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Assassin of Bloody Fate ~屍を越えて~

これはハイド本編より過去に起きた物語の記録である…


屍を見つめる日々。


政府の暗殺組織E.R.A.S.E.Rの隊長として日々、この世界から死体を作り上げてきたアドルフ。


そんな彼に政府から最重要極秘任務が与えられる。


漆黒の卓越者と呼ばれた男が体験した己の運命を変える瞬間が明らかとなる。

屍を積み上げる…



何度も、何度も。



やがてその屍の山は大きくそびえ立ち、



屍たちがこちらを見下ろす。



その山頂に映る景色には…






「…アドルフ、この腐った世界を救ってみる気はないか…?」


「救う…だと?」






あの日、ヘーロスかれはそう言った。



互いに人を殺める者同士、それがなんの運命か…



他者を尊び、世界を守るために、今の政府に抗う組織を結成した。




名は”ストレンジャー”




私たち家族の名であり…



後の歴史に刻まれ続ける者たちの総称だ。






8年前



「隊長…」


「えぇ、わかっています。」



私はこれまでと変わらない日々を過ごしていた。



政府から指示を受け、目標ターゲットの遺体を届ける。


任務がない日には自身の技術を磨き上げていく日々。





今回の任務もいつもと同じ。


政府から目標ターゲットの名と情報をもらい、暗殺に取り掛かる。



目標ターゲットの他に三人いますね。」


「ここは…」


「いえ、私だけでやります。みんなは周囲を固めてください。」






あぁ、今日も私は…






「や、やめてくれぇ~!」






屍を積み上げる。






「いやーアドルフ隊長すげぇよなー」


「あぁ、今月でもう六人目だ。」


「それも全員名の知れた犯罪者やお役所の人間だぜ?容赦ないよな~…」


「おい、お前ら…何してんだ?」



そこに現れたのは…



「…!!こ、これは…クリス隊長!」


「失礼いたしました…!!」


「そんなことは聞いてねぇ、俺は何してんだと言ったんだ。」


「彼らはただ時間を持て余していただけです、クリス。」



部下に対して私のことを問い詰めるクリス。


それを制止するのは決まって私がすること。



「そんなくだらねぇことに時間を費やすからお前らは死ぬんだよ。」



その場を後にするクリス。


私もその場を離れようとするが…



「あ、あの隊長…!」


「何ですか…?」


「ありがとうございます…!」


「…彼の前では私の話はしない方がいいと思います、それと…」


「…?」


「クリスの言っていたことは正しい、鍛錬は怠らないように。」


「は、はい…!!」






任務を終えても私の仕事は終わることはない。


この世に人と人がいがみ合い、争うかぎり。






「はぁ…」



ベッドに深く腰を下ろす。


部屋の壁についたスイッチを押すと部屋の内装が大きく変わる。



現代技術の賜物、ホログラム装置。


それにより部屋を自分の好みや気分に応じてカスタマイズすることも、細かな情報を壁に投影することも可能だ。



私は周囲を自分にとって見慣れた場所へと変えていく。



自分の故郷、サウスエリアだ。



「フッ…相変わらず…酷い場所だな…」



機械生命体との戦争で人類はひとつとなった。


ある一つの国を除いて。



世界は初めて自身と同じ人類ではなく、未知の生命体を前にして力を合わせることを決めたのだ。


そうして各国は大きなひとつの連合国となり、散らばった大陸を繋げ、人々を繋げた。


連合国はその広大な大陸を6つのエリアに分断した。



連合国最高の技術と文明が広がるセントラルエリア


人類が立ち入ることを禁じた機械生命体の居住区アウトエリア


広大な自然と景色が広がる山岳地帯ノースエリア


セントラルエリアに次ぐ技術と優れた気候を持つ産業地帯イーストエリア


エリアの70%が居住区を占める人口密集地帯ウエストエリア


廃棄物と飢えが蔓延する貧困地帯サウスエリア



サウスエリアで育った私は必ず床に就く前にこの景色を見る。


ホログラムの搭載さえたライブ映像により、自分のいた頃ではなく今のサウスエリアが映し出されるが、自分がいた18年前とまるで変っていない。


街はひどく荒廃し、街の外からは他のエリアから持ってこられた廃棄物による有害ガスが立ち上る。



だが…



こんな場所でも自分が生まれ、暮らした場所だ。



穴が開いた屋根、カビの生えた食べ物、酷い悪臭を放つ枕…



どれも今と比べても最悪な環境だ。



それでも私の故郷には変わりない。



そんな懐かしさを味わいながら、この無機質で匂いなど微塵もしない枕に身を預ける。











「おい、ガキ。名前は……?」



「…アドルフ。あんた誰…?」



