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えっと……ヒドイ…でも良いのだけど、ヒロイン?
重く澱んだ空気をほんの少しかき乱すように、ふっと風が吹き込む。
「今じゃこんな皺くちゃ婆だけど、アタシも娼婦でさ……それしか生きる術を知らなかった。
周りも似たようなもんで、頑張っても頑張っても、逃げる事なんざ出来なかった。偶に良い御人が見つかったってんで出て行く娘も居たには居たけど、数年もすれば大抵元の地獄に舞い戻ってきてねぇ……。
だから自分が孕んじまって、気づけば堕ろす事も出来なくなってた時には、早々に産んだ娘を手放した。
娼婦に育てられちゃ可哀想ってもんだ……だから孤児院の前に捨てて…。
いや、そんなイイもんじゃなかったかもしれないねぇ…働くのに、自分が生きるのに邪魔だったって気持ちは…あんまり認めたくはないがあったかもしれない。
手放した娘の変わりって訳じゃぁないが、同業の娘たちの面倒をいつしか見るようになってさ。
ま、そうは言っても大した事じゃぁないよ? ほら、アタシらって死んでも誰も見向きもしない、下手すりゃドブに放り込まれるのが関の山って奴だ。
だけど寝覚めが悪いだろ? そんなんでそう言った面も含めて、あれやこれやって気を回しているうちに、気付きゃぁまとめ役とか言われるようになっちまってさ……。
そんな時だった……余所モンが場荒らししてるって、娼婦の一人が言ってきてね…。
流れの娼婦なんかに場を荒らされちゃ、困るってもんだ。ま、話だけでどっか余所に行ってくれりゃいいし、そうじゃないならちっとばっかし痛い目にあってもらうかねと、足を向けたんだよ。
そうしたらさぁ、もう、あん時は神様って奴がいるなら殺してやりたくなったねぇ…。
目的の流れモンの娼婦ってのが……生まれてすぐ捨てた娘だった…。
ハハ……もうねぇ、頭ン中が真っ白になっちまってさ…。
あぁ、何で生まれたばっかりで捨てたのに娘ってわかったのか、不思議に思うだろうけど……アタシが母親からもらった木彫りのブローチを持ってたんだよ。
素人が作ったような、見すぼらしいモンだったんだけどねぇ…そんなちゃちな代物だってぇのに、あの子ったら親からの贈り物だったんだって大事にしてくれててさぁ……。
母親とは名乗らずに面倒を見てやる事にしたんだよ。仲間の娼婦とも顔合わせさせてさ……。
……聞けば孤児院を出て、商家に雇って貰えたらしいのに、そこの旦那に言い寄られて、結局クビんなって、何処にも雇ってもらえなくて…挙句娼婦に堕ちちまったって言うんだからねぇ……馬鹿な娘だよ。
そっから暫くはなんてこたぁない日が続いたんだけど、ある時娘が吐いてねぇ……どうやら孕んじまってたらしくて、本人も気づかないままここに流れて来ちまってたみたいでさ…。
娘もアタシと同じになっちまって…だけど違った部分もあってさ、娘は産んだ子を手放さなかった。
娼婦に育てられたって可哀想なだけだと、何度も諭したんだがねぇ、あのバカ娘、子供の父親に惚れてたみたいでさぁ……。
隣領の男爵って聞いて……アタシゃ言ったんだよ、遊ばれただけに決まってるだろって…でも、何を言っても聞きゃしない。
生まれた孫は……アタシなんかにそんな資格ないってわかってんだけどさぁ、もう…本当に可愛かった。
名前もさ、アタシにつけてくれって娘が言ってきてくれてねぇ。
あの娘はアタシが実の親だなんて知らないはずなのに……でも嬉しくってさ…『シモーヌ』ってつけたんだ。
可愛いだろ?
