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「と言う事は、死体を運んできた馬車があると言う事ね? ならその馬車を調べれば色々と分かるかも「ちょっと! ちょーーーーーっと待ってください!!」ん?」
さっきとは逆にエリューシアの独り言のような呟きを、ジョイが叫びで遮った。
「本当に待ってください……ぃぇ、お嬢様の言葉を遮ったりするなんて使用人にあるまじき行為だとわかってるんですが、さっきの反応について説明してください」
「さっきの反応?」
心当たりが本当になく、エリューシアはこてりと首を横に傾けた。
「さっきズモンタ伯爵の名を出した時の反応です……お嬢様、ズモンタ伯爵の名に何か心当たりがあるんですね? どう言う事です?」
そんな些細な事を気に留めていたとは思わなかったので、思わず小さく『ぁ』と声が洩れるが、これは失態だった。
あくまで学院内の事だったし、バルクリス絡みなら兎も角フラネアの事は面倒と思いこそすれ、そこまで危険視していなかった。その為ジョイは勿論、アッシュにも特には話していなかったのだ。もしかしたら学年の違うヘルガやセヴァン達の耳にも、エリューシアの反撃の一件はわからないが、それ以外のいざこざ部分は届いていないかもしれない。
そんな程度の事だったのだが、ここに来てソレを咎められるとは思わなかった。
結局入学初日のあれこれに始まる一切合切を、悉く話す羽目になってしまった。
「ったく……お嬢様、そう言う事は隠さずお話しください…。
俺も兄もお嬢様の身の安全が第一なんです。お嬢様を守れなかったら、俺達は何の為に居るのか……」
ギュッと眉根を寄せているジョイに、エリューシアはしゅんと萎れ切った。
「ごめんなさい…以後は気を付けるわ」
「本当ですね?」
「えぇ、でも隠していたつもりはないのよ? ただ大した事ではないって…」
「良いから全部話してください」
「ぁ、ハイ……」
反省しているエリューシアの姿に、ジョイは口元をやっと綻ばせる。
「では報告を続けますよ」
「ぁ…えぇ! お願い」
小雨が降る昏い空を、酒場の軒先で目深に被ったフード越しに見上げる。
思わず押さえた胸元には、その懐に2通の手紙が入っている。
1通は王都の警備隊隊長ヨラダスタンからの物。
もう1通は王都の裏社会を牛耳るヤーコフ・ザルカンからの物。
出来るだけこんな物を使う事なく調査を終えたいが、如何せんここはジョイも初めて訪れる地なので、どう転がるか予測がつかない。
ここはナイワー伯爵領。
その領都ナバオルに近い町の一つでブクーと言う名らしい。
ブクーに辿り着く前まではモバロ男爵の事を調べていたのだが、そちらは存外すんなりと調査が進んだ。
女装して友人だったと言って近づけば、家族他から情報を得る事は容易かった。
ついでにフィータ・モバロが幼い頃の家族の絵姿も、父親本人から届けてやってほしいと託されたくらいだし、表経路用のヨラダスタン隊長の手紙も裏経路用のヤーコフの手紙も、念の為にと貰って来たが、ここまで全く使う場面等なかった。
そして、これ以上何も出て来なくなったので、王都に戻ろうとしていた所に、奇妙な死体の話を小耳に挟んだのだ。
ジョイは自分の主として絶対の忠誠を誓うエリューシアが、どういう訳か奇妙な…猟奇的と言ってもいい様な事件や死体の事を気にかけている事を知っている。なので、ついでとばかりにソレを調べるべくブクーにやってきたのだ。
「さて、どう調べるかな…こんな時間だし、調査は明日からって事になりそうだけど…しくった……」
溜息交じりに呟くジョイは、本気で苦り切っていた。
ブクーは領都にほど近い町の一つではあるのだが、近くに大きめの町が新たに出来た事で、かなり寂れた場所となってしまっていた。
ほぼ住人のみが使うような酒場では、聞き込みも上手くいくかどうか甚だ疑問だ。
余所者と言うだけで警戒されるのが目に見えている。
何よりジョイが嘆いているのは、宿がないと言う事だ。
ジョイ自身は野宿だろうと何だろうと全く気にならないのだが、敬愛してやまないエリューシアから『ちゃんと宿に泊まって身の安全を確保するように』と厳命されているのだ。
しかしないモノはない。
適当な空き家を見つけて、そこに潜り込むとするかと決め、小雨の中へと1歩踏み出した時、女性の声が追いかけてきた。
「ちょっと、アンタ、待ちなよ」
まだ何も咎められるような事はしてないんだがと怪訝に思ったが、こんな酒場の前で揉め事を起こすのも気が引けた。
足を止めて振り返ると、少々恰幅の良い、だけど無駄に白粉臭い中年女性が立っていた。
その女性が少し屈み気味に顔を寄せて来る。
途端に強くなる白粉の臭いに噎せそうになるが、それを何とか堪えていると…。
「(アンタ…どっからこの町に来たのか知んないけどさ…女の子だろ?
こんな所で1人で突っ立ってるって……もし商売しようってんなら、ここはアタイらの場所なんだ。余所に行っとくれ)」
なるほど…と、ジョイは一人納得した。
彼女は…いや『ら』と言っていたから『彼女達』と言うのが正解なのだろう。その彼女達は、恐らくこの場所を縄張りにしている、娼婦だろうと目星を付ける。
そして余所者のジョイが女の子だと踏んで、自分達の場所を荒らすなと言いに来た訳だ。
別に彼女の商売敵になるつもりはない。
もしそんな事を片鱗でも考えたら、エリューシアを悲しませるのはわかっているから、絶対に考えもしない、今は……。
ジョイは自分の容姿の事を熟知していているので、もしエリューシアから捨てられたら、そんな道に堕ちても良いかと考えた事はあるのだが、それは絶対の内緒だ。
ジョイはすっと自分の喉元に軽く手を添える。
娼婦を見上げて、ゆっくりと首を横に振った。
「ごめんなさい。あたし…お姉ちゃんを探して旅をしてるんです。
だからお姉さん達の仕事場を荒らすなんて、しません……ここも、雨宿りさせてもらってただけで…」
憐憫を誘うような、か細い声で俯き気味に返事をすれば、途端に娼婦の態度が変わった。
威嚇するようにでっぷりとした胸を逸らしていた女性が、再び身を屈めて顔を近づけてきた。
「やだよ、アタイったら。
悪かったねぇ。
……それにしてもアンタ、姉ちゃんを探してって……何かあったのかい? 人それぞれ事情ってのはあるだろうし、深く詮索するつもりはないんだけどねぇ。
アンタみたいな、こう…守ってやりたくなるような雰囲気に弱い男は多いからさ、仕事じゃないんなら…あぁ、そうだ」
娼婦は何か思いついたようにパッと顔を上げた。
「アンタの事、疑って、脅しちまったからねぇ、その詫びだ。
ちょっとここで待ってな」
彼女は身を翻したかと思うと、店の中へ入って行った。
そう待たずに戻ってきた娼婦は、戻るや否や、ジョイの肩に手を添えた。
「今日はアタイの隣の部屋で休んでいきな。
この町…もう町なんて言える程人も多くないけどねぇ…まぁここには宿なんて気の利いたモンはないんだよ。
で、この酒場が宿替わりなんだけど、旅人が来るような場所でもないし、アタイらが使わせてもらってんのさ。ま、持ちつ持たれつって奴さぁね。
お代も気にしなくていい。アタイからの詫びだからね。
さぁ、入った入った」
ジョイは一言も口を挟む暇を与えられないまま、酒場の扉を潜る事になってしまった。
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