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ベルクとフルクの名を少し書き直しています。
最初公爵家にしていたので『フォン』つきだったのですが、侯爵家に変更したという経緯があり……申し訳ありません><
今回のソミリナ夫人は、フルク・ザムデン宰相の妻である女性です。
「そう……突然離婚だ何だと言い出すから、何事かと思えば……」
優雅に扇を揺らめかせていた老貴婦人は、頭が痛いとばかりに蟀谷を押さえて首をゆっくりと一振りした。
「申し訳ございません…。
あんな日記が……キャリーヌ様の日記が今更見つかるだなんて…」
老貴婦人は蟀谷からそっと指先を離し、遠くへ視線を虚ろに飛ばす。
「私もあの子の部屋に手を付ける気にはなりませんでしたもの……。
まぁフルクが今更とは言え、片付ける気になったのもわかりますのよ。ザムデンを継ぐはずだった嫡男は、キャドミスタに婿入りしてしまいましたし。
でも、そう…そんな事が書かれていたとは。
嫁いできた当初、義妹となったあの子が……キャリーヌが気遣ってくれたおかげで、どれほど慰められた事か……。
ヴィークリスを八つ裂きにしてやりたいのは私の方ですわ。
とは言え故人をどうする事も出来ません。フルクはどれほど悔しかったでしょうね…だからと言ってモージェンは王太后……手出しは難しいわね」
「奥様…」
夫人の近くで、顔を俯かせたままのメイドの声は、苦しい様な悲しい様な、言いようのない感情が見え隠れしていた。
「ですが、だからと言って国内に混乱を呼び込もうとするのは、流石に目を瞑れませんわ。
私の生国であるチュベクも望まないでしょう。
こんな回りくどい事をするくらいなら、あっさり公表して王太后モージェンを引き摺り出せば良いだけでしょうに。
それを態々オザグスダムの……自分の手を汚すのが嫌だった?
まさか…それはないわね。これまでも散々手は汚してきてるはずだし」
老貴婦人の名はソミリナ。
彼女はここリッテルセンではなく、チュベクと言う国で生まれた公爵令嬢だった女性だ。
リッテルセンの東に連なるソーテッソ山脈を抜けた先は、どこの国にも属さない緩衝地帯が存在している。
その緩衝地帯を挟んで南側にオザグスダム、北側にチュベクがある。
チュベクはそこまで大きな国ではないが、魔法大国として知られ、事実オザグスダムも手を出せないでいる国だ。
四方、何処を探しても海に面することのないチュベクは、当然周囲の国と陸路で交易をしており、リッテルセンも含まれている。
以前エリューシアが脳内でアレコレ考えていた時に、山々を縫うような細い街道をあえて使う少数派と言っていたのが、このチュベクとの交易商隊だ。
難所であるのも事実なので、頻繁に往来している訳ではないが、山賊達も返り討ちに遭う事がわかっているので、古くから存在する盗賊団なら、魔法士部隊が護衛についているチュベクの商隊には手出ししない。
言い換えれば、新参の盗賊、盗賊団なら手出しすると言う事だ。
ちなみにザムデン領には、チュベクと直通の転移用魔紋が置かれている。とは言え、互いの安全を脅かす事の無いよう配慮し、精々数人が飛べる程度の小さなものだ。王都から遠く離れたザムデン領に置かれている事からも、その点は窺える。
「とは言っても…どう動けばいいのやら…。
出来ればチュベクに伝える事無く、どうにか出来るのが一番なのだけど…。
とりあえず、フルクはキャリーヌへなされたヴィークリスからの酷い仕打ちのせいで、この国を支える事を放棄し、引っ掻き回そうとしているって事よね…その結果、国が潰れ、民も皆もどうなっても良いと……はぁ…。
チュベクに被害が及ぶ訳ではなかったし、言って聞くような人でもなかったからこれまでは黙ってたけど…。
ネマリーはどう考えます?」
