Outlaw Fading to Mist ~機械仕掛けの温もり~
これはハイド本編より過去に視点をおいた物語の記録である…
己を包む霧を振り払い…
反政府組織ボーンクラッシャーズのリーダーとして、政府やヘーロスたちと対立していたモーリス。
そんな温もりとは程遠い日々を送る彼に待ち受けるのは…
無法に生き、全てを壊し続けた者の人生が明らかとなる。
機関銃は牙をむく。
錆に動きを妨げられ、己を覆い隠そうとする霧が迫ってきても…
それでも機関銃は銃口を世界へと向ける。
家族たちの平穏を求めて。
4年前
イーストエリアのとある閉鎖された工場。
月明かりに照らされたその工場は人気のない街の隅で怪しげに佇んでいる。
すると突如、工場内部に大きな衝撃音と共に二つの影が現れる。
二つの影は何度も激しくぶつかり合い、工場内部を破壊していく。
工場で巻き上がる土煙から二つの影の正体が露わとなる。
「邪魔をするな、ストレンジャー。」
右腕のサイバーインプラントを変形させたキャノン砲を冷却しながら口にするのはモーリスだ。
「邪魔ですか…先に攻撃しておいてそれを言いますか、ボーンクラッシャーズ。」
そんなモーリスが見つめる先には周囲に放った鋼線を自身のもとへ引き寄せるアドルフだった。
「お前らのような平和ボケした集団を消すにはいい機会だと思っただけだ。」
「こちらも目的は違いますが…そちらがその気なら…」
二人は再び構える。
すると二人の通信が受信される。
「モーリス!目当てのものは見つけた!ずらかるぞ!」
「もしもし!アドルフ~!帰ってきたら今夜の食事は…」
「ッ…ソフィア、今はそれどころでは…」
するとアドルフの目の前に弾丸が放たれる。
アドルフはその弾丸を切り裂くが、弾丸の内部から大量の煙幕が放出する。
煙幕が晴れた頃にはモーリスの姿は消えていた。
モーリスを逃がしたことで憤りと少し呆れた表情を浮かべるアドルフ。
「…これで満足ですか?」
「あー…えっと~ごめん……それとあと…」
「なんですか?」
「誕生日おめでと…」
「ッ…帰ったら詳しく話を聞かせてもらいますよ。
私を邪魔した理由について。」
「モーリス!」
「ケリー、目当てのモンは手に入れたんだろうな?」
「この通りさ!」
「よし、帰るぞ、俺たちの家に。」
車に乗り込んで夜間に響く機械の駆動音に耳を澄ませながら俺は街を見つめる。
世界が各国での戦争や企業間での争いを繰り広げる中で突如、現れた機械生命体。
機械生命体を倒すために人類はひとつになり、世界は「連合国」って言うバカげた国へと変わっちまった。
連合国はヤツらの技術を盗んで今じゃ人体にも機械手術を施すのが当たり前の時代になった。
かつて、人類を脅かす敵を倒した連合国のお偉いさんはこう言ったそうだ。
”世界はこれまでにない以上に協力関係にあり、世界はより平和への礎を築いていくだろう”と。
だが、どうだ?
連合国が設立され、機械生命体がこの世界から消えて150年の時が経った。
それでもこの世界には平和なんてモンは俺の目には映ってなんかいねぇ。
あるのは錆びた金属の山で偉そうにワインを嗜む政府の貴族。
そんな奴らの踏み台にされても文句ひとつたれずに同族同士の殺し合いを日々絶え間なく繰り返す貴族。
そう、この世界はゴミであふれちまっている。
世界は機械生命体という人類共通の敵を前にして平和なんていう甘い蜜に誘われてゴミになった。
ゴミは誰かが片さなきゃならねぇ。
自然に消えやしない。
だからこんな俺らゴミでも立ち上がらないとならねぇ。
ゴミにまみれ、ゴミを漁り、家も家族すらない俺達でも。
ゴミの山でふんぞり返っているアイツらを降ろして今ある状況を壊す。
それが俺ら、ボーンクラッシャーズだ。
「ついたぞ、モーリス。」
「早速”例”のモンを施す。準備しろ。」
俺は家族を守る責任がある。
そのためには鍛え上げた肉体だけじゃ足りねぇ。
もっと大きな力が、家族を守るために俺はサイバーインプラントをその身に施していく。
すでにサイバーインプラントを全身の半分以上に施しちまってる。
となると俺はいずれ…
