29
瞬間、エリューシアの頭に広がったのは…。
(……これって、盛大に独り言を言うヤバい人認定されてしまったのでは!?)
だが、次の瞬間には更に蒼褪める。
(待って待って…さっきサネーラも夫人達も声漏らしてたわよね…あぁ、何て事)
リアクションがあった…つまりエリューシア以外にも見えていると言う事に他ならない。
恐る恐るエリューシアも視線をあげれば、驚愕に固まったままの3人と目が合った。
「お嬢様…それは…」
「「………」」
流石エリューシア付きとなって暫く経つサネーラは、立ち直りが早い。
しかしその声に我に返ったのか、夫人とそのメイドも、視線はアマリアに固定しているものの、硬直は解けたようだ。
「奥様…私達は一体何を見たのでしょう…」
「見たって……過去形にしたって何も変わりませんよ。現実逃避してないで帰っていらっしゃい」
メイドがどこかふわふわとした言い方で呆けようとする様子に、オルミッタがビシッと現実を突きつける。
その後オルミッタは、顔をアマリアに固定し、一歩近づいた。
そうして矯めつ眇めつありとあらゆる方向から、浮かぶアマリアをじっくり観察する。
「黒髪に瞳の色は……緑かしら? 小さくてはっきりしないけど」
呟くオルミッタの目は半眼になっていた。もしかすると少々視力がよろしくないのかもしれない。
「お名前はアマリアさんとおっしゃるのね?」
【きゃぁ!! やだ、この人ったら私の事をしっかり認識してるわ】
アマリアが怯えたようにエリューシアの背後に隠れ込んだ。その動きは確かに精霊っぽくて、精霊達の助力を得てというのが本当なのだとわかる。
幽霊のやる事に気を悪くされても困ると、エリューシアは慌てて頭を下げた。
「申し訳ありません。
彼女の名は確かにアマリアと言います。その…見ての通り幽霊と言うか、精霊もどきというか……ですので、無礼の数々についてはお許し頂ければ幸いです」
ふむと片眉だけ跳ね上げた状態で考え込むオルミッタに、エリューシアは死刑宣告を待つ気分で俯くが、そんなエリューシアの心情を知ってか知らずか、アマリアが『あっ!』と声を上げて大きな1本の木に飛んで近づいて行った。
「ちょ、アマリア!?」
【エルル、エルル!! これ……どうしよう…】
オルミッタの反応は気にかかるが、あまりアマリアを野放しにするのも不味いと、アマリアの方へ近づけば、浮かんだアマリアが太い木の幹を指さしている。
【エルル……ここ、本当に何処なの…?
どうしてこの木がここにあるの?
この木…私がお兄様とよく遊んだ木だわ。ほら、あそこの傷、あれお兄様が付けたものなの……一体どうして】
アマリアの声が感情に揺れている。
心配で、その小さな顔を覗き込めば、アマリアの双眸は潤んでいた。
「ここはメフレリエ侯爵様の王都邸よ。
ここの方に本を借りていて、それをお返しに伺ったの」
【メフレリエって……でも、侯爵?】
「えぇ、陞爵されて今は侯爵家となっているわ」
【侯爵家なんて知らない、そこの建物も知らない……でもこの木は……ぁ、この木があるなら…】
制止するのも間に合わず、アマリアはその木の奥に続く小道の方へ、凄い勢いで飛んでいく。
どんなにアマリアを野放しにするのが不味いと分かっていても、家人の目の前でプライベート部分かもしれない奥に、無断で足を踏み入れる事は出来ない。思わず縋る様にオルミッタを振り返れば、当の夫人は微かに微笑んでいた。
「構いませんわ。どうぞお進みになって。
お茶もそちらに用意させましょう」
笑みを浮かべたままそう言ったオルミッタは、未だ現実に立ち返る事を躊躇っているようなメイドに、何やら指示を与えて送り出した。
「私達も参りましょう。
アマリア様がお一人では、お可哀想ですわ」
非現実を前に、何故こんなに落ち着き払っているのか、あまつさえ微笑みまで浮かべているのが不可思議で仕方ないが、今はそれを気にするよりアマリアの後を追う事を優先させて貰おう。
『はい』と返事をするや否や、エリューシアは品位を損なわない程度の早足でアマリアの後を追いかけた。
「アマリア!」
彼女の背中にやっと追いついた。
小道の先、開けた風景の中に、少し古びた…だけどしっかりとした小ぶりの館が建っている。
人の気配はないが、しっかりと手入れはされているようで、古びてはいても薄汚れたりしているわけではない。
その館を見上げてアマリアは立ち竦んでいた。
「……アマリア?」
声をかけても反応しない為困惑していると、後ろから追いついてきたのだろうオルミッタの声が教えてくれる。
「ここはまだメフレリエが伯爵位だった頃の館ですわ。
