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口角を上げ、ほんの少し目を細める。
微笑みと言う名の仮面で、シャーロットは自分を覆い隠した。
張り付けられただけの笑みを、見えるままに受け止めたリムジールは、あからさまにホッとしたと言いたげに肩から力を抜いた。
「ほんとに…どうしちゃったんだ? あんまりにも機嫌が悪いみたいだから、吃驚してしまったよ」
笑みの裏を見抜けないリムジールは、へらりと笑って流すように言う。
「まぁ、機嫌が悪いだなんて…でも、ごめんなさい? そう見えてしまったのなら謝りますわ。
単にシディルを元に戻してあげたかっただけですの。
旦那様も『今は』とおっしゃったから、もう少ししたら戻してあげてくれるのだと分かりましたし。
………そうでしょう?」
「あ? あ、あぁ、それは……最初からそのつもりだよ……うん」
視線を泳がせて誤魔化そうとするリムジールの姿に、シャーロットは笑みを深める。
艶めいた唇は笑みを形作っているのに、その目は笑っていない。
「それで? 旦那様は何を難しい御顔をなさっていらっしゃいましたの?」
話題が変わった事に追いつけず、一瞬呆けたように目を丸くしていたリムジールだったが、脳にやっと血液が巡ったのか、取り繕う事も忘れて机に置いたままの手紙に顔を向けた。
「あ、あぁ……宰相から手紙が届いたんだが…」
「ザムデン宰相から?」
シャーロットは口元の笑みを崩さないように気を付けながら、微かに目を眇める。
ザムデン宰相は先王ヴィークリスの時から、長くその地位に居る古狸だ。
散々甘い蜜を吸いながらも贅肉とは無縁のほっそりした体躯を保ち、年齢に見合わない動きと姿勢の良さからは、狸より狐の方が似合っていそうな気もするが、腹黒さを隠すその顔は一見柔和で穏やかな好々爺そのもので、狐を連想するのは少しばかり難しい。
しかしシャーロットにとっては好々爺なんてものではなく、現王ホックスの婚約者時代に、当のホックスやモージェンの暴挙を見て見ぬふりをし、散々彼女の心を傷つけ疲弊させた者の一人で、はっきり言えば嫌悪しかない人物だ。
「あぁ、なんでもオザグスダム王国の王子と王女が、我が国に来訪予定なんだそうだ」
「来訪となると…視察か何かですか?」
瞬時にシャーロットの表情が切り替わる。
リムジール達に思う所は多々あるが、他国要人の来訪となれば、シャーロットにとっては仕事だ。
「いや、視察ではなく留学生としてだそうだ。
それで相談と言うか……依頼と言うか…」
リムジールの煮え切らない言葉に、シャーロットの眉根が寄った。
「相談に依頼ですか?
他国の王族となると、その滞在は貴賓館が基本のはず。
留学の場合も王城滞在か、学院の借り上げ邸、もしくは寮滞在となるかと思いますが、一体何の相談をする必要があると言うのです?」
シャーロットの言う通り、他国要人は王城敷地内にある貴賓館と呼ばれている建物に滞在、そこでもてなすのが通例となっている。
それは王族であっても変わらない。
要望があった時には他を検討する事もあるが、基本的には貴賓館となる。
警備についても王城敷地内にある為、融通がつきやすい。しかも、良く言えば閑静な…言葉を選ばずに言うなら隔離された場所に建つ建物なので、監視も容易なのだ。
それに、話にあった通り留学と言う事なら、外交の一端を担っているとは言え、一貴族家でしかないグラストンに何か言うより、学院に相談依頼した方が建設的だと思える。
手紙の内容の想像がつかず、シャーロットは思わず重ねていた手を握りしめていた。
「一つ目は滞在場所だな。
王城は…その、兄上達がいるから、あまり宜しくないだろうと……」
なるほど。
宰相の言いたい事も理解できた。
しかも今回の相手はオザグスダム王国と言ってた。
気候その他諸々で食糧事情は決して良くない彼の国は、何時でも戦争の切っ掛けを探している。探してないなら作れば良いとまで言って憚らないお国柄だ。
確かに現在の王城では荷が重いかもしれないが、国としての責任を一貴族家に押し付けようとするのは如何なものだろう?