「おい、モーリス。」
イーストエリアから盗んだサイバーインプラントを手に持ちながら俺に声をかけてきたのはケリーだ。
俺と同じ街、同じ境遇で生まれ育ち、数年前に俺らボーンクラッシャーズに入ってきたバカだ。
今じゃこの組織でも俺の不在時は指揮を任せられるくらいには動ける奴にはなった。
そんなケリーがこの日、俺に初めてこんなことを言いだした。
「本当にいいのか?アンタはすでに身体の…」
「二度言うのは好きじゃねぇ、さっさと始めろ。」
「…あぁ。」
アジトの狭い施術室で俺は新たなサイバーインプラントを施す。
そう、この日からだ。
…壊セ…全テヲ…
俺の中にある怪物が動き始めたのは。
…壊セ……目ニ映ル全テヲ…
「ッ…!!」
「お、おい…俺だって…」
目を覚ますと目に前にはケリーが立っていた。
俺はケリーに向けた武器をしまいながら、部屋を出る。
「クソッ…」
また、あの声だ。
政府のヤツらが持つサイバーインプラントを施術して1週間。
それから俺の脳内に語り掛ける声。
いつまで経ってもその声が消える気配はねぇ…
「モーリス。」
「なんだ。」
「今日は部下もかなりの数いる。
相手も政府の連中じゃねぇ、今日くらいは…」
「必要ねぇ。」
「だ、だけどよ…!アンタ、あれから日に日に顔色が…」
「何度も言わせんな。」
「…さすがに頭の鈍い俺でもわかるぞ…アンタはゆっくりとだがオーバ…」
ケリーの発言を聞いて俺はアイツの胸倉をつかみ壁に押し付ける。
その勢いで壁に亀裂が走る。
「ッ!!…俺はアンタを心配してやってんだぞ…!!」
「余計なお世話だ。」
俺はケリーを離し、その場を去る。
「モーリス!!アンタは俺たちのボスだが、その前に家族なんだ!」
ケリーが部屋から出る俺にそう声を荒げるも俺は黙ってアジトを出て部下と共に車を走らせる。
俺だってバカじゃねぇ。
自分の状態は一番自分が理解している。
徐々に俺を蝕む怪物の正体を。
…壊セ……壊セ……
O.S
全身の約70%にサイバーインプラントを施すと発症すると言われている現代機器依存による障害だ。
その症状は自我を消失し、周囲の全てを見境なく破壊し始める。
政府はO.S発症者が確認され次第、街を完全封鎖し速やかに対O.S特殊部隊が派遣する。
O.S発症者は全身に多くの武装を施していることから想定する被害の大きさが人間一人の力を大きく超える。
いわば歩く兵器だ。
かつてはその危険性を自らの意思で制御下におこうと試みたバカな犯罪組織もいたみたいだが、今となってはそんな夢見事も政府の手によって肉の塊と化した。
この症状はこれまでに治った症例はない。
発症したらが最後、
政府に肉片にされるまで暴れ続けるただの壊れた機関銃と化すだけだ。
だが、
「俺まで…なってたまるか…」
俺には家族がいる。
俺が今発症なんかしちまえば、アイツらを巻き込んじまう。
それだけは絶対にあっちゃならねぇ。
だがこの力はアイツらを守るため今は必要なんだ。
だからもう少しでいい。
もう少しだけ耐えてくれ。
アイツらに平穏を与えるその時まで。
目的地の廃墟から必要な物資を部下と共に探し始める。
「ボス、物資の確保完了しました!」
「よし、ずらかるぞ。」
…壊セ……壊セ……壊セ……
「ッ…」
「ボス?」
「…なんでもねぇ…さっさと…」
その時、俺の体内に装備された警告システムが作動する。
「避けろ!!」
部下を突き飛ばし、床に伏せると廃墟の壁が破壊する。
破壊された壁から現れたのは…
「H.U.N.T.E.R…!!」
政府直属の犯罪取締り組織、H.U.N.T.E.R
これまで俺たちボーンクラッシャーズと何度もぶつかり合ってきた政府の犬どもだ。
「うまく避けたな、モーリス・デュフルク。」
「…!!ヴィヴィアン…!!」
ヴィヴィアン・C・シュレディンガー
H.U.N.T.E.Rの隊長にして名門シュレディンガー家の御曹司だ。
つまり…
俺たちが壊さなきゃならねぇ貴族のひとりだ。
「クソッ!…どうしてH.U.N.T.E.Rの奴らが…!!」
「お前たちの行動など予測するのはさほど難しくはない。」
…壊セ……壊セ……壊セ……