突然話を振られた老メイドは一瞬ポカンとした表情を浮かべたが、そこはすぐさま取り繕った。
「は……ぁ、いえ…私なんかに旦那様の深いお考え等わかりませんが……旦那様が必死になられたのは、王が公爵令嬢を死なせてしまったあの時くらいで、それ以外は成功も失敗も楽しんでおられたように思います」
「そう…ね。その公女殺しの隠蔽をしたせいで、我が家は嫡男を失った訳ですけど…でも、確かにフルクはそれさえも是としたわね」
「奥様……その、公女様を殺した訳では……」
「ここには私とネマリーしかいないのだし、はっきり言って良いのよ。
あれは現王ホックスが馬鹿やって、ロザリエ公女を殺した以外に表現のしようがない事件だったでしょう? それが事実なんだし。
それを隠蔽したのは……。
私も大概ね……隠蔽そのものは悪と断じる事が出来ないのよ。あの時、あの事件が洩れれば王家だけでなく国も揺らいでいただろうって考えてしまうの。
フルクは仕事として事件を隠蔽した。やり方があんまりだったから息子は…ホブルは父親であるフルクを…いえ、私も、ね。
諫めもしなかった私含めて、我が家を見限った。
何だか過去の罪に追われてるような……でも、そうね、それなら私にも罪はあるのだから、何もしないで居る訳にはいかないわ」
手で遊ばせていた扇で口元を隠し、視線を伏せたソミリナの横顔は、年齢を知れば驚愕しかない程美しい。
その横顔を痛まし気に見つめていた、ネマリーと呼ばれたメイドが口を開く。
「奥様……私はキャリーヌ様は勿論、旦那様も坊ちゃまも…何より奥様にも傷ついて欲しくありません。
奥様はチュベクに避難されても、誰も何も言わないと思います」
ネマリーの言葉にソミリナは視線を戻し、その双眸を弓なりに細めた。
「まぁ、ネマリーは優しいわね。
でも、この国に嫁いできてどれほど経っていると思っているの?
チュベクで生きた年数よりも、もうこの国で過ごした年数の方が長いのよ。私の国はもうここ、リッテルセンなの。
私はこの国に骨を埋めるつもりよ?
だから……そうね、ネマリー……貴方には悪いと思うのだけど、フルクの…旦那様の様子や言葉を、これからもこっそり伝えてくれるかしら?」
「それは……はい」
にっこりと、弓なりに細められた双眸に宿る圧に、抗えるメイド等居ないだろう。
「ありがとう。
貴方にはスパイのような真似をさせて悪いと思うけど、どうかよろしくね。
私の方は……王家と我が宰相家を相手にして、尚且つ、一歩も引かないでくれるであろう家門…ラステリノーア…は無理ね。
血統もその他も申し分ないけれど、あそことは隠蔽のあれこれのせいで全く接点がないわ。
連絡を付ける事は可能でしょうけど、門前払いされても文句は言えない……。ましてや力を貸してくれるかどうかなんて…。
となるとキャドミスタ……あぁ息子にまた迷惑をかけるのは気が重いけど、まずはキャドミスタに…ホブルかベルクに連絡を取ってみましょう。
後は……王弟殿下はそれなりに常識は通じるし、良い方なのだけど、王である兄を支える事を信条としてらっしゃるから……あぁ、でも夫人なら耳を傾けてくれるかもしれないわ。
他には……そう、そうだわ、ゼムイスト……ドナなら話を聞いてくれるわ。しかもドナの娘のカリアンティは、今チュベクに留学中だったわよね!
ネマリー、手紙を書くわ。
キャドミスタとグラストン、それとゼムイスト。
内容が内容だけに、他の人に託すのは怖いから、ネマリーに届けて貰ってもいいかしら?
こんな雑用は本来貴方の仕事ではないし、頼むのはとても心苦しいのだけど」
ソミリナ夫人の盛大な独り言に、何をすれば良いのか聞く前からわかってしまったメイドのネマリーは、ただ黙して深く一礼した。
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