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「では王妃様ときちんと検討してください。
ただ、王女殿下御自身は御婚約の成否に関わらず、学院に留学と言う形で先にリッテルセンへの入国許可申請が出されています。付き添いとして同行される王子殿下と令嬢1名についても同様の申請があります。
御婚約についての返事は急がないと言われていますが、入国許可については返事を待って頂いている状態ですので、まずは陛下のお考えを伺いたいですな。
その上で検討せねばなりませんので。
そうそう、御婚約についても急がないとはおっしゃっていますが、誠意は見せねばなりませんので、それなりの時期には返事が出来るようにお願いしますよ」
「入国に入学?
………………ま、あ、お前に任せる…。
お前だから任せるんだ、しっかりと励めよ」
「………御意」
気分が悪くなる程、下品な一室から一礼して辞したフルクは、扉が閉まると同時に、衛兵が控えているにも拘らず忌々し気に舌打ちした。
「(何が励めだ……ウジ虫が……いや、ラステリノーアの次女を欲しがる等…変態と言った方が良いかもしれぬな)」
衛兵の方も、聞こえているのかいないのか……もし聞こえていたとしても問題はない。何しろ誰もが同様に思っているし、宰相であるフルクに物申せるような者もここには居ない。
直ぐに近づいてきた人影が従者である事がわかると、少し胡乱に片眉を上げるが、そのまま歩き出した。
「デュス、どうした?」
「少々お知らせしたい事が」
デュスと呼ばれた従者はフルクと変わらぬ年齢か、それより上に見える。
骨に皮が張り付いたような……薄暗がりで対面したなら幽鬼と間違えても仕方ない容貌をした男性だ。
「既にオザグスダムを発って、船上だそうです」
「……ふむ、随分と勝手をしてくれる」
「………」
共に歩きながらも俯いたまま顔をあげない従者に、フルクはフッと苦い笑いを浮かべる。
「儂が許し難いか?」
「いえ、そのような事は」
見えてきた馬車は、既に御者によってその扉は開かれていた。
それにデュス共々乗り込む。
走り出した馬車の車窓から見える風景を暫くの間無言で眺めていたが、何の前触れもなく、フルクが静かに口を開いた。
「今のままでも良かったんだが…少し考えが変わった。
ザムデンは継ぐ者も居なくなったのだから、そのまま朽ちさせれば良かったものを、今更キャリーヌの部屋に手を付けてあんなものを見つけてしまうとはな」
「………はい」
「で、口を割ったか?」
デュスの目がギョロリと憎悪の色に染まる。
「はい。お嬢様の日記にあった通り間違いないと…」
「そうか。アレにも不憫な事をした。
儂の妹になぞ生まれなければ、生き延びられていたかもしれぬのにな」
「だ、旦那様!? それは違います! お嬢様が亡くなられたのは……あんな最期を迎えられたのはヴィークリスのせいでございます!」
「だが切っ掛けは間違いなく儂だな」
「ヴィークリスめが、病に倒れたお嬢様に使うはずだった薬を、モージェンに…あの阿婆擦れに使っただなんて……それを聞いたお嬢様のお気持ちを思うと……」
「ザムデンはずっと王家を支えてきた。
儂だけでなく、父も祖父もその先代達も…形は変われどゴミの様な王家に仕え、そして支え続けてきてやったと言うのに…その儂に…恩も義理も忘れ、儂と妹に……飼い犬に手を噛まれるとはこの事だな。
愚かな王と王家さえも手駒に、思いのままに操る生活は気に入っていたが……まぁ、そのせいで何の罪もないラステリノーアには煮え湯を飲ませてしまった……儂を軽蔑しても構わんぞ」
「………」
「だが……あの時にキャリーヌの…妹の日記を見つけていれば変わっていたであろうか……」
「わかりません…ですが、私は旦那様について行きます。
お嬢様の仇……憎い仇を」
この場の空気とは場違いにも思える軽快な笑いで、フルクは肩を揺らした。
「ハハ……これは責任が重いな。
頭の悪い愚か者どもを躾直す為に、灸を据えるだけに留まるやもしれぬぞ?
