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教室でお昼ご飯にするバナン達3名を残し、エリューシアとアイシア、オルガの3名も何時もの温室へ向かうべく花壇脇の方へ足を向けた。
話し込んでいたせいか、既にメルリナが待っている。
そのまま温室へ4人で向かい、鍵のかかった扉を開けた。
4年に上がっての初日の翌日以降、ギリアンとベルクの姿も消えたままだ。とは言え、クリストファとマークリスのように、急に訳も分からず居なくなったと言う訳ではなく、ギリアンとベルクからは『暫く温室には顔を出せそうにない』と聞かされている。
理由を聞きたいと思ったが、本人が言いださない事を訊ねるのも失礼になるしと躊躇していると、それを察したのかメルリナがズバッと訊ねてくれた。
かなり直球で訊ねてくれたのだが、彼らが言い渋ったので、はっきりしないまま今に至っている。
言えるようになったら話すからと言ってくれた事もあり、それ以上聞く事が出来なかったのだ。
食事の前に、広い温室に植えられた植物達の世話をしていく。
世話と言っても水をやったりするだけの簡単なものなので、4人で黙々とこなせばあっさりと終わってしまうのも、ここ最近のお馴染みの光景だ。
手を洗ってからテーブルにつく。
これまで男子3名とは、テーブルを挟んで対面側に並んで座っていたのだが、今はエリューシア達4名だけなので、エリューシアとアイシアがテーブルの短辺側の角に並んで座り、そのすぐ横の長辺側にオルガとメルリナが座ると言う配置になっている。
何となく喋りやすくて、こういう配置になったのだが、座るや否や、お弁当を広げる前にメルリナが小さな包みを、テーブルに置いた。
「これで良いですかね?」
メルリナが置いた包みを、エリューシアの方に少し押し出す。
「それは何です?」
オルガがメルリナの方へ顔を向けた。
「何って…前にエリューシアお嬢様に頼まれてたモノ」
そう、以前お使い魔具をフィータ・モバロにつけようと決めたのだが、つけるためにはターゲットであるフィータの魔力が必要だった。
警察犬にターゲットのにおいを覚えさせる――と思ってもらうのが一番近いかもしれない。
においの代わりに魔力となるのだが、お使い魔具にターゲットの魔力を登録すれば、自動追尾するように、あれから少し手を加えたのだ。
しかし、当の『ターゲットの魔力』を登録するには、当人の持ち物なり何なりが必要だ。その為、奇しくも同じ教室となったメルリナに頼んでいたのだ……フィータ・モバロの持ち物を、何でも良いから持ってきてほしいと…。
エリューシアの説明にオルガが頷く。
「理解しました。それで何を持ってきたのです?」
「それがさぁ、持ち物って言ってもあの子鞄とか持ってきてないんだよね…で、ノートなんかも取り巻き達が嬉々として献上しちゃうから、それだと彼女の魔力はないも同然でしょ?
で、困ってたんだけど、丁度あの子の抜けた髪が床に落ちるのを見たんだよね、で、それをこっそり拾って持ってきたって訳」
『髪』と聞いて、アイシアが何とも言えない微妙な表情をする。
まぁ一部の人以外は他人の髪の毛等、喜んだりしないのだから当然の反応とも言える。
それだけでなく、貴族は幼い頃から教育されると思うのだが、抜け落ちた髪1本であっても、その管理を怠るなと教えられるのだ。
髪には魔力が宿り、それは抜け落ちた髪にも残ると言われている。髪に限らず爪等も同様だ。
今でこそ、ここリッテルセン王国ではその存在も忘れ去られそうになっているが、過去、他国では髪や爪を用いた『呪い』が横行した事もあったのだそうだ。
そう言った話から実際にそういった事例がなくとも、髪や爪等諸々の管理はしっかり行うようにと、特に高位貴族は教えられるのだ。
フィータ・モバロは地方貴族…それも下位の男爵家なので、そう言った話は教えられる事がなかったのかもしれない。
その辺の事情は知り様もないが、何にせよこれでフィータ・モバロの魔力登録は問題なく行えるだろう。借り上げ邸に戻ってからゆっくりと観察、解析、登録をすれば、後はお使い魔具を放つだけだ。
(それにしても不用心ね…髪を他人に拾われるなんて…。
まぁその不用心さに、私は助けられた訳だけど……それも仕方ないか…『呪い』なんて精霊以上にこの国では遠い物語でしかないものね。
でも……サネーラやドリスが負った傷…それに纏わり付いていた黒い靄…生き物のように光の粒子に怯えた黒い靄……もしかしたらあれは呪い…だった?