「…随分と顔色が悪そうだな、モーリス。」
ヴィヴィアンが他の隊員に合図を送りながら俺を見る。
「どうやら…先週盗んだ”例”の影響だな、お前はじきにO.S化する。」
「黙れ…」
「その容態でどこまで足掻ける?」
ヴィヴィアンが俺に銃を向ける。
俺は神経系加速器を作動し銃弾を回避しながら仲間を抱え車に乗り込む。
「逃げたぞ!追え!」
「こちらαチーム、目標は北東へ逃亡した、準備しろ。」
H.U.N.T.E.Rから逃走した俺はケリーたちのいるアジトへと連絡をした。
「ケリー!H.U.N.T.E.Rに追われている!部下を数名こっちによこせ!」
「わかったモーリス!今…そ……に向か…せ…」
「クソッ…!」
H.U.N.T.E.Rに通信を妨害されたことでケリーとの連絡が途絶える。
背後にはH.U.N.T.E.Rたちが急接近してきている。
「ボス!このままじゃ…!」
「…お前らはこのままアジトへ迎え。」
「!!まさか…!!」
「俺が戻ってこなかったらケリーの指示に従え。」
「ボス!!」
俺は車から飛び降りる。
追ってくるH.U.N.T.E.Rの車は4台。
おそらく他に地区にも別動隊を待機させている。
「なら…ここにいるお前らだけでも…破壊する…!!」
俺は腕を変形させキャノン砲を正面に放つ。
「なっ!?」
「避けろ!!」
H.U.N.T.E.Rの車が爆破する。
避けた2台の車からH.U.N.T.E.Rの隊員が俺に向かって発砲する。
今の俺は皮膚にも強化コーティングを施している。
通常の銃による発砲程度じゃほとんど傷つくことはない。
「2発目来るぞ!!」
「この先は…行かせねぇ…!」
イーストエリアのとある繁華街。
そこで人ごみの中で周囲の人々の動向を目で追うのはエヴァとダニーだ。
「うーん…こんなに探しても見つからないってことはここじゃないのかな~」
「なんで俺もこんなことに…」
ダニーはエヴァに変装と称して勝手に身に付けられたサングラスに愚痴をこぼす。
「だって、こうゆう任務はアンドリューよりダニーの方が適任でしょ?」
「だとしてもだ。」
周囲の民衆がエヴァ達の方に視線を向ける。
「それに…これじゃ余計に目立つだろ…」
ダニーは自身のサングラスとエヴァの緑色の髪を見る。
すると二人の耳からとある通信が入る。
「エヴァちゃん、ダニーくん、一度戻ってきてくれる?」
二人から少し離れたマンションの屋上から民衆を見下ろすのはオルガだ。
「オルガさん、戻りました!」
「すみません、こっちは何にも…」
「大丈夫だよ、目標の位置は特定できたから。」
「すごい!」
「上から見た方がすぐに発見できたかもね。」
「…変装なんかするんじゃなかった。」
ダニーはサングラスを外し、すぐに目標の位置へと向かう。
「今、オルガさんから連絡が入った。目標はこの位置だ。」
ヘーロスが車に搭載されたホログラムで街のマップを開く。
「ここから3kmですか、少し時間がかかりますね。」
「んじゃ先にアンドリューと合流してもらおっか!」
「そうだな。」
車にはヘーロス、アドルフ、そして車を操縦するソフィアが乗っていた。
三人は別行動していたアンドリューを先にオルガたちが特定した座標に向かうよう指示する。
その頃、俺はH.U.N.T.E.Rの連中と対峙していた。
すでにあちら側の生存者は数名程度。
「この程度か?政府の犬ども…」
「こいつは後回しだ!他の連中に…」
「させるかよ。」
連絡を試みる隊員の顔を鷲掴みにして俺はそのまま床に叩きつける。
「クソ…!!」
他の隊員が俺に銃口を向ける。
その時だった。
…壊セ……目ノ前ノモノ…全テヲ……
「ウッ…!!」
「撃て!」
銃弾が俺の身体にぶつかる。
至近距離での銃撃、さすがの俺の肉体にも傷がつき始める。
本来であれば銃弾が放たれるより前に行動に移せていたはずだ。
だが、消えることのない俺の脳内に囁いてくるこの声が俺の行動を遅らせる。
「今だ!!」
「!!」
銃弾が猛威が止まると目の前には一台の車が俺に向かって突進してきた。
そのまま俺は車に引きずられていく。
「クッ…ソ…!!」