今は侯爵位を賜ってから建てた新館の方に移っておりますが、代々遺言に従ってこの建物の手入れは続けておりますのよ」
声に振り向いたエリューシアの目に微笑みを浮かべたオルミッタが、アマリア同様、小さな館を見上げている様子が写る。
「遺言……ですか?」
思わず零れた言葉に、立ち入った事を呟いてしまったと後悔するが、それに気を悪くした様子もなくオルミッタは頷いて続けた。
「はい。
今から数えたら14代程遡りますわね。
その時の当主からの遺言なのです。
『妹アマリアの捜索を続け、いつか必ずメフレリエ家に連れ帰ってやってほしい』と」
そう続けたオルミッタは、浮かんだまま動けずにいるアマリアの背中を、優しく見つめて頷く。
「その黒い髪、緑の瞳……貴方様が、貴方様こそが私達が……アソーツ様がずっと探し続けたアマリア様なのでございますね?」
身じろぎもせずに館を見つめていたアマリアが、ピクリと跳ねてぎこちなく振り返った。
【……アソーツ…お兄様……お兄様がいらっしゃるの?】
幽霊からの問いに、オルミッタは目を伏せて静かに首を横に振った。
「アソーツ様は今より14代前の御当主。既にこの世には居られません。しかし遺言を残されました。
アマリア様、貴方を何年経とうと探し出してくれと。
メフレリエ家に連れ帰ってやってくれと」
オルミッタ夫人の頬に一筋落ちる雫は、どういった感情のモノだろうか…。
だが笑みを湛えたまま落とされた雫は、とても悲しく寂しく、だけど何処か喜びも含んでいて、とても美しかった。
そうして、カーテシーと共に紡がれた言葉に、今度はアマリアの双眸が濡れた。
「アマリア様、お帰りなさいませ。
我らメフレリエの者、全てがこの日を待ち望んでおりました」
そうしてこの笑劇場(小劇場ではない!)を前に、エリューシアは困惑の笑みを湛えたまま内心で首を傾げている。
(何でしょうね……このおかしな場面というか……。
普通に考えられる?
妖精サイズの幽霊相手に、楽しそうにマドレーヌを千切って分けている貴婦人の図って……)
そう、エリューシアの手土産のマドレーヌもどきはとても好評だった。
……好評過ぎておかしな事になっていた。
メフレリエ家の使用人達が大急ぎで、旧館の準備をしてくれたのだが、聞けば毒見係の者が泣いて悶絶し、あわや本当に毒入りかと大騒ぎになったのだそうだ。
直ぐに誤解は晴れたものの、件の毒見係が大暴れしたらしい……
『だめだ、それは……そう! きっと、ま、麻薬だ! 悪魔の囁き入りだ!! 奥様に差し上げる訳には! だから私が責任をもって全て処理する!! ええい、放せ! 誰にも渡さん!! すべて私のモノにするんだあああ!! あぁ、た、頼む! せめてもう一口! お願いだああああ!!』
言い掛かりも甚だしい。
美味しすぎて独り占めしたくなったのだろうが、だからと言って『麻薬』だとか『悪魔の囁き入り』だとかは酷すぎる。
だがある意味では正解かもしれない。
甜菜糖の甘さは一度知ってしまえば、後戻りする事は難しいだろう。
後程釘を刺しておかなければ、あっという間に広まって収拾がつかなくなるに違いない。
「それにしても、本当に美味しゅうございますわ。
こんなに甘い物なんて、生まれて初めてですもの。あぁ、アマリア様、もう少し小さくお切りしましょうね。
カップもお人形用のモノが残っていて良かったですわ」
嬉々として掌サイズ幽霊の世話をしてはしゃぐオルミッタの顔には、まるで少女のような満面の笑みが浮かべられている。
代々伝えられてきた遺言を果たせて嬉しいのだろうが、何とも表現の難しいこの光景に、エリューシアは引き攣った笑みを浮かべるほかない。
おかげで甘さの正体の追及も、レシピ販売希望も、有耶無耶の内に躱す事に成功出来たのは、心底ホッとした。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間合間の不定期且つ、まったり投稿になりますが、何卒宜しくお願いいたします。
そしてブックマーク、評価、感想等々、本当にありがとうございます!
とてもとても嬉しいです。
もし宜しければブックマーク、評価、いいねや感想等、頂けましたら幸いです。とっても励みになります!
誤字報告も感謝しかありません。
よろしければ短編版等も……もう誤字脱字が酷くて、本当に申し訳ございません。報告本当にありがとうございます。それ以外にも見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>




