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いつもの花壇脇でエリューシア達と別れ、通常棟の自分の教室へ戻ったメルリナは、扉を開けるなり硬直する事になった。
教室の後ろの方に男子生徒数名が集った塊があり、それを避けるように教室の前側半分に、女子生徒と男子生徒の一部が眉を顰めながら、その塊を遠巻きに眺めているという、謎な状況だったのだ。
さっぱり状況が飲み込めず救いを求めるかのように見回せば、前半分の奥側の席辺りにミリアーヌとヤスミンの姿が見える。メルリナはそちらへ足早に近づく…が、近づいてみれば、ミリアーヌとヤスミンは泣いているクロッシーを慰めていた。
更にわからない状況に、思わず声を潜めて話しかける。
「(ちょ…な、何があったの? それにこの状況…)」
その声にヤスミンが顔を上げて振り返った。
「(メル…お帰り)」
「(ヤミィ、一体何なのこれ…で、なんでロシィが泣いてるのよ)」
小声でそう訊ねると、ヤスミンが視線を流した先に、男子生徒が数名集っている背中が見える。
「(ん? あれでロシィが泣いてるって言うの?)」
「(よく見てよ…ほら、あそこ…ケスリーが居るのよ)」
「(はぁ? ケスリーって……ケスリー・バッカダーナ?)」
「(それ以外に居ないでしょうが)」
「(でもあそこって)」
「(そう…新顔のモバロ嬢を取り囲んでるのよ)」
心底見下したような視線を向けるヤスミンに釣られて、メルリナも再度そちらを見れば、確かにケスリー・バッカダーナの横顔が確認できた。
『なるほど』と声には出さないが、納得してメルリナは眉根を寄せた。
ケスリーと言うのはバッカダーナ子爵家の嫡男で、メルリナにとっては友人であるクロッシーの婚約者で、ごく当たり前の下位貴族の御令息というくらいの認識しかない。
クロッシーの婚約者なのだから話した事もあるし、何より婚約者として、とてもクロッシーを大事にしていたはずだ。
新顔の生徒と仲良くなろうとして居るのかもしれないが、泣いている婚約者そっちのけでというのは頂けない。
「(ロシィが泣いてるのに来ないって言うの? 何やってんだか…)」
「(それならまだしも、あいつがクロを泣かせたのよ)」
「(………え?)」
予想外の言葉にメルリナが硬直していると、泣いていたクロッシーがハンカチで涙を拭きながら顔を上げた。
「(ごめ、んなさい……こんな、みっ…ともない、顔…ぅぅ)」
「(ロシィ……保健室行こ? こんなんじゃ授業も聞いてられないでしょ)」
通常棟4年の教室は幾つかあるが、メルリナのクラスだけ、なんとも落ち着かない剣呑な空気と騒々しさに満たされている。これではクロッシーも落ち着けないだろうとメルリナが提案すれば、慰める方に回っていたミリアーヌがパッと顔を上げて同調した。
「(そうね、すっかり保健室なんて忘れてたわ。流石メルリナね。クロッシー、行こ?)」
「(私、先に先生に言いに行ってくる)」
「(お願い。先に保健室向かいかけるわ)」
「(うん。あ、この3人はクロに付き添うで良いわよね?)」
「(それでお願い)」
まだ涙に瞳を潤ませているクロッシーに寄り添って、メルリナとミリアーヌが脇から支えつつ保健室へ向かう。
ヤスミンが先についていたようで、保健室の中から顔を覗かせて手招きしていた。
彼女は授業の先生に事情を説明した後、直ぐ保健室にも走って説明を終えてくれていたようだ。
「先生に事情話したら、席を外してくれたわ」
そう言いながらヤスミンがベッドにクロッシーを促し、向かい合うように2つのベッドにそれぞれが腰を下ろした。
涙の止まらないクロッシーの肩を支えて、隣に座ったミリアーヌが話し出す。
「メルリナがお昼に行った後、いつものようにクロッシーがケスリーにお弁当渡しに行ったのよ」
以前、幼い頃からの婚約者でお互いが初恋だったと話してくれた事があった。
そんな2人は学院に入学してからも仲が良く、お弁当もクロッシーが彼の分も用意していた。
