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「そうだったのかい…そりゃ……何だか悪い事聞いちまったねぇ…」
強引にジョイを酒場の2階にある1室に放り込み、娼婦は一旦姿を消したが、そう経たないうちに湯気の立つスープをトレーに載せて戻ってきた。
挙句ジョイを座らせスープを勧めてくるのだが、今は変装をしていない。素顔でも女の子と言い張れる自信はあるが、好んで素顔を晒したい訳ではないので、顔に痣があるとか何とか言えば、娼婦はあっさり顔を隠したままで良いと言ってくれた。チョロいものである。
そうして暇なのか何なのか……1階の酒場のテーブルもがらんとしていて、客がおらず暇なのは一目瞭然だったが…ジョイの嘘の事情を聞きたがった。
正直面倒ではあったが、揉め事を起こす気にもなれず、適当にお涙頂戴な生い立ちを作り上げた。
病気の母親の為に姉が身を売った。
役立たずの自分が売れれば良かったが、顔の痣のせいで叶わなかった。
ずっと姉は仕送りをしてくれていたが、ある時からぱたりとなくなった上に連絡も取れなくなった。
長く患っていた母親が儚くなり、大した額ではないが貯めていたお金を、少しでも姉の役に立てばと思い届けようとしたが、身売り先にはもう居なかった。
姉の消息は知れないまま、それでもと…少しの手掛りでもあればと旅をしている。
そんな嘘八百な事情に瞳を潤ませる娼婦には、声には出さないが内心で謝りつつ、冒頭の娼婦の言葉となる訳だ。
「家族の為にって仕送りするような娘が行方知れずねぇ……心配だろうけどさぁ、その…言い難いんだけど…」
「いえ、わかっています。もしお姉ちゃんに良い人が見つかったなら、今幸せならそれで良いんです。
だけど……そんな男性が居たような気配もなくて」
「そ、そうかい…あぁ、それなら店が隠してる可能性があるかもしれないねぇ」
「隠してる?」
「そうそう、都合の悪い事だったりすると…ねぇ。
例えばその娘を気に入った上客が居て、そいつに違法に売り渡したとか…後は……その、可能性だけだからね? もうこの世にはいない…とか」
「……そう、ですね。
はい、それも何処かでは覚悟してます。
それでなんですけど、もし何かご存じだったら教えて頂けませんか? 何でも良いんです。見慣れない女性がうろついてたとか……死体が見つかったとかでも…何でも構いません!」
ジョイは泣き伏すように両手で顔を覆った。
正直芝居がかりすぎて、反対に胡散臭くなったかもと内心冷や汗をかいてしまったが…。
結果から言えば杞憂だった。
娼婦はそんなジョイの演技に、おいおいと泣き始めた。
「健気だねぇ……もう、こんな小さな子が必死に頑張って姉を探してるとか、アタイたまんないよ……あぁ、待っとくれ、何か……何かあった気が…。
余所者の出入りはどうだったかねぇ、あぁ、あったけど、あれは男だったから…お嬢ちゃんの探す相手じゃぁないねぇ…。
ん~ぁ、そう…死体ってんなら、何だっけ…オババん所に運ばれた死体ってのがあったとか…」
誘導した自覚はあるが、まさかこんなに容易く引っかかってくれるとは…と、ジョイは顔を見せないようにしながら、視線だけを娼婦の方へ眇めて向けた。
「運ばれた……? 年の頃とかわかりますか?」
「いや、それがさぁ、アタイも小耳に挟んだだけでねぇ。
だけど…そうだねぇ、明日で良かったらオババん所に行ってみるかい? 何て言うかさ…他人事に思えないって言うかねぇ。
だけど、本当にアンタのお姉ちゃんだった時は……大丈夫かい?」
「……はい、覚悟は出来てます。
それに、便りがないのは元気な証拠…なんて思えないですから、事実は事実として受け止めるつもりです…」
そうして迎えた翌日。
娼婦は結局その夜客がつく事はなかったようで、午後にならないうちにジョイの泊まった部屋へやってきた。
それでもこんな時間だと眠い様で、欠伸を嚙み殺す娼婦に申し訳ないと謝れば、豪快な笑いと共に、背中に1発平手を入れられた。
結構痛い……。
娼婦に案内されて向かった先は、彼女の職場ともなっていた酒場の裏通りを抜け、さらに奥へと続く細道を抜けた、どぶ臭い一角にある家だった。
