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「地方ですか……お嬢様が調査を望まれる対象者は、貴族名鑑に記載のない方なんですか?」
ジョイが調査対象の事を訊ねてくるので、エリューシアは包み隠さず答える。
「えぇ、少なくとも私の記憶にはなくて……ただ今夜にでももう一度確認してみるつもりよ」
「不要です。お嬢様の記憶にないなら、記載のない領貴族って事でしょうから」
揺るぎない信頼に、嬉しい様な恥ずかしい様な苦笑が浮かぶ。
ちなみに『領貴族』、別名『地方貴族』というのは、各地の領主貴族がそれぞれの裁量で貴族位を授けた、領政に関わる者を指す。
あくまで中央に関わる事なく自領内のみで仕事をする貴族である為、中央が把握していない場合も少なくない。
それ故『領貴族』『地方貴族』については、中央が手掛ける貴族名鑑に載せられていない。
どちらかと言えば『載せきれない』と言うのが本音だろうが。
他国ではわからないが、ここリッテルセン王国ではそうなっている。
中央に関与する事はなく、自領内にて下級文官や領民他に対して物申せるように肩書を与えただけの物で、厳密に言うなら貴族とも言い難く、平民他と変わらぬ暮らしぶりである事が殆どのようだ。
前世日本で例えるなら、『係長』や『部長』等といった役職名だと思うのが一番近いだろう。
多くは準男爵等の一代限りの爵位を授けたのが始まりなのだろうが、中には何代にも渡って仕える家系も現れ、そのままなし崩し的に貴族のように扱われ出したとかが始まりではないかと考えられる。
国が認めた貴族であろうと、各領主貴族が認めただけの貴族であろうと、同じ呼び方になっているのが混乱の元だとは思うが、各領の優秀な領貴族、地方貴族が、その功績によって国から貴族として認められると言ったケースや、領主貴族が中央に貴族として認めてくれと申請を出すと言ったケース等もあり、境界は酷く曖昧だ。
なので普段は区別する必要も殆どなく、単に領貴族の場合『自領以外では貴族的扱いをして貰えない可能性もある』と言う事だけ、頭に置いておけば大丈夫だろう。
「まずは所在から探さないといけませんね」
「えぇ、名前だけしかわかっていないから、厳しいかもしれないけれど…お願いしても良い?」
「お任せを。少しお時間を頂いてしまうかもしれませんが……ぁ、後、俺が調査に携わっている間は、何時ものようにお願いします」
「それは勿論よ」
「じゃあお願いします」
ジョイが別件の仕事をしている間は、何時も店の事を兄であるアッシュにお願いしているのだ。
その為、暫くはアッシュがエリューシアから離れる時間が多くなり、借り上げ邸とこの店の間を往復する事になる。
4年となった初日の昼以降、クリストファとマークリスの席は空席のままだ。
おかげでただでさえ広い教室内は、酷くがらんとしていて寒々しい。
「なぁ、エリューシア嬢は聞いてないの?」
午前の授業を終え、お昼休憩の為に片づけをしていると、バナンが声をかけてきた。
目的語がないので、何に対しての問いかわからず首を捻ると、バナンがあっと零して苦笑した。
「ごめん、クリストファとマークリスの事」
補足情報をもらって『あぁ』と納得する。
元より10名上限の上位棟教室は、普段から広すぎて寂しいくらいだが、最初から空席の2つに加え、今はクリストファとマークリスの2名分が追加となり、この広い教室にたった6名という現状が気にならない者はいないだろう。
しかし、だからと言って何故エリューシアに問いかけて来るのかわからない。
「私にはわかりません。
でも…何故私に?
御友人であるバナン様達が聞いてらっしゃらないのに、私が知ってる訳がないでしょう?」
心底不思議に思ってそう言えば、バナンは目を丸くした。
「だから無駄だと言っただろう?」
ソキリスが片付けた机の上に、鞄から包みを取り出しつつ苦笑交じりに肩を竦める。
「あ~、だな、うん」
エリューシアにとっては意味不明だが、2人には何か通じ合うものがあったのか、頷きあっている。
そんな彼らに、ふと気になった事を聞いてみた。
「今日も教室でお昼にされるんですか?」
「あ~、うん。もう食堂はこりごりだしね」
「中庭とか…何度か他の場所にも行って食べようとした事もあるんだけど、何処からともなく現れるし…流石に不気味だろ?」
エリューシアの問いに、バナンが片眉を跳ね上げながら降参ポーズのように両手を掲げれば、同じような表情でソキリスも溜息交じりに話してくれた。その後、ポクルが説明してくれる。
「食堂の騒動の後、自分達は奥庭のガゼポとか中庭とか……兎に角静かな場所を探してたんですけど、何処で食べてても例の彼女が現れるんです……」
―――何それ、怖ッ!