ケスリーが強請ったとかではなく、クロッシーが自分の手料理を食べて欲しいのと、花嫁修業の一環にと自分から進んで作っていたという話だ。
メルリナは婚約者も居ない上にお昼は殆ど別だったし、ヤスミンにも婚約者が居ない。ミリアーヌの婚約者は学年が違う為やはり一緒に食べる事はなく、気を遣ったクロッシーは何時もお弁当を渡すだけにしていた。
気を遣わず彼と一緒に食べてきたら? と、ミリアーヌ達も何度か聞いた事があったらしいのだが、ケスリーの方も友人と食べているからと、いつものメンバーで変わることなく昼食を摂っていたのだと言う。
そんな事情で、今日もこれまでと変わらずお弁当を渡しに近づいたクロッシーを、ケスリーが突き飛ばしたのだそうだ。
「はぁぁぁ!!?? 何なのソレ…」
心の底から胸糞悪いと言わんばかりの表情のミリアーヌとヤスミンに、嘘ではないらしいとメルリナはわかってしまった。
「ロシィ…怪我はないの?」
「……うん、それは大丈夫…」
ミリアーヌに支えられるまま、俯いて肩を寄せているクロッシーが小さく呟いた。
「ケスリー様……」
思い出したのか、再び涙声になったクロッシーにそれ以上訊ねる事も出来ず、隣に座ったヤスミンの方を見れば、彼女は肩を大きく竦めて溜息を吐いてから、声を潜めて教えてくれた。
「(何だっけ……あぁもう、思い出すのも腹の立つ言葉だわ…えっと……ごめん、端折っていい? そのまま言うのは私が嫌だわ)」
「(うん、勿論)」
「(あいつったら…クロが差し出したお弁当を払いのけて、挙句クロの事を貶したのよ。
これまでずっと嬉しそうに受け取ってたじゃない? 今朝だってクロにお弁当楽しみにしてるって言ってたの聞いたでしょ?)」
「(うん、もう入学して以来の恒例行事だったから、あーハイハイって聞き流してたけどね…だって聞いてる方が恥ずかしいじゃん?)」
「(わかるわ…って、メルリナにも恥ずかしいって感情が…)」
「(ヤミィ?)」
「(…スミマセン、ゴメンナサイ、ユルシテクダサイ、オジヒヲ……)」
「で?)」
「(あ~、そう、それで思いもよらない言葉だったからか、クロが固まっちゃったの…その…ケスリーはさっきも見たようにモバロ嬢の席を囲んでたから…彼女の目の前でソレで……)」
言い淀むヤスミンに、酷い状況だったのだろうと想像できる。
婚約者が侍る女性の前で貶められて、辛くないはずがない。しかも丹精込めて作ったお弁当を払いのけられた上でとなれば、その心情は察して余りある。
「(あの方、硬直したクロを侮辱しただけじゃなく、そんな邪険にしたら可哀そうよとか何とか言って……あぁぁぁ、もう、腸が煮えくり返るってこの事よね!)」
お昼にエリューシアに伝えた言葉は、早々に訂正せねばならないようだ。
《どんな……ん~まだ午前中の授業を受けただけですから、さっぱりわかりませんね。あ~男子生徒はざわついてましたけど、彼女本人は騒いだりはしてなかったですよ。今の所はそのくらいですけど、そんなに気になります?》
何がざわついてるのは男子の方で、本人は騒いでない、だ……他人を侮辱するだけじゃ飽き足らず、思い切り煽るような腹黒じゃないか…と、メルリナは眉根をグッと寄せる。
「(で、あいつったらモバロ嬢の方を褒め称えたりし始めて、もうね…その後あいつら教室から出て行ったんだけど、それからクロは…)」
静かな保健室では声を潜めていても、言葉の切れ端は届いてしまう。
ゆっくりと顔を上げたクロッシーが、涙を拭いながら必死に笑みを作ろうとする。
「ふふ、仕方ないですよ、ね…モバロ令嬢の、方が…可愛らしい御姿で……あたしなんか…ッぅ…」
「バカ、クロッシーは十分すぎるくらい可愛いわよ」
「……っ…ふ……ぅぅ、うう…あたし、あたし……は…」
隣に座っていたミリアーヌに抱き寄せられて、クロッシーが声をあげて泣き崩れた。
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