その頃、エヴァたち三人はとある廃ビルに潜入していた。
「二人とも慎重にね。」
「私から行きます。」
「!!待て!エヴァ!」
ダニーがエヴァを扉から遠ざける。
すると突如壁が破壊され、車がエヴァたち三人のもとに現れる。
「ごめん!ダニー!」
「あれは…!」
「ボーンクラッシャーズ!?」
「うぐっ…」
車に巻き込まれた俺はそのまま廃ビルへと突撃された。
目の前には意識を失ったH.U.N.T.E.Rの隊員とストレンジャーの奴らがいた。
「ストレンジャー…」
だが、そんなことを気にする間もなく、
…壊セ……壊セ……壊セ……
「ッ!クソッ…!」
俺の中の怪物が動き始める。
「…オルガさん。」
「うん、状況はわからないけどここは…」
「モーリス!!」
俺に声をかける人物、それは…
「ケ…リー…」
「ストレンジャー…!!お前らが俺たちのボスを…!!」
「いや、誤解よ。そもそも私たちがここにいるのは…」
「お前ら!!構えろ!!」
「ちょっと…!待って…」
「よせ、エヴァ。(…今は刺激しない方がいい…)」
ストレンジャーに銃を向けるよう指示したケリーが俺の方へ向かってくる。
「モーリス、大丈夫か!?」
「ッ…」
徐々に意識が霞んでいく。
それと同時に強まるのは…
…壊セ…
「俺がわかるか!?ケリーだ!」
「……ろ…」
…壊セ……壊セ…
「助けに来た!ここから離れて…」
…壊セ……壊セ……壊セ…
「ぉ……か……れろ…」
…壊セ……壊セ……壊セ……壊セ……壊セ……壊セ……壊セ…
「俺たち家族の待つ場所に…」
…壊セ……壊セ……壊セ……壊セ……壊セ……壊セ……壊セ……壊セ……壊セ……壊セ……壊セ…
「…俺か…らッ…!離れ…ろッ…!!」
「!!」
これがあの場での最後の記憶だった。
あるのは俺の意識が霧に覆われ、囁く声はいつの間にか俺すらも飲み込んでいった。
「モー…リス…?」
ケリーがモーリスに触れようとする。
その瞬間、モーリスが動き始める。
「危ない!」
背後からエヴァがケリーを引っ張る。
すると同時にモーリスはケリーのいた場所に攻撃を繰り出した。
拳は床に激突し、凄まじい勢いと共に地面が割れる。
「なっ…!?」
明らかに仲間、いや家族に向けて振るう威力のものではなかった。
エヴァ達に銃口を向けていたボーンクラッシャーズのメンバーもその光景を目にする。
ダニーは冷や汗を滲ませながら銃を取り出す。
「オルガさん…!」
「間違いないね…これが…」
O.S…!!
街中に警報音が鳴り響く。
ーO.S発症者発見、O.S発症者発見、対O.S特殊部隊を派遣、民間の皆様は速やかに屋内へ退避してくださいー
ーO.S発症者発見、O.S発症者発見、対O.S特殊部隊を派遣、民間の皆様は速やかに屋内へ退避してくださいー
すると周囲の建造物からシャッターが降ろされ、民衆はざわめきながら屋内へと走り出す。
「嘘だろ…ボスが…」
「モーリス…」
ケリーがモーリスに起きた状況を理解する。
「ッ!」
「よ、よせ…!」
ケリーの部下がモーリスに銃を向ける。
それを制止するケリー。
「ケリー、もうこの人は俺らのボスじゃなくなっちまった…!」
「ここでやらねぇと…なっ!?」
ケリーの部下が発言を終える前に接近するモーリス。
モーリスは部下の腹部を拳で貫く。
「うがぁっ…!!」
「ッ!クソ…!!」
銃弾をものともせずに次々とボーンクラッシャーズのメンバーを殺害していくモーリス。
周囲が銃撃音と爆発音に包まれる。
「ヘーロスくん!緊急事態!O.Sが発症した!今どのへん!?」
「O.Sだと…!?」
「え…!」
オルガからの連絡を受信したヘーロスたちが驚愕する。
「オルガさん!今向かってる!先にアンドリューと合流してくれ!」
「ソフィア!飛ばしてください!」
アドルフの指示でソフィアが走行速度を加速する。
他の対向車を無視して目的地まで急行する。
だが、そのときだった。
「ウソでしょ…!」
O.S発症警報が発令されたことで街中の市民が屋内へ避難するために車から降りたことで道路には大量の車が放置されていた。
さらにその先ではまだ車を放棄していない民間による大渋滞が起きていた。