思わずエリューシアの顔が引き攣りそうになる。
視線を動かせば、アイシアは目を見開いているし、オルガは半眼になっていた。
「そう、めっちゃ怖いの。
女の子に恐怖を感じるなんてッ! って思うだろ? だけどあれは本気で怖いんだって!
音もなく、いつの間にか佇んでんの。こう、淑女スマイルってやつ? で」
バナンが身振り手振りも交えて言うと、ソキリスが苦虫を噛み潰したような顔で溜息をついた。
「しかも毎回毎回『偶然ですね、私もご一緒して良いですか?』なーんて…これが怖くないやつっている?」
心底怖かったのか、続けて叫んだバナンは震えていた。
「取り巻きの彼ら彼女らも同じような微笑みを浮かべて、モバロ嬢の後ろに整列してますしね…」
ポクルもぐったりと疲れたような声を絞り出す。
つまりフィータ・モバロ嬢は、ソキリスかバナンかポクルに一目惚れか何かしたのだろうか?
聞いた限りでは酷くわざとらしいようだし、何より複数回突撃されているようだ。これでは教室から出たくなくなるのも理解できる。
少しでもフィータ嬢への好感があるのならまだしも、どうやらそういう感情は皆無のようだし…となれば、入室が厳しく制限され、警備もある教室に籠るのは当然の結果だ。
「最初は本当に偶然だと思ったし、取り巻き令息も令嬢も微笑んでいるだけで、食堂で見た様な感じはなかったから……渋々だったけどソキリス様が『どうぞ』って許可したんだよ」
ポクルの後をバナンが引き取る。
「モバロ嬢は……ん~、下品だとかそういう感じでもない、かな…マナーは指摘したら、一応そこは気を付けてたみたいだけど……でも、何よりまず笑顔が怖い!」
「そうだね……彼女、目が笑ってないんだよ」
ソキリスが眉根を寄せて呟いた。
「そう、それだ!
何て言うか…こう、張り付けたみたいな? 笑顔に作ったお面を被ってるみたいな、そんな感じなんだよ。
で、当然ながら俺とポクルはアウト・オブ・眼中って奴でさ」
時折カタカナ英語を誰もが疑問に思う事もなく使っているのは、やはり日本のゲームだった影響なのだろうか…不思議だが、今はそれに気を取られている場合ではない。
ちなみにここリッテルセン王国は勿論、周辺諸国にも英語を使っている国はなく、使われるとしても日本人ならわかる和製英語やカタカナ英語と言う感じだ。
「だけど不思議なんですよね…彼女…モバロ嬢ってソキリス様しか見てないのに、クリストファ様の事ばかり聞いてくるんですよ。偶にマークリス様の事も話してましたけど……まぁ4年で一番の高位令息で、しかもあの御尊顔ですからね。下位貴族の御令嬢達には気になる存在でしょうし、目に留まったら嬉しいって感じなんでしょうけど。
だけど侯爵令息であるソキリス様も、麗しい御容姿を持った雲の上の存在なのに…」
「自分の容姿については黙秘する。クリストファ君は別格だから比べられても困るよ。
話題そのものより、注意してもなかなか改めてくれない名前呼びの方をどうにかして欲しいけどね」
「取り巻きの連中は、反対にその名前呼びが嬉しいらしいぞ?」
メルリナからも聞いていたが、フィータ・モバロ嬢……腹黒且つ残念令嬢なのか。
(それにしても名前呼びが嬉しい……前世でも親しい間柄でなければ名前とか愛称って呼ばなかったと思うし、人との距離感は前世よりも厳しい世界だと思うのだけど、それって高位貴族だけ? 下位貴族だとそうでもない?
いやいや、騙されてはいけないわ、エリューシア!
ゲーム中のシモーヌだって、シアお姉様は当然として他の御令嬢達にも、散々注意されてたし!!)
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