「…お前の…父ちゃんは…いねぇのか…?」



「いない、そもそも親はいない。」



「はっ…バカが…親がいなきゃお前は生まれてねぇだろ。

…今日からお前は俺と来い。」



「は?」



「いいからさっさと支度しろ、こんなくせぇ街とは今日限りだって言ってんだよ。」











アラームが鳴る。



おはようございます、アドルフ様。


ウィルフォード様がお呼びです。


至急、会議室へ向かってください。



部屋のAIシステムがそう伝える。


ウィルフォード・G グリーン・ウィザースプーン、政府の役人であり大統領補佐にして名門ウィザースプーン一族の当主。


同じ血筋のクリスを呼ばずに私を呼んだということはクリスには関与されてほしくない案件か、それとも…






「失礼致します。」


「おはよう、そこに座ってくれるかい?」



会議室にはウィルフォードしかいなかった。

その違和感を察する。


政府上層部の人間だ、本来であれば護衛を数名つかせるはず。



「君に頼みたい任務がある。

正直…今回の任務は…」


「極秘…ということですか?」


「フフッ…さすがクリスが育て上げた男だ、理解が速くて助かるよ。」


「私より実戦経験に富んだクリスを呼ばず、護衛もつけずにきたということは政府関係者にも知られたくはない案件…このことを大統領は…?」


「いいところに気が付くね、そう今回の任務は大統領に気が付かれる前に対処してほしいんだ。」


「なるほど…詳細を。」



ウィルフォードは私に電子パッドを渡す。


起動すると任務の詳細が映し出される。






任務自体はいたってシンプルだ、君は目標ターゲットを見つけ始末する。


ただし、その目標ターゲットが少し厄介でね…


今回の目標ターゲットは我々政府が管理する国民登録票に該当しない男だ。






「戸籍情報だけじゃない、経歴、身元先、名前まで不明…ですか…」


「あぁ…現在、彼を特定できるのはこの監視カメラに映ったものだけだ。」



ウィルフォードはそう言うとホログラムに監視カメラの映像を映した。

そこには想像を絶する光景が広がっていた。



「なんだ…これは…」


「化け物に見えるかな?

残念ながら”それ”は人間だよ。」



映像には人とは思えない身体能力を有した男が周囲の人々を惨殺し、その者たちに食いついているものだった。



O.Sオーバーショックでもサイバーサイコシスでもない…こんなものは…初めて…」


「私も初めてだ、だが”これ”を野放しにしておくわけにはいかないのはたしかだ。」



初めてだ、


たしかにそう言ったウィルフォードの表情は同じく初めてこの光景を見た自分とはどこか異なったものに見えた。



「何を…隠しているのですか…?」


「………アドルフくん、君が|E.R.A.S.E.R (イレイザー)の者じゃなかったら…この場で消えてもらうところだったよ。」



ウィルフォードはあるデータチップをホログラムに投影する。



「かつて我々連合国と機械生命体とで戦争があったことは知っているね?

なぜ、世界中を巻き込む戦争に日本は我々連合国の一員にならなかったか、知っているかい?」


「いいえ、存じ上げません。」


「それはね、この国の現状が我々と機械生命体との戦いを悪化させるものに他ならなかったからだ。」



新たに映し出された情報は当時の日本という国の機密事項だった。



「!!」


「そう、日本は連合国の一員にならなかったのではない、なれなかったのだ。」






・日本国内に突如、変異ウイルスが蔓延


・感染者は体内の遺伝子に独自の変異が絶え間なく生じることで死に至る


・感染率は驚異の100%、また致死率も100%


・蔓延してから約75日で日本国内の全人口に感染すると予想


・連合国大統領は日本総理大臣との会談の末に、日本全域を海外との交流を絶ち鎖国を実施することを決定






「これが約150年前に起きた日本の現状だ。」


「これをなぜ当時の国民に…」


「私が知る由もないが、まぁ当時の大統領は国民に伝えるべきではないと判断したのだろうね。」



私は衝撃の事実に処理が追い付かなかった。


日本、それは幼い頃にまともな教育すらできなかった私でも知っている。


そしてその国は連合国と異なり、平和で誰一人不自由のない国であると…そう言われていた。



だが、実態は異なった。



「あくまで150年前の情報だ、今日こんにちではすでに”ウイルスに対処している”と噂では耳にしているが…」


「…なるほど、今回の目標ターゲット…彼は日本から来た可能性があると…考えているんですね…?」


「その通りだ。」



ウィルフォードは常人を逸した身体能力を持ち、人を食すといったこれまでに事例のない症状であること、そしてかつての日本で蔓延したウイルスの実態を考えて、今回の目標ターゲットは何らかの方法で日本からこの大陸にやってきた男であると考えていた。