茶色の髪は柔らかくって、明るいオレンジの瞳にゃ笑顔がほんとに似合っててさ、誰にでも屈託なく笑って挨拶してくれるようなイイ子に育ってくれて、気づけば結構な人気者になってたよ。
なのに…本当に神様って奴ぁ、碌な事しないねぇ…。
娘が……アユミナが胸の病に罹っちまってさ…あれになっちまったら、もう助からない。嫌になる程看取ってきたからわかるんだよ……あぁ、もう見送るしかないってさ。
最期の最期……今際の際に娘が言葉を遺してねぇ。
シモーヌを、父親の所に送ってやってほしいって……。
文の一通も寄越さない相手なんだからよせ、シモーヌはアタシが育ててやるって言ったんだけれども…娘は涙ながらに懇願して来てさぁ…そうなっちまったら、もう頷いてやるしかないじゃぁないか…。
………だけど…こんな姿で帰って来るなんてねぇ……娘の最期の言葉なんざ無視してれば良かったんだ、なんて……」
ジョイは背中側から微かに聞こえる嗚咽に、暫く無言で佇む。
長い老婆の独り言のような思い出話には、後悔と無念がたんまりと、今にも沈没してしまいそうな程に搭載されていた。
ひっそりと忘れ去られてしまうだけの娘と孫への憐憫なのか、それとも誰でも良いから片隅にでも覚えていて欲しいと言う願いなのか、ジョイにはわからないが、1つだけ言える事があるとすれば、先だって老婆が口にした『他人だからこそ』という言葉に集約されるのではないだろうか。
正しく何も知らない他人が相手だからこそ、零せる言葉だったのではないだろうか。
老婆が落ち着くのを待っている間、ジョイは思考を巡らせる。
そんな老婆の悔恨も何も受け止めてやるつもりはないが、情報を得る為に暫く話を合わせるかと小さく嘆息した。
「じゃあここに眠っているのは、オババさんの娘さんとお孫さん?」
「オババでいいさね……あぁ、アユミナは看取ってやれたからまだしも、シモーヌは……何だってあんな姿で…」
ジョイは背中を向けたまま、声音に感情が乗らないように注意を払って、静かに問いかける。
「あんな姿って……まさか虐待でもされてたんですか?」
「虐待ならまだ理解出来る……や、当然腹立たしいがね…だけど、虐待であんな風にはならないだろうねぇ」
困った……言葉を濁されては追及するのが難しくなってしまう。
「そうだ……お嬢ちゃんはあっちこっち、姉さんを探して旅してたんだろ? だったら聞いた事はないかい? 黒く干からびたようになるって病気とか…いや、病気じゃなくても呪いとか……」
オババの方が進んで話を繋げてくれた事に、思わず詰めていた息を、ジョイはホッと吐き出した。
「黒く…干からびる、ですか?
そう言えば……あぁ、でも……もう少し詳しく教えて貰えますか? もし違ったら申し訳ないですし」
「悪いねえ……アンタは善意で墓参りしてくれただけだって言うのに。
しかも姉さん探しの邪魔になっちまって」
「いえ、折角の御縁ですし、役に立てる事があれば嬉しいです。
姉さんだって、きっとそうしろって言ってくれる…そういう姉さんだから」
ジョイの脳裏に浮かぶのは、ずっと自分を守ろうとしてくれていた兄アッシュの姿だった。
ここでは何だからと、オババの家に戻りそこで話を聞く事になった。
そうして得られた情報は、オババの孫である『シモーヌ』と言う少女の遺体は、半年ほど前に『コダッツ』という男性使用人によって馬車で運び込まれたのだそうだ。
『コダッツ』というのは『シモーヌ』の父親である『ゲッスイナー男爵』の従者兼使用人らしく、幼い『シモーヌ』を連れて行った時にも会ったから間違いないとオババは話す。尤も、かなり面相は変わっていたと言い、元々かなり小心者と言った風情だったのに、その時は声に張りも抑揚もなくなっていて、すっぽりと感情が抜け落ちた印象に変わっていたようだ。
ちなみにゲッスイナー男爵と言うのは、隣領であるメメッタス伯爵領の下級役人をしているという話である。
馬車でシモーヌの遺体を運んできたコダッツは、原因不明の病で死亡したと言うだけで、詳しく聞こうにもそれ以上は何も話してくれなかったらしい。ゲッスイナー男爵も亡くなっており、せめてシモーヌだけでも知り合いの元にと、遺体を運んできたのだと話していたと言う。
そして一番の目的である遺体の話だが、顔が一番黒く干からびていたそうだ。
それだけで十分尋常ではないが、原因不明の病と告げられたので、そう納得しようとはしたが出来なかったと言った所だろう。
まぁ確かに、皮膚が黒く干からびる症状を呈する病なんて。見た事も聞いた事もない。それこそ『呪い』とでも言われた方が納得しやすい状態だったそうだ。
火傷とかそう言った類のモノでもなく、病と言うのも今一つピンとこない。そのせいでつい訊ねてしまったのだと、オババは言っていた。
他に気になった事はないか問えば、背中に幾つかの傷があった事と、コダッツとか言う男性が、妙にシモーヌの遺体に怯えていたのが気になったらしい。それもあって『呪い』という発想も出てきたのだそうだ。
話しても影響はないと思われるが、かなり暈して皮膚に黒斑が出ると言う部分は兎も角、干からびると言うのは、聞いた事がないと伝える。
他にもそう言う死体が発見されている等と言えば、このオババなら行動してしまいかねず、そちらについては伝える気になれなかったのだ。
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