これでは搔い潜って目的地まで車を走らせることができない。
「走った方が早いですね…!」
「あぁ、そうだな…!」
「え!?待ってよ!私は!?ちょっとー!!」
アドルフとヘーロスは車から飛び降りると周囲の車を飛び越えて走り出す。
モーリスのO.S化により周囲の被害が大きくなっていく。
すでにモーリスを助けに来たはずのボーンクラッシャーズのメンバーはケリー以外無残にもモーリスの手によって殺害されていた。
ケリーもモーリスの装備した攻撃によって負傷していた。
そんな状況でも…
「今よ!エヴァちゃん!」
「早くッ止まって…!!」
ストレンジャーは懸命にも命を振るっていた。
オルガの足払いによってバランスを崩した隙にエヴァがモーリスの首を絞める。
いくらO.Sが発症しようと相手は人間、息の根を止めるあるいは意識さえ飛ばしてしまえば無力化が可能だ。
だが…
「う、うわー!」
「エヴァちゃん…!」
O.Sが発症した時点でその者の全身にはサイバーインプラントが70%以上も施されている。
さらにボーンクラッシャーズのリーダーとして日々破壊の限りを尽くしてきたモーリスとなれば、施したサイバーインプラントのほとんどは戦闘用のものだ。
近代兵器にも劣らないその脅威を前に意識を失わせるといった生易しい選択は皆無に等しかった。
オルガを蹴飛ばし、エヴァに追撃を行おうと試みるモーリスの瞳に銃弾が迫る。
モーリスはギリギリでその銃弾を防ぐ。
防いだことで体勢がずれたモーリスにダニーが攻撃を仕掛けエヴァを引き離す。
「チッ…殺す気でやっとこれか…!」
「ごめん、助かったよダニー!」
「礼を言うのはまだ早いぞ、はたしてこの場から生きて帰れるかどうか…」
「目標発見、対O.S装備解除。」
すると遠方から放たれる小型ミサイル。
モーリスにめがけて放たれたその攻撃は着弾と同時に周囲の建築物まで破壊し、エヴァ達はその爆風に吹き飛ばされる。
意識が薄れゆく中でケリーが目にしたものは対O.S特殊部隊の者たちだった。
「目標、ボーンクラッシャーズリーダー、モーリス・デュフルク。生命活動を継続中。」
「さすがはボーンクラッシャーズを束ねる男だ、この程度じゃ死にはしないか。」
そう言って部隊のマスクを取り外したのは対O.S特殊部隊の隊長ウィリアム・G・ウィザースプーンだ。
「O.S化しちまった奴は壊れた人形と同じだ。殺処分しないとな。」
ウィリアムの合図で隊員がモーリスに攻撃を仕掛ける。
それを見たケリーが負傷した身体を無理に起こそうとする。
「おいおい、無理すんな。」
「ぐっ!」
ウィリアムがケリーの傷口を蹴る。
武器を頭に押し付けながらウィリアムはケリーの耳元でこう口にする。
「安心しろ、すぐにお前のボスも同じところに連れて行ってやる。」
するとウィリアムの背後に立つ人影。
「!!」
その人影による攻撃を防ぐウィリアム。
ウィリアムはケリーを離し、距離を取る。
ウィリアムに攻撃を行ったのはモーリスだった。
隊員による攻撃を退けて、ウィリアムの方へ向かってきたのだ。
「隊長!」
「俺の獲物だ、手出すな。」
モーリスは武器をウィリアムに向ける。
「なんだ?他人に仲間を殺されるのは嫌か?」
ウィリアムが武器を構える。
「お前は殺しているのにか!?」
ウィリアムが激しくモーリスを罵る。
モーリスの猛攻をウィリアムは対O.S装備によって対抗する。
「O.S化した奴らは攻撃手段が単調だ。」
モーリスの次の攻撃を予測しながらウィリアムは攻撃を仕掛ける。
ウィリアムの強烈な一撃がモーリスに直撃し、モーリスはビルにぶつかる。
「だから負ける。」
しかし、ビル内部で巻き上がる土煙から動く影を見てウィリアムは驚愕する。
「なに…?」
気が付いた時にはモーリスが目の前まで接近し自身に向けて拳を振るおうとしていた。
ウィリアムはなんとか防御の態勢に入るが、強烈なモーリスの拳を受けてしまい吹き飛ばされる。
「(脚力強化器を瞬間的に使ったのか…!)」
ウィリアムに追撃を行おうとするモーリスだが…
その時一発の銃弾がモーリスのこめかみ付近に直撃する。