「わかりました、任務に取り掛かります。」


「それと…アドルフくん。」



ウィルフォードは私の耳元で口を開いた。



「仮に目標ターゲットが日本人ならばウイルスを体内に宿しているはずだ、始末する前に生きた血液サンプルもいただきたい。」


「承知しました。」






「ここか。」



私は監視カメラ映像に移されていた場所へと向かった。


当然、住民が殺害された痕跡はすでに片付けられている。


あるのは人が打ち付けられたであろう壊れた壁や店の窓ガラスだ。



「情報なし…(処理されている時点で当然か…)」



現場に向かっても情報が得られないのは理解していた。


目撃者を尋ねても、私の素性を知ればおそらく話はしてくれない。


いくら政府公認の暗殺組織であっても住民からすれば決して慣れ合いたくはないだろう。



「少し、上から見てみるか。」



私は近くの建造物で一番高さのあるビルの屋上から周囲を見下ろすことにした。



今回の任務は目標ターゲットの情報が限りなく無に等しい。


これまで汚職を繰り返す政府の役人や周囲に影響を及ぼしかねない罪人ばかりを暗殺してきた。


困難を極める任務になる。


ましてや相手はただの人間じゃない、僅かな油断がこちらの命取りになりかねない。



だが、



私がため息をつく理由は他にもあった。



「まさか…またここに来ることになるとは…」



見下ろした街にかつて18年前に見た光景が重なる。



そう、サウスエリアだ。



普段セントラルエリアの無機質な空間に投影された映像だけの光景が今は視覚だけでなく、五感に直接伝わってくる。



この数メートル先すらも見渡すことのできない景色、


どんな場所へ行っても鼻に突きさす悪臭、


口を開けば舌に砂が付着し、


工業地区から聞こえる静寂とは程遠い駆動音、


そして、この肌身に当たる生暖かい風、



どれもが懐かしくも酷い記憶が蘇る。



「これじゃ数日はかかるな…」



私は懐からタバコを取り出し一服する。


肺に伝うこの香りが私に集中力と一時的にこのサウスエリアから漂う悪臭から切り離してくれる。



「もし…本当に目標ターゲットが日本から来たとするなら…」



私は携帯型ホログラムから地図を映し出した。



「やはり…そうか。」



日本は世界の南側に位置する。


故に目標ターゲットはここ大陸の南に位置するサウスエリアに現れた。


そして目標ターゲットは住民をただ殺害しただけでなく食していた。



もし、殺害だけが目的ではなく、食すための手段として行った結果ならば…



この街に目標ターゲットが現れた理由にも説明がつく。



「次に目標ターゲットが向かう先は…」






深夜、ようやく街に静寂が広がりつつある中、私はサウスエリアのとある街に息を潜める。



サウスエリアは貧困地帯だ。


人の多い街は限られる。



現に目標ターゲットは比較的人の多い街で人を襲った。


そしてその場所はサウスエリア最南端の場所だ。


そこから姿を消し、また人を食すつもりであれば、その地点から最も距離が近く、人の多い街に現れると考えた私は街が静まりかえる深夜まで身を潜めた。



足音が聞こえる。



誰か来る。



静かに…そして素早く身体を動かし目標ターゲットに接近する。



「!!」



短刀で目標ターゲットを背後から斬りつけるが異変に気が付く。


傷がみるみると塞がっていく。


目標ターゲットはすぐに私に気が付くと距離を取る。



だが、鋼線を周囲に張り巡らせていたことで目標ターゲットは両腕を切断される。


それでも構うことなく走り続ける目標ターゲット



数秒で切断された腕が再生していく。



「なんだ…あれは…(再生系バイオインプラントでもあんな芸当はできない…!)」



目標ターゲットを追跡するが、目標ターゲットはなんと民家に入り込み住民を人質にした。


そこで初めて目標ターゲットの素顔を見た。



人間とほとんど容姿は変わらないが、目は白目と黒目の部分が反転しており、口には牙があふれるほど並んでいた。



「お前…強いなぁ…!