娼婦がドンドンと大きく扉を叩くと、中からドスの効いた声が返って来る。
「(ったく、煩いってんだよ!)」
ガタンと閂が外される音の後、ギィと軋んだ音を立てて扉が開かれた隙間から覗くのは、眼光鋭い老婆の皺顔だった。
「何だってんだい!? こんな時間にさぁ」
「オババ、悪いねぇ。
ちょっと聞きたい事があったんだよ」
娼婦は後ろに控えたジョイを時折振り返りながら、昨晩の出会いからの事情を老婆に話している。
当のジョイはと言うと、フードを目深に下ろしているのは昨晩と変わりないが、今日は朝からしっかり女装していた。
顔に痣があると言う設定にしてしまったので、包帯で顔をぐるぐる巻きにするのも忘れない。
「そう言う事かい…でもまぁ、悪いが人違いだね。
帰っとくれ」
「そう…人違いなら仕方ないねぇ。オババ、朝から騒がせて悪かったよ」
娼婦があっさり引き下がる様子に、内心慌てたのはジョイだ。
扉が閉められる前に何とか良い口実を思いつけとばかりに、ジョイは必死に頭を回転させる。
「ぁ、あの!……」
老婆が扉を閉める手を止めて、ギロリと睨みつけて来る。
「……なんだい?」
「あの……人違いだと言うのはわかりました。
ただ、良ければ墓前に参る事を許してもらえませんか?」
「は? ぼ、ぜん?」
「はい、お墓に……人違いだったとしても、他人事には思えなくて……せめて御冥福を祈らせて頂けませんか?」
必死に表面を取り繕ってはいるが、ジョイは内心頭を抱えている。
何でもっと良い言い訳、考え付かないのかよ……と。
赤の他人が突然やってきて墓参りさせろとか、不審にも程があるだろうと思うのだが、他に何も思い浮かばず、しかももう口に出してしまった事は戻す事も出来ない。
覆水盆に返らず…とは、この事だろう……。
オババと呼ばれた老婆は、顔を俯かせたままのジョイを、重苦しい沈黙と共に睨め付ける。
実際に流れた時間は数分程度なのだろうが、宣告を待つ心境のジョイにはたっぷり数十分以上に感じられた。
老婆が微かな溜息を漏らす。
「何を言い出すかと思えば……はぁ、赤の他人に……」
まぁ妥当な返事だ。次の一手を考えなければならない。
「……いや…そう…だねぇ、赤の他人だからこそ…か。
良いだろう、あの娘の助けになるかもしれないってんなら、祈ってやっとくれ」
てっきり断られると思っていたが、何とか言い訳は通じたらしい。
老婆が何をどう考えて了承したのか、まだわからないが、兎に角一歩前進だ…と、ジョイはひっそりと安堵の吐息を零した。
「オババ、墓って……」
「あぁ、アンタは帰んな。そう、あの共同墓地だ。
どうせアタシもアンタも、何れそこにお世話になるからねぇ。生きてる間に態々行くこたぁないよ」
「まーた、オババはそんな事言って。
でもまぁ墓参りに行くなら、もうちょっとマシな格好してこないとねぇ」
そう言って自分を見下ろす娼婦は、仕事着なのだろう、真っ赤で胸の谷間も露わなドレスを身に纏っていた。
そうして娼婦は帰って行き、ジョイは今老婆に先導されてどぶ臭い裏路地を歩いていた。
「ったく……アンタもよくよく変わってるねぇ。
娼婦の末路なんて似たり寄ったりとは言え、他人の為に祈ろうなんざ、お人好しにも程がある」
「そう……でしょうか…でも、もしかしたらお姉ちゃんも…誰かに祈って貰ってるかもしれないって思ったら…」
裏路地を抜けた先、少し広くなった…だけどじっとりと何かが纏わり付くようなそこは、墓標もない盛り土が幾つかあるだけの寂しい場所だった。
萎れて枯れた花の残骸が、微かに吹く風に時折揺れてはカサリと乾いた音を立てている。
その花の残骸の前に膝をつき、両手を組み合わせ暫し祈る。
何となく両親の事をジョイは思い出す アッシュから聞いて両親は既にこの世に居ない事を知っているし、両親の亡骸が埋まっている共同墓地にも連れて行ってもらった事があった。
ここまで昏く重い空気ではなかったが、どことなく似た空気を感じて、ジョイは真摯に祈りを捧げる。
それが功を奏したのかどうかわからないが、身じろぎもせずに祈り続けるジョイに、オババは静かに語り出した。
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