしない物なら残っているのではない?」
【気づけばこの状態だったんだもの、無理よ】
「気づけばって……何故そうなったのかもわからないと言う事?」
【そう。なんか背中が痛いって思ったのが最後…かも…その前後の記憶ってはっきりしないのよ……。思い出せなくても境界世界に一人きりだったし、何も困る事がなくて…】
エリューシアとアマリアの話を聞く形になっていたオルミッタが、諦観を滲ませた息を吐いた。
「そう…ですか…」
幽霊と言っても怯えるふうでもなく、出会えて喜んでいたのだから、もしかすると遺言は一族の悲願になっていたのかもしれない。
何とか力になりたい所だが……。
「ぁ、ぁの、可能性でしかないのですが、もしかしてアマリア捜索の資料とか残っていませんか?
当時の様子を聞けば、アマリアも何か思い出すかも…」
「資料…ですか?」
「えぇ、遺言に残すくらいだから、アマリアのお兄様は死に物狂いで探したのではないでしょうか?
であれば何らかの記録を残してる可能性はあるかもしれません」
オルミッタは柳眉を顰めて考え込む。
「ぁ…資料が残っているかはわかりませんが、アソーツ様の執務室は当時のまま残してあるはずです」
その言葉にエリューシアはアマリアを一度見てから、再びオルミッタに顔を向けた。
「ならそこに何か残っているかもしれませんね」
【よしっ! じゃあ行ってみましょ!】
ふわりと浮かび上がるアマリアを見て、オルミッタも立ち上がった。
エリューシアはそれを見送ろうと顔を向けるが、それに気づいたアマリアが不満気な声を上げる。
【なんで? エルルは行かないの?】
「メフレリエの方々にとって大事な場所を、踏み荒らす趣味なんてないわ。
ここで待ってるから、ゆっくり行ってらっしゃい」
【えーー!? エルルも一緒に行こうよ…エルルが居ないと私…ほら、資料とかあっても私じゃ持てないし!】
「オルミッタ様が同行して下さるでしょう? それにさっきは千切って貰ったお菓子を手に持って食べてたじゃない。だから大丈夫、持てるわよ」
苦笑交じりに言えば、アマリアがぱぁっと顔を輝かせた。
【アレ! 私もビックリだったわ! きっと精霊の力のおかげね。ううん、器を貸してくれてるフィンランディアのおかげかも。
食べたり飲んだりできてとっても楽しかったわ】
「ふぃん……?」
【フィンランディア! 何時もエルルの近くにいる桜色の精霊の名前よ♪】
やはりと言うか、精霊にも個別の名前があったようだ。
【まぁ、私も器を貸して貰った事で、初めて知ったんだけどね】
くすくすと笑うアマリアに釣られて、エリューシアも綻ぶように微笑むと、オルミッタが声をかけてきた。
「エリューシア様、お嫌でなければ御一緒頂けませんか?
アマリア様には懐かしい反面、随分離れていた場所ですし、不安になってしまうかもしれませんから」
「それは……ですがメフレリエの方々には大切な場所なのではありませんか?」
エリューシアの言葉にオルミッタは微笑みを深める。
「はい。確かに大切な場所でございます。
ですが、だからこそエリューシア様には同行して頂きとう存じます。アマリア様をお連れ下さった貴方様は、間違いなく我がメフレリエにとって大恩人。
私からもどうかお願いいたします」
ギリアンから借りていた本を返しに来ただけのはずが、何がどうしてこうなったのやら……。
手入れは欠かしていないとはいえ、普段生活する場ではなくなっている旧館の廊下は薄暗い。その突き当りにある重厚な扉を開けば、中から停滞していた時間の残り香とでも表現するのが相応しいだろうか…古いインク特有の香りがそっと鼻を掠めた。
オルミッタが照明の魔具を起動するのを眺めていると、目があってしまった。
フッと笑ったオルミッタが説明してくれる。
「当時は当然ながらこのような魔具はございませんでした。ですが何分古い建物ですし、手入れは続けておりますが長い年月の間には色々とございましたから、当時の燭台は全て倉庫に放り込んでありますわ」
まぁ納得である。
大きな机やキャビネットの類は埃もなく、磨かれていて現役の輝きを保っているように見えるが、机の上に置かれた紙類……この当時は全て羊皮紙だが、それらには明らかな老朽化が見て取れた。
「虫干しなども気にしてしていたようですが、元々の質も良くはなかったのでしょうね…老朽化の進みが思った以上に早かったようで、現在では保存の魔法でどうにか持ちこたえさせておりますわ」
オルミッタが古い羊皮紙にそっと保存の魔法を追加でかけた。
その様子を見ていたエリューシアの背後で、アマリアが引き出しを開けようとしている。
「アマリア? 何してるの…」
【この机なら見たことあるわ! お兄様ったら、お父様の机を引き継いで使ってたのね。ねぇ、エルル、この抽斗開けて! お父様はこの抽斗に大事なモノは何でも放り込んでたの】
アマリアの言葉に抽斗の取っ手に手をかけるが、なかなか引き出されてくれない。少し揺らしてみたりするものの、エリューシアの力ではどうにも無理そうだ。
見兼ねたオルミッタが手の伸ばす。
「この抽斗はコツが必要ですのよ。
どうやら過去に雨漏りで濡れた事があるらしく、それ以降開け閉めに不具合がでたようで……とは言え普段使いの家具でもありませんし、修理する事もなくそのまま…」
左手を机の天板についた状態で、右手で取っ手を上下左右に揺さぶる。
なかなかの豪快な揺さぶりに、エリューシアとアマリアが揃って目を丸くしていた。
暫く格闘していたオルミッタがやっと抽斗を引き出せた時には、全員が安堵の吐息を漏らしたくらいだ。
その引き出しの中にあったのは、平積みされた書類。他にもペーパーウェイト等年代物も放り込まれていたが、これらの重みも加わって、余計に引き出しにくくなっていたのだろう。
積み重ねられた書類は手に取るのも怖い程、変色して端が崩れている。
一番上のモノだけは読めるが、さっきオルミッタが言っていたように雨漏りの被害に遭っていた事が窺える。
書かれた文字は滲んで、水滴の滲みが瘢痕のようにくっきりと残っていた。
そんな書類の山の奥に挟まる様に、何か光るものが目に入った。
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