まさか…”あいつ”の仲間か…!?」


「(仲間…だと…?)」



目標ターゲットは常人離れした身体能力を持つ。


こちらが妙な真似をすればすぐにでも人質を殺害するだろう。



人質さえ…


いなければ…



それは私の脳裏に僅かに浮かんできた。



任務は目標ターゲットの始末。


そのための過程は関係ない。


そう教わってきた。



人質ごと目標ターゲットに攻撃を仕掛ける…




「(いや、バカなことを考えるな…私は…)」


「へぇ…お前…血の匂いがするなぁ…!」


「っ…!」


「隠しても意味ねぇよ、俺は鼻が利く…

お前は俺と同じ…人を数えきれないほど殺してきたはずだ…」


「違う…私は…」


「俺はこいつらを喰いてぇから殺すが…お前はどうだ…?

何の目的で人を殺す。」


「私は…」


「考えりゃ理由のねぇ殺しの方が罪深いと思わねぇか…?」



私は鋼線を目標ターゲットに向けようとした。


それを察した目標ターゲットは自身の正面に人質を置きながら笑った。



「どうせ!俺を殺すってのも何の大義も意味もねぇんだろ…!?」


「黙れ…!!」



そのときだった。



怒りで我を忘れかけた私の目に映ったのは目標ターゲットの真上から刀を持った少年が今、刀を振り下ろす瞬間だった。



「おらぁ!」


「くっ…!お前っ…!!」



胸を切り裂かれた目標ターゲットは人質を離すと全身から煙のようなものを放出した。


煙が晴れた頃には目標ターゲットは姿を消していた。



人質はパニックに陥っていたが、すぐにその場を立ち去った。


先ほど目標ターゲットに刀を振り下ろした少年がこちらに近づく。



「あー、えーっと…マイネーム…イーズ…」


「いえ、言語は通じます。」



現代では携帯型ホログラムさえ所持していれば異なる言語を介していても瞬時に翻訳することができる。


連合国となった現在、共通言語が統一されたことでその機能は今となっては需要性が失われつつあるが、いまだにかつての国の言語を使用する者も少なくはない。



私は今回の任務で必要になると考え、あらかじめ日本の言語をいくつか取得していたが、この少年と話すには限界があると感じ、彼にも携帯型ホログラムを装着させた。



「すげぇー!