「モー…リス…!止まって…くれ…!」
発砲したのはケリーだった。
モーリスはケリーの方へと向きを変え、キャノン砲を構える。
そんな中でエヴァがモーリスの腕を蹴り上げ、キャノン砲からケリーを守る。
「うぐっ…!」
だが、モーリスに首を掴まれたエヴァはそのまま投げ飛ばされる。
「おっと!セーフ!」
投げ飛ばされるエヴァをキャッチしたのはスクーターでエヴァ達のもとへ急行していたアンドリューだった。
「遅いってば…!」
「悪い!H.U.N.T.E.Rの奴らに追われちまって!」
アンドリューはエヴァを降ろすとすぐにモーリスのもとへとスクーターを走らせる。
「どうするつもり!!」
「ヘーロスさんからの指示だ!コイツを引き寄せる!」
アンドリューは付近に倒れているウィリアムの部下から武器を取る。
O.S発症者は自身に敵意を向けている者を優先的に狙う傾向がある。
モーリスはアンドリューに狙いを定め走り出す。
「かかった!ダニー!エヴァとオルガさんを頼んだ!」
「おい…!…無茶するな…!」
ダニーの心配をよそにアンドリューはスクーターで走り去る。
だが、そんなアンドリューの表情はとある人物による信頼であふれた笑みを見せていた。
「無茶じゃねぇさ!…”あの人”ならなんとかしてくれる…!!」
アンドリューの脳裏にはストレンジャーを率いるヘーロスの姿が浮かんでいた。
瓦礫から姿を現したウィリアムはアンドリューを追うモーリスを見て、怒りを露わにする。
「お前ら!モーリスを追え!!」
ウィリアムの指示で隊員がモーリスを追い始める。
その頃、道路の車を避けながら目的地へと急ぐヘーロスとアドルフ。
「ヘーロスさん!今そっちに向かってるぜ!」
アンドリューからの連絡が入る。
「了解だ、アンドリュー。」
「ヘーロス!」
アドルフがヘーロスに声をかける。
するとH.U.N.T.E.Rがヘーロスへと発砲する。
ヘーロスは銃弾を避け、アドルフが鋼線でH.U.N.T.E.Rの車ごと縛り上げる。
二人は合図無しの巧みな連携でH.U.N.T.E.Rの追手を相手する。
「H.U.N.T.E.Rか。」
そんな中でアドルフが遠くの道路で自分たちを無視してエヴァたちのもとへ向かおうとしているヴィヴィアンの乗る車を発見する。
「ヘーロス、先にアンドリューと合流を。私が彼らを引き付けます。」
「あぁ、頼んだ。」
アドルフは道路から逸れ、ヴィヴィアンの方へと向かう。
ヴィヴィアンは通信でウィリアムに連絡をしていた。
「そのまま奴らを追え。もう少しでこちらも合流する。」
「隊長!」
「!!」
車のボンネットの上に立つアドルフ。
H.U.N.T.E.Rの隊員がアドルフに向けて発砲するが、その攻撃を空中で鋼線を張り巡らし避けるアドルフ。
車に鋼線を引っ掛け、車が電柱に激突する。
車から無傷の状態で降りるヴィヴィアン。
ヴィヴィアンの目の前に立ちふさがるアドルフ。
「お前たち…もしかしてモーリスを救う気か?」
「この手で救える限りは。」
アドルフの周囲をH.U.N.T.E.Rの隊員が包囲する。
「無駄なことを。」
ヴィヴィアンとアドルフが戦闘を開始する。
その頃、対O.S特殊部隊からの攻撃を避けながらモーリスを引き付けるアンドリュー。
スクーターで次々と車を避けながら民間への被害も考慮しつつ立ち回るが、迫りくる攻撃に徐々に対応できなくなる。
「クソッ!あともう少し…!」
ヘーロスに指示された地点まで残り数十メートル。
アンドリューはスピードを上げる。
するとアンドリューの目の前に対O.S特殊部隊の隊員が立ちふさがる。
「チッ…!」
アンドリューはスクーターから飛び降りて隊員を殴り倒す。
さらに倒れたスクーターに向けて発砲し、スクーターは爆破させることで追いかけてきた隊員たちを戦闘不能にする。
「ヘーロスさん!」
アンドリューがヘーロスを呼ぶ。
するとアンドリューの背後から凄まじい速度で駆け抜ける人影。
そう、ヘーロスだ。
爆炎からこちら側に向かってくるモーリスとヘーロスの拳がぶつかり合う。
「あとは任せろ、アンドリュー。」
「了解!」