まぁ、灸程度で済まず、民にも血を流させる結果になるやもしれぬがな。
何にせよ、儂は水面に波紋を呼ぶ石を投じるだけよ。
……そして生じた波紋を、儂は精々楽しませて貰うとするかの。
……だが…今更、儂に善行など似合いはせん……せぬが、このままオザグスダムの掌で踊らされるのは業腹だな…。
今暫くは適当に…そうだな、王女の方にはグラストンかボーデリーの子倅でも与えておけば良いか…。王子の方も適当なのが居れば良いが、直ぐには思い浮かばんな…。
全く…こちらはまだ是とも言っておらんと言うのに……考えなしどもめが……まぁ良い、そのまま監視を行っている者との連絡は密にしておけ」
「はい」
エリューシアは、自室の部屋で蜘蛛数匹と対峙していた。
とは言え別に臨戦態勢でも何でもなく、机の上に鎮座する数匹の蜘蛛の前に工具を手に持って、何やら音を聞いている。
【……………】
お使い魔具の動作確認を行っているのだ。
最初はネズミの形に作っていたのだが、ネズミだと見つかった時に徹底的に追われる可能性が高い。何しろ建物も食料も台無しにするのだから、そりゃ見逃してもらえるはずもない。
前世なら病気を媒介すると言う面でも徹底的に追い立てられるだろうが、それを知らなくても、十分以上に害獣認定されているのだから当然だ。
だから蜘蛛にしたのだが、ネズミと違ってスマートな体形の蜘蛛と言う形に、思わぬ苦労をする羽目になっている。
魔具としての構造はそこまでややこしくないので、蜘蛛の姿でも問題はなかったのだが、動力源として搭載する魔石の大きさが限定されてしまうので、稼働時間がそれほど長く確保出来ないのだ。
その結果、エリューシアは複数のお使い魔具を時間差で使用する事にした。今はその確認中なのだが、どうやら問題なく動作してくれそうでホッとする。
(後は魔力登録ね。
メルリナが持ってきてくれたのは髪だから、他人の魔力が混在する事はないかもしれないけど、一応視てからの方が良いわね)
横に置いていた包みを開けば、赤色にもオレンジ色にも見える髪が1本。
長さは20㎝程だろうか、それをじっと視る。
以前は光魔法の恩恵か何かで、病気や怪我等、身体の異常について視る事が出来るだけだと思っていたのだが、いつの間にか鑑定魔法が生えていたらしい。
『生える』という言い方はどうかと思うが、感覚としてはそうなのだから仕方ない。
勿論元々持っていた能力が解放されたとか、鍛錬の賜物と言った可能性もありはするが、元々持っていたかどうか等エリューシアにはわからないし、鍛錬の賜物とかだと、鑑定解析の訓練を特別にした覚えもないので、やっぱり『生えた』というのが一番しっくりくる。
徐々に色々と視え始める。
(………ふむ…魔力量はそこまで多い訳じゃないのね。サネーラよりも少なそう。
あれ、でもこれ何かしら……初めての…かな、属性魔法でもないし、どちらかと言うと光とか闇に近い? ん~…自信ないわ…私には光しかわからないから、違いがあるのかどうかもわからないのよね……でも、ちょっと嫌な感じがする。生理的嫌悪感とでも言えば良いかしら…。
他には……転移とかの時空間系はなし。
……って…これって……どういう事? 全く違う魔力が存在してる?
こんな事ってあり得るの? これじゃあ…まるで1つの身体に、複数の人間が居るみたいな……。
混じり合ってる訳じゃなく、何となく境界みたいなものが感じられるけど、それも酷く曖昧で……一体何なの……)
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