「そうですか。
それで我が家に?
しかしそれはあまりに国として、責任を放棄しすぎではありませんか? 万が一があった時、旦那様は首を差し出す覚悟がおありなのですか?」
「ッな!!??」
リムジールは王弟だ。
つまり元王族。
今は臣籍降下し、一貴族家となっているが、その意識は王族であった頃と然程変わっていないように思える。
文字にすると真面に見えるだろうが、どちらかと言えば悪い意味の方だ。
王族として覚悟をもって政に携わる…等では決してなく、王族としてその権威に浴する……つまり美味しい所どりだ。
相手がオザグスダム王国と聞いたなら、もっと緊張して然るべきにも拘らず、難しい顔をしていながらも、こうして『失敗すれば責任を取らされるぞ』と指摘するまで狼狽えもしなかったのが良い証拠だ。
これまでも危機感のないリムジールを、こうしてシャーロットが支えてきたのだが………。
「首って…そんな大層な…。
オザグスダムと言っても相手はまだ子供だぞ? それにザムデンもそんな事は言っていない。
単に貴賓館でもてなすと言っても、現状兄上と義姉上が……こう言うと何だが、兄上達の事が懸念材料になると言うのは頷けてしまって…それでついしかめっ面になってしまってたんだが………だから良ければこっちに滞在出来ないかと聞いてきてるんだ。
後、学院に入学予定だから、是非学友として仲良くしてやってほしいと…」
シャーロットの眦が吊り上がった。
滞在の件もどうかと思うが、学友となると嫡男チャズンナートは入試に落ちている以上、クリストファを実質指名しているようなものだ。
チャズンナートは病弱を理由に色々な事を放り投げており、そのせいで従者のティーザーだけではどうにもならず、クリストファは勿論、その従者であるシディルにまで被害が及んでいる。
勉学に励む事はなく、だからと言って身体を鍛えるとかそう言う事もない。
踏ん反り返って偉そうにしているだけの子供だ。
だが…確かに子供だがただの子供ではない。こうしてるリムジールが庇い甘やかすせいで、父親の権威を後ろ盾にした手の付けられない暴君となりつつある…いや、既にそうなっている。
「そうですか……。
旦那様には申し訳ございませんが、私は賛同いたしかねます。
他国の王子殿下王女殿下をお迎えするには、我が家は使用人も騎士も足りておりませんわ。
それに学友と言っても、チャズンナートは学院生ではございません。
まさかクリスにその任を担えとおっしゃいますの? 従者も取り上げられたあの子に?」
流石にシャーロットも言葉の端々が棘立つ。
はっきり『1つ間違えば戦争の切っ掛けをくれてやる羽目になるような地雷を、何故預からねばならないのだ?』と言ってやりたいのをグッと堪えたが、クリストファに飛び火する可能性に思わず頭に血が上った。
「…………」
「よくよくお考え下さいませ。
王子殿下王女殿下を不足なくもてなせるのかどうか」
「………そう、だな…。
だが、学友ならば学院内の事だし可能だろう?」
上った血が沸騰しそうになる。
「………残念ですが、現在クリストファは学院には行っておりませんわ」
「!? どう言う事だ?
そんな話は聞いていない」
「左様でしたか…何度もお話ししたのですけど、旦那様は全く興味がなかったようで、何時も『そんな話はいい』と聞く耳は持って頂けませんでしたものね」
そう、クリストファは現在継続中で学院に姿を見せていない。
それもそのはずで、彼は今、王都に居ないのだ。
あの日、4年に上がった学院の初日……昼休みにサキュールに呼ばれていると慌ただしく向かったクリストファは、エリューシアに何も告げる暇もないまま、王都を離れざるを得なかったのだ。
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