「ヘーロス・ベルモンテ…!」
モーリスとアンドリューを追いかけていたウィリアムがヘーロスを見る。
「お前の相手は俺だ!」
アンドリューがウィリアムと対峙する。
「邪魔だ!ストレンジャー!」
ヘーロスの指示のもと、モーリスを引き付けたアンドリュー。
その報告を受けるアドルフ。
「(よし、あとは…)」
「無駄だと言ったはずだ。」
ヴィヴィアンがアドルフの心を見透かすように発言する。
アドルフはH.U.N.T.E.Rの隊員を戦闘不能にさせながらヴィヴィアンの方を向く。
「H.U.N.T.E.R、そして対O.S特殊部隊、なぜここまでして政府がアイツを狙うのか理解できないお前じゃないはずだ。…漆黒の卓越者。」
ヴィヴィアンはかつてアドルフが所属していたE.R.A.S.E.Rにいた頃の異名を口にする。
アドルフはその口ぶりから先週に起きたモーリスとの戦闘を思い返す。
「!!…まさか…」
「”あれ”はただの武装系サイバーインプラントじゃない。」
1週間前、ボーンクラッシャーズとストレンジャーが潜入した閉鎖された工場。
そこでモーリスはとある装置を盗むことに成功する。
「その装置は…起動式電磁爆破装置だ。」
起動式電磁爆破装置、
万が一、機械生命体が反旗を翻した際の対抗手段として政府が秘密裏に考案した爆破装置。
本来であればその用途は建造物や兵器に搭載し、周囲をまるごと爆破させるもの。
しかし、そのあまりの破壊力によりたとえ機械生命体を屠ることができても、周囲への影響が大きいことから廃棄されるはずのものだった。
だが、
装置のサイズに反してかなりの威力を誇るこの装置を廃棄することを懸念した政府は、装置を政府管轄でありながらイーストエリアの最も端にある廃工場の地下へと隠していたのだ。
「(そして今、モーリスはO.S化している…となると…)」
アドルフの表情が僅かに険しくなる。
それを見たヴィヴィアンが状況の深刻さを理解したのだと察する。
「O.S発症者は自身に搭載された武装を惜しみなく使い続ける。」
「まずい…!」
「お前たちがアイツを救おうと止めはしない。
だがアイツはすでにいつ作動するかわからん動く爆弾も同然だ。」
「ヘーロス!」
「あぁ、聞こえたさ…!」
アドルフの連絡でヘーロスが状況を理解する。
モーリスの拳を避け、自身の攻撃を絶え間なく繰り出す。
ヘーロスはモーリスの意識を失わせることを目的として急所を外しつつ猛攻を仕掛ける。
だが、
「コイツ…」
モーリスは意識を失うことなくヘーロスを反撃を行う。
周囲をキャノン砲で焼き払い、脚力強化器を用いてヘーロスの速度に対応する。
モーリスは自身の体内にアドレナリンによる神経系を過剰刺激するインプラントを施していた。
「(どうりでエヴァでも意識を奪えないはずだ…これは厄介だな…)」
意識を奪うことすら不可能となったことで、すでにモーリスを止める手段は息の根を止める選択しかなくなってしまう。
「いや!まだあるさ!」
「ソフィア!」
遅れてその場に到着したのはソフィアだった。
ソフィアはヘーロスにあるものを渡す。
「これは意識を狂わせる神経剤!これをモーリスの脳にぶち込んで!」
「体内に直接か?」
「致死量分あるけど、もしかしたらこれでモーリスの意識を少しだけ戻すことができるかも…!」
確証はない。
だが今はそれしかないと踏んだヘーロスはモーリスのもとへ走りだす。
「これは…」
モーリスの攻撃を捌きながらヘーロスはモーリスのこめかみ付近についた傷を見つける。
それは先ほどケリーの銃弾によって傷ついたものだった。
モーリスがヘーロスに向けてキャノン砲を放とうとする。
ヘーロスはすかさずモーリスに接近する。
モーリスは掌からキャノン砲を撃つのをやめ、ヘーロスと拳をぶつける。
「ここだ……!」
ヘーロスはその傷口から神経剤を投与する。
モーリスは大量の鼻血を出しよろける。
どこだここは…?
身体が思うように動かない…
まるで深海の闇にゆっくりと落ちていくような感覚。
そんな中で微かに聞こえる声。
…モー……ス…!止ま………くれ…!
この声は…
ケリーか?
