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「お前、奥から出て来たよな? 貴族様の御邸なんだから勝手に入っちゃだめだって言われてただろ?」
「そ、そう、なんだけど……花が…」
ロスマンと呼ばれた少年が近づき、ニックの腕を引っ張っていく。
少し年上なのか、ニックより背が高い様だ。ダークブラウンの短髪に右横髪が一房だけ朱色なのが印象に残る、水色の瞳を持った彼はロスマン・コナード。魔石を主に取り扱うコナード商会を営む、コナード男爵家の4男だ。
「お前、また花とか……男の癖に」
「い、いいじゃんか! 綺麗なもんは綺麗なんだもん!」
「はぁ……だけど後で叱られる事は覚悟しとけよ?」
「う……ぁ、だけど、そうだ! 奥でもっともっと、すっごーく綺麗な銀色を見たんだ!!」
公爵家の裏門に止めた荷馬車の先、裏門に面した通りを少し進んだ所まで引っ張ってから足を止め、ロスマンは自身もまだ子供の癖に大人ぶった渋面をつくる。
裏門を警護する公爵家の門番の方を、ちらと見てからニックに腕組みをして向き直った。
「だ~か~ら~、奥には行っちゃいけないし、見たり聞いたりしたもんは口にしちゃいけないの、わかる? あんまり余計な事してっと、お前なんかただの平民なんだから何されっかわかんないぞ?」
「で、でも! だ、だって……すっごく綺麗だったんだ…あれ、やっぱりお人形だったのかな…銀色がキラキラしてて、だけどすぐ見えなくな「ほう、坊主、その話詳しく聞かせてくれねーか?」」
「「ヒッッ!!!」」
裏門の警護をしている門番たちは、忙しく働く商会の従業員達と荷車に注意を払わないといけないので、子供らの方にまで気が回っておらず、当然ながらそこに近づく人影にも気が付いていなかった。
子供たちに近づくのは、野暮ったく、だらしなさを感じさせる風貌をした男。
着ている物は所々薄く擦り切れたり汚れたりしていて、平民の物とあまり大差ないように見える。
しかし縫い付けられているボタンなんかは、平民では使えないような代物だ。
鼻先を赤くし、微かに酒臭さの漂う空気を纏わせて、やや俯き加減で近づいてきた男の方も、自身が不審に見えることを自覚しているのか、門番の方を一瞥してからニックとロスマンの2人に屈みこんで顔を近づけてきた。
とはいえ伸びすぎた髪と髭、そして帽子のせいで顔立ちはわかり難い。
「なぁ~、そっちの坊主、いいモンみたんだろぉ? おじさんにも教えてくれよぉ」
男が口を開いた途端、空気が一気に酒臭くなり、子供たち二人とも慌てて鼻を腕で覆った。だがロスマンが、ほんの少しとは言え年上の気概を見せ、小さなニックを背に庇う。
「あ、あんた、誰だよ!?」
「お前じゃねぇ…、そっちのちっこいの、俺にも教えてくれや」
「ヒィッッ!!」
怯えたニックがロスマンの背にしがみつく。
流石にその気配に気づいたか、門番達が顔を見合わせ何やら指示を飛ばしたのか、その横をすり抜けて、ロスマンよりも年上の、ニックと同じくオレンジ色の髪をした少年が駆け寄ってきた。
「どうした!?」
「チッ…」
怪しい男が自身の弟であるニックに手を伸ばしていると気付きた少年が、男の前に立ちふさがろうとしたが、その前に男はするりと離れ、通りを少し進んだ横道に入って消えて行った。
「にいちゃん!!」
「キリオ兄ちゃん」
キリオと呼ばれた少年は、屈めば立っている少年達より目線が下がってしまい、見上げる形となるが、その顔は心配そうな表情に苦いものが混じった、複雑な色を湛えていた。
「ロスマン、弟を守ってくれてありがとう」
「え、あ、うん……なんか気づいたら、だったから」
キリオは立ち上がってから、照れたのか目線を逸らすロスマンの頭をポンポンと撫でてやってから、怯えて泣きそうなニックの手を引いて歩き出した。
「二人とも、こっちに。何があったか、ちゃんと話してもらうよ」
「……おいら…ヒック、ゥ、ヒック」
「ほーら、言わんこっちゃない」
ニックの兄であるキリオは次男で、長男とは双子だ。ニックとの間に3男のビートがいるので、年齢は少々離れている。
そんな真面目で、あまり自分を甘やかしてくれない次兄キリオは、ニックにとって慕わしいが同時に苦手な存在でもあった。そのせいか涙がとまらない。
横で後頭部に腕を組んで歩くロスマンの、呆れたような声にも言い返すことが出来ないでいた。
その後、彼らの父親であるロネーニ商会長のダランも交えて、状況確認が行われ、その報告は当然ながらラステリノーア公爵にも共有された。
しでかした本人は泣くばかりであったが、遠目とは言え見てしまった事について、どうしたものかと公爵家の方は頭を抱える。
正直謝罪されたとて、その出来事も記憶も、無かったことにはできない。
しかも本人は『銀色のキラキラ』としか言っていないと言っているが、子供の記憶だ、どこまで正確かわかったものではないのだ。
『銀色』は百歩譲っても良い、しかし『キラキラ』はまずいのだ。輝きを放つそれは、誰しもに精霊の愛し子を連想させる。
そして精霊の愛し子を欲するものは多い。何しろ精霊の恩寵を受けられるのだ。愛し子を通じて、ではあるが。
結果、子供ら2名、そして話を聞いてしまった父親と兄であるキリオも含めて、神殿で忘却の施術を受けることになった。
横暴だと思われるかもしれない。
しかしエリューシアがどれほど膨大な魔力を現時点で既に有していると言っても、それをまだ使いこなすに至っていない。自分で自分の身を守れないのだ。
勿論公爵家として総力で守るつもりではあるが、万全を期すためにも、僅かな気がかりも放置する事は出来ない。
閉じ込められて育つ娘を哀れに思いカーテンくらいと油断した結果だったが、これ以上の拡散を防ぐためにも必要な措置だった。
当然、子供らに近づいてきた怪しい人物についても捜査されたが、コレと言った特徴もない『平民にしか見えない、だけど、それらしからぬ酒臭くて小汚い男』というだけでは、追い切る事は出来なかった。
この件は最初、ラステリノーア公爵アーネストと、その妻セシリア、後一部の使用人だけに留められたが、後日、やはり本人も知っておいた方が良いだろうと、エリューシア、そしてアイシアにも共有された。
アイシアは何処までも隠され、息苦しい生活を余儀なくされる妹に、涙を一筋流したが、気遣われるエリューシアの方はと言うと、冷酷かつ忌々しそうな表情を一瞬だけ浮かべたと言う。
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