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あちらこちらで色々と事態が進行し思惑も絡むせいで、場面転換が多くなってしまい申し訳ありません。
ノックもそこそこにアイシアの部屋の扉を開ければ、当のアイシアは窓から外を眺めているようで、入ってきたエリューシアに背を向けたまま気付いた様子はない。
そして聞こえる微かな溜息。
エリューシアが心配したような…例えば倒れているとか、そういった事にはなっておらず、そこは一安心だが…溜息を吐く等、何か悩みでもあるのだろうかと声をかけようとした時、耳に届いた呟きにエリューシアは硬直してしまった。
「………ベルク…様」
硬直したまま一瞬目を瞬かせてしまう。
「(……ヘルガ…これってどういう状況なのです?)」
ふと我に返り、少し上体を仰け反らせるように斜め後ろに控えるヘルガに顔を寄せれば、ヘルガは困ったようにひそひそと返事をした。
「(この数日お元気がなく、御食事やデザートも残してしまわれるようになってしまったのです……とても心配していたのですが、今日はとうとう溜息と呟きまで…)」
「(ぁ、ぅん…そう)」
お使い魔具を放ってから、それに時間を取られがちになり、ここ最近は借り上げ邸での食事は、エリューシアだけ自室に運んでもらうようにしており、そのせいで気づかなかった。
学院での昼食は、これまで居た男子生徒達が軒並み姿を消してしまった事で、全員の口数は少なくなっていたから、取り立てて違和感を感じなかったのだが……不覚である。
(これは……いや、でもこれ、手出し無用案件でしょう。下手に手を出したら馬に蹴られるという…。
そう、つまり、アレだ……恋煩いって奴……。
なるほどねぇ……これまではベルク様が一方的に思いを寄せているだけかと思ったのだけど…シアお姉様も……って、そ、それは……何ですかね、この複雑な心境は。
ぃゃ、良いんですよ、恋煩い、素敵じゃないですか!
だけど、それは他人事だから素敵なのであって……お姉様が……お姉様が離れて行ってしまう…?
………そんな…事って……ゃだな…泣きそう…。
でも、喜ばしい事……相手が悪いけど!
だってベルクよ!? インテリメガネ担当!!
くっそ陰険な物言いの…って、リアルでは確かに好青年、というか好少年だけど!…。
でもね! ゲームの中じゃ、ベルクもシモーヌの取り巻きで、クリス王子と一触即発な空気感があったのよね……ヒロインにどっぷりで……あぁ、思い出したら腹立ってきた…。
けれど冷静に考えたら悪い相手ではないのよ…。
キャドミスタって東方辺境伯家よね…東、東ねぇ…キャランタ地方って魔物の出現のみならず、ソーテッソ山脈に連なる険しい山々の合間を縫うように細い街道が存在していて……それで山賊等の人による被害も多い土地。
難所と言うだけなく治安も悪いけれど、そんな街道をあえて使う人も、少数派であっても存在するのよね。
でも、そんな危険な場所に嫁入り……!? ベルクって嫡男だったと思うから婿入りは難しいわよね? そんな…そんなのは却下よ! シアお姉様が危険な場所になんて、絶対に認められない!
…って……待て待て、エリューシア、冷静になるのよ。
当人同士がどうあろうと、結局、家と言うかお父様がどう考えるかも重要で…ぅぁぁ、どう転んでも荒れそう…間違いなく大乱闘スマ〇ラ……)
「!! ェ…エルルッ!!??」
唐突に響いたアイシアの声に、エリューシアもハッと顔を上げる。
「い、何時の間に……ぁ」
驚愕の表情から、突然顔を隠すように勢いよく俯いたアイシアに、エリューシアは首を捻った。
「ぁの……もしかして……聞こえ、た?」
「はい?」
唐突過ぎて何の事だかわからなかったが、聞こえた言葉は1つだけだったので、あぁと頷けば、アイシアは顔を両手で覆ってしまった。
だが、よくよく見れば深青の髪の合間に見える耳端が、ほんのり赤く色付いている。
「あぁ、やっぱり! どうしましょう…私ったら、はしたないわ」
ここはアイシアの自室なのだから、何をどう呟いたとしても、別にはしたないだなんて思わないが、妹に惚れた腫れたを見られた事が居た堪れないのだろう。
「慰めになるかはわかりませんが…。
別に問題ないと言いますか……ただ、ベルク様が一方的にお姉様に思いを寄せているだけだと思っていましたので、少々衝撃ではありましたが…」
「わ、私も! 最初は面倒だなって思っておりましたのよ!?