あぁ…
そういえばアイツにはいつも迷惑かけてばかりだったな…
お前を見ると思い出しちまうんだ。
自分と重ねちまうんだ。
俺は物心ついてから独りだった…
世界は俺に何も与えなかった。
だから奪った。
だが…
俺が本当に求めたのは他者からの情だ…
それは何人たりとも奪うことのできないものだった。
金を奪っても、身体にインプラントを施してもそれは手に入らない。
だから俺は俺の繋がりを決して失いたくなかった。
ボーンクラッシャーズを。
それは俺にとって金よりも、命よりも大切なものだから。
たとえ、俺の身が機械まみれになってもお前らだけが平穏な暮らしが叶うならそれでいい。
これは…なんだ…?
霞んでいた視界が晴れてきやがる…
「ヘー……ロス…」
「帰ってきたな。」
気が付くと俺の目の前にはヘーロスがいた。
あたりには大破した車や破壊された道路。
そして思うように動かない俺の身体。
そこで理解した。
「無理に動くな、一時的に意識が戻っているだけだ。」
ヘーロスが口にする。
だが、そんな中で俺に向かってくる一人の人物がいた。
「モーリス!!」
そう、ウィリアムだ。
ウィリアムは俺に向かって強力な電磁砲を放とうとする。
「手…出す…なよ…」
「あぁ。」
ウィリアムの電磁砲と俺のキャノン砲がぶつかり合う。
あたりの建造物がその衝撃で破壊され、爆炎が立ち上る。
「はぁ…はぁ……クッ…ソ…」
今の俺ができる最大の足搔きだった。
だが、それはあちらも同じ。
「チッ!(出力を上げすぎた…!冷却しねぇと…)」
「ウィリアム、撤退だ。」
「まだだ…!まだモーリスを…!」
「なら勝手にするといい、だがじきにストレンジャーの仲間がそこにやってくるぞ。」
「ッ!!」
「俺は部下を撤退させる。」
「クソッが…!お前ら、撤退するぞ!」
ウィリアムが部下と共に撤退する。
どうやらヴィヴィアンと通信を行っていたみたいだ。
「これで終わりだと思うなよ、モーリス…!」
ウィリアムはそう言い残しその場を去る。
俺はその場で膝を付く。
そんな俺に肩を貸すヘーロス。
「何の…真似だ…」
「せっかく助けた命だ、ここで死なせねぇ。」
「俺は…仲間を殺した…もう…あそこには戻れねぇ…」
意識が戻った時、俺がO.S化した際の肉体の記憶が呼び覚まされた。
この手に残る仲間を手にかけた感触が全身のいたるところで感じる。
仮にこの状態でアイツらのもとに戻っても俺はいずれO.S化してアイツらを皆殺しちまうだろう。
それだけはあっちゃならねぇ。
「悪い!ヘーロスさん!逃がしちまった!」
「アンドリュー、コイツを運ぶぞ。俺たちのアジトまで。」
「!?」
「本気かよ!?コイツはボーンクラッシャーズの…」
「あぁ、運ぶだけだ。俺達にはO.Sを治すことはできないからな。」
ヘーロスは思いがけないことを口にした。
散々これまでボーンクラッシャーズと殺しあっておきながらな。
悔しいがアイツは俺の気持ちを理解していたんだと今では思う。
昔から独りだった俺を。
アイツの過去に興味はねぇが、なぜアイツが、ストレンジャーのヤツらが強いのかわかった気がした。
「処置まではしてやる。後はお前次第だ、モーリス。」
「…バカが…」
O.Sを発症した者は例外なく意識が消失し、その意識が戻ることはない。
…はずだった。
だが俺の自我は機械ごときに抑え込めるようなもんじゃなかったということだけは確かだ。
俺は家族に危害が及ばぬようにしばらくストレンジャーのアジトに滞在することになった。
そこで数年暮らしていくうち、俺のO.S化を抑制できる技術を持つガキと出会うことになってから、俺はコイツらと共にストレンジャーとして活動していくことを決めた。
俺は本来、あの時に死ぬはずだった。
だが、そんな俺に赤の他人であるヤツらは手を差し伸べた。
これまで他者との繋がりを愛し焦がれた俺が、今度は他者のもとでその恩を返すべきだと決めたんだ。
だから俺の二度目の人生は…
「…お前らに使うと決めた。」
「ん?珍しい~モーリスが独り言なんか言ってる!」
「黙れ、ソフィア。」
「いいでしょ~たまには年上の言うことくらい素直に聞かないと嫌われるよ~?」
「あ?…俺はお前より11も上だぞ。」
「げっ?噓でしょ…!!」
「…バカが。」
完