いえ、これまで『呪い』と確定されたモノに、触れた事も見た事もないのだもの……私では判断出来ないわね…ただ、あれも観察や解析が出来ていれば、シモーヌ特定の一助になったかもしれない…。
………ま、何を言った所で過去の話だし、今ならまだしも幼かったあの時には無理な話よ、何より意識はなくなって、気づけば例の白い空間だったのだもの……はぁ、たらればの話なんて考えても仕方ないわ…今出来る事をしましょう)
エリューシアは気を取り直して、メルリナに礼を言う。
「メルリナ、ありがとう。とても助かるわ」
「お安い御用ですって。で、そのモバロ嬢なんですけど…」
メルリナが何か思い出したようだ。
「今日、ダンスの授業があったんですけど……」
「ダンスの授業がどうかしたの?」
エリューシアがメルリナに促すように訊ねたが、アイシアがぽつりと呟いた。
「そういえば…こっちのクラスではダンスの授業が始まらないわね」
「出来なくはないでしょうけど、現在6名になってしまっていますし、私も……その、クリストファ様以外では参加できません…その辺りも、もしかしたら影響しているのかもしれません」
クリストファの名前を出した途端、アイシアとオルガがムッと半眼になったが、精霊の加護のせいで見学するしかないと諦めていたダンスの授業を、エリューシアはクリストファのおかげで受ける事が出来ていたのだ。
あれはいつの事だったか……フラネアや馬鹿リス王子一派のやらかしのせいで、ダンスの初授業は流れてしまい、実際に初授業となったのは4月も終わろうかと言う頃、確かクリストファと出かける約束をした休日が明けてからだったように思う。
その遅れに遅れたダンスの初授業の時、クリストファが言い出したのだ。
もし触れ合える相手が居れば、エリューシアもダンスの授業を受けられるのではないかと。
確かにフラネアが学院に来なくなり、エリューシアも見学となれば、男子生徒と女子生徒の数のバランスが取れない。
余る生徒が1名なら教師が相手を務めれば良いだけの事だが、2名あぶれるとなると確かに困ってしまう。
暇そうな教師なりを捕まえられれば良いが、人事他で揺れ動いた学院は、当時かなりの人手不足になっており、天手古舞状態だったのだ。
そして案の定教師はその提案に乗った……乗ってしまった。
前もって、クリストファの後ろに分厚いマットを幾層にも立てて、安全を確保した上で敢行された『エリューシアに触ってみよう企画』。
正直…間違いなくクリストファは吹き飛ばされると思っていたのだが、蓋を開ければ彼はあっさりとエリューシアの手を握っていた。
まぁその後『じゃあ俺も試してみたいぞ!』と手を伸ばしたバナンが、止める暇もなく見事に吹き飛ばされ、マットにめり込んでいたのには唖然としたが……。
そんな事があってエリューシアもダンス授業に参加できていたのだが、クリストファ不在の今、エリューシアは再び見学となるだろう。
と、思考が逸れてしまったが、今はその件は置いておくとして、メルリナの話の続きが気になるし、重要だろう。
「…えっと、ですね、普通に歩いてる分にはそんなに気にならないんですが、彼女…ちょっと早足になると少しぎこちないと言うか…そんなんで学院側も承知していたのか、すんなり見学になったみたいなんですけど、急に怖い顔で怒り出したんですよ」
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