温室には害虫が既に居ましたから、害虫がまた増えたと言うくらいにしか!……でも、その……目が…眼鏡越しに冷たく見える青い瞳が…とても優し気で…」
エリューシアは、後ろにひっそりと控えるヘルガ共々遠い目をした。
(盛大に砂吐いても許されるわよね?)
アイシア自身は羞恥が天元突破もとい限界突破したのか、かつてない程饒舌になっている。
「それに…エルル達が忙しくて、私とメルリナだけ先に温室に行った事が何度かありましたでしょう?
その時、ずっと話しかけて下さったのです…寂しくならないようにって…。
何故かメルリナが途中で席を外してしまって、私…心細そうな顔をしていたのだと思いますわ…それで気遣って下さって、それがとても優し気で私……」
(私は何を聞かされているのかな?
いや、良いのよ、シアお姉様が幸せになる事が私の目標だし、生存意味だし……だけど、こんなこそばゆい話を聞かされて、どうしろと?
何というか…メルリナが席を外した気持ちがわかってしまうわ。
護衛としては問題しかない行動だけど、そういう空気感って目の前で見せられると、こっちが恥ずかしいのよ。
それにしても……確かに、まだ3年の時だったと思うけど、ちょっと教師に所にってオルガと先にそっちの用事を済ませてから温室に行った事があったわ……まさかその時にそんな事が…。
メルリナ……スマンカッタ)
「あれ以来、ベルク様……皆様も全く姿をお見掛けしませんものね。
どうされているのかしら…お元気でいらっしゃるのかしら」
アイシアが沈んだ声で呟く。
それにつられたかのように、エリューシアもクリストファの顔が脳裏をよぎっていた。
それを振り払うように一度首を振ってから、アイシアに笑顔を向ける。
「皆様、仮にも高位貴族の令息なのですから、何かあれば直ぐ噂になります。だからきっとお元気ですよ」
沈んだ空気を払拭するように言えば、アイシアは拗ねたような視線を送ってきた。
「もう…エルルだってずっと心配してるでしょう?」
「え? 私ですか?」
何故自分に飛び火してきたのか、エリューシアは本気でわからず首を傾ける。
「まぁ…エルルったら…。
まさか自覚がなかったとは思いませんでしたわ。
温室で、何時もクリストファ様が座っていらっしゃった場所を、寂しげに見ていたのは無自覚でしたのね」
「はい!? いえ、そんな事してません!」
「あんな害虫にエルルを…って思ってましたけど。
エルルもそうなら、良い御縁なのかもと思うようになりましたのよ? 勿論、業腹ではありますが。
私が嫁いでしまったら、公爵家はエルルが継ぐ事になりますもの。クリストファ様は次男でいらっしゃるから、婿入りでも問題ありませんでしょう?
何より、エルルに吹き飛ばされる事なくエスコートもダンスも出来る殿方と言うのは、とても貴重ですもの。
私、応援しますわ。お父様が煩いでしょうけど、私はエルルの味方ですからね?
安心して良いのよ」
「……ハ…ハハ…」
アイシアには既に何か描くビジョンでもあるのか、一人で納得して頷いていた。
そんなアイシアも可愛くて眼福だと感動出来るのだから、エリューシアも大概である。
とは言え、アイシアには申し訳ないが、そんな未来が来る事はないだろう。
ぶっちゃけ、クリストファは優良物件だ。
美貌も頭脳もあり、血統も申し分ない。その上性格も問題なしで、不愛想と言う噂くらいしか流れていない。
それで次男なのだから、どこぞの王家から縁談が持ち込まれても不思議ではないのだ。そんな引く手数多の彼が、正直、事故物件と表現しても良いエリューシアとの縁を本気で望むとは思えない。
好意は感じているが、その好意の半分以上は物珍しさと、精霊に吹き飛ばされないと言う希少さによる優越感みたいなものではないかと考えている。
そう考えて、何故かエリューシアはツキリとした痛みを胸に感じた。
その後も滔々とベルクについて語るアイシアに、苦笑交じりで付き合っていたが、夕食が終わって何時ものように勉強に励んでいると、自室の扉のノックの音に気がついた。
『どうぞ』と声をかければ、開かれた扉から姿を見せたのはアッシュで…。
「お嬢様、お邪魔をしてしまい申し訳ございません。
ですが、速やかに知らせる様にとおっしゃっておられましたので…
ジョイが戻りました」
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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