俺、英語覚えなくてもいけんじゃん!」



少年にとって物珍しいものなのだろう。


携帯型ホログラムの様々な機能を試しながら興奮している様子だった。



そんな少年の容姿は私が任務前に調べた日本人の情報で得た容姿とはかなり異なっていた。


金髪に青い瞳、肌の色も白い。


明らかにこちらの人種とほとんど同じであった。


故にこの少年がこの大陸にいても政府の目にとまらなかったのだと私は察した。



「携帯型ホログラムを知らないことを見るに…君は日本人ですね?」



少年は笑顔で私に答えた。



「そう、さっきのやつ殺すためにわざわざ追ってきたってわけ。

あー俺の名前、藤白露ふじしろ あきら、お兄さんは?」


「私は…」



この少年は目標ターゲットを追ってきたと言っていたが、まだ情報を得る必要があると考えた私はここで軽率に名を出すべきではないと判断した。



「”漆黒の卓越者”と呼ばれている。」


「なにそれ…めんどくさ。」


「…年上と話すときは少し敬意を持って接した方がいいですよ。」



私は逃がした目標ターゲットを追うべくその場を後にして痕跡を辿る。


明と名乗った少年は無警戒のまま私についてきた。



「なぁなぁ~お兄さんは殺し屋か何かなわけ?」


「…なぜそれを?」


「そんなん見りゃわかるよ~歩き方に隙ねぇもん。」


「そういう君も随分とこっちの知識に詳しいですね。」


「俺は日本で”執行隊”ってとこでさっきみたいなバケモン退治してんの。」


「…?…その年で?(日本じゃ普通なのか…?)」


「ん?こう見えて俺けっこう優秀だぜ?」


「にしては遥々はるばる異国の地まで”バケモン退治”とやらをしに来るほど切羽詰まっているみたいですが。」


「…お兄さん、うざいね。」


「はぁ…」



私は目標ターゲットの痕跡を辿った。


先ほど明が斬りつけたことで流れ出た血が目標ターゲットの方向を示す。


途中で消えているのは肉体が再生したことによるものだろう。



「これでは…」


「あいつは多分こっちにいると思う。」



明が方向を指し示す。


その方向とは人の多い街ではなく、かなりの貧困層が暮らす廃った街だった。



「なぜそう思うんですか?」


「あいつらは人の多い場所を好むが…それ以前に人を喰わないと”退化”する。

…だから一目散に人を喰いたいはずだ。」


「退化…?」



私はこの少年、藤白露 明と目標ターゲットについてもっと知る必要があると感じた。






次の街に向かう間、目標ターゲットについての情報を共有した。


私にとって日本から来たこの少年、藤白露 明は任務において非常に貴重な情報源であった。



しかし、彼に興味を持った理由はそれだけではない。



藤白露 明の話によると日本にウイルスが蔓延してから僅か2ヵ月でそのウイルスは日本から存在を消したそうだった。


だが、その代わり遺伝子に変異をもたらすウイルスにより、日本人は特異な力を秘めるようになったんだとか。



そして突如、日本には今回の目標ターゲットのような怪物が発生し、日本ではその怪物を討伐する特殊部隊が存在していると明は話した。



彼は16歳にして、目標ターゲットのような怪物を相手にしていた。



私も彼と同い年の頃にはクリスから日々、命の危機に晒されるほどの訓練を行いながらも暗殺の技術を高めていた。



「ですが…君の歳ならもっと…」



自分と似た世界で命を燃やすこの少年に私は心から敬意を持てなかった。



もっと、



もっと幸せな暮らしも望めただろうに。



「ん?…なになに~お兄さん優しいとこあんじゃん~」


「はぁ…敬語。」


「逆にお兄さんも若いでしょ?なんでそんな固い喋り方なわけ?」


「それは…」



私はクリスとの訓練の日々を思い出す。


彼のような粗暴な男になりたくないと決めてからだろうか?


私が自分を以前の自分から切り離したのは。



「自分を変えたかったからです…」



そう言って私はタバコに火をつける。

サウスエリア産の紙巻タバコ、すでに現代ではほぼ流通していないこのタバコを吸うと私は…



「そのタバコも故郷にいた頃から吸ってるんだろ?」


「…。」


「だからそれを吸うと落ち着く…だろ?」


「…君は…人の事情に入り込みすぎですよ。」


「…それが俺の特技なもんで。」



明は私に向かって笑顔でウインクする。



正直言って彼のノリにはついていけない。




だが、不思議だった。




こんなにも他人の土俵に踏み込んでおきながら嫌悪感が一切湧かなかった。



彼の不思議な魅力だ。




故郷から身を置き、新たな人生を歩んだ。



すべてを捨て一からやり直すべく、変わったつもりだった。



だが、私はまだ…故郷に固執していた。




理由はわかっている。




私は今の自分が嫌いだった。



いや、正確には今の自分の行いに…が正しいか。




数えきれないほど人の命を殺めてきた。



今でも夢に彼らの顔と死体の山が私を見下ろす。



故郷の酷い環境でも思い出さない限り耐えられなかったのだ。



彼らは囁いている…


いつかお前の番が来る…と。



望んで奪ったわけではない、だが彼らの命を奪ったのは間違いなくこの手だ。



この手は血に塗れ、そして私の運命は決まっている。



その運命に怯えるのを忘れるため、この景色とこのタバコは必要なものなのだ。






「着きました。」



目的地に到着した私たちはさっそく周囲の住民に不審な人物がいなかったか聞いて回った。


明は私の後ろについては来るものの、特段協力などはせず、自分の国にとって見慣れないものばかりを見ている。


特に目標ターゲットの情報を得ることなく夜が更ける。


私たちは街を見渡せる丘で薪に火をくべながら話をした。



「にしてもさー、お兄さん強いよね…この国の人たちってみんなお兄さんくらい強い?」


「だとしたら今回の任務は私だけに振られることはなかったかもしれませんね。」


「もしかして…お兄さん”術式発現者”だったりする…?」


「術式…発現者…?」


「あー…!…なんでもない忘れてくれ!」


「自分で言ったんでしょう。」



私たちが出会ってから数時間が経過した。


次第に緊張も解けた状態で私たちは目標ターゲットのことではなくお互いのことについて話した。



両国の政府組織について、


互いの出生についてなど、


個人的な事情についても私たちは共有した。



「なぁなぁ!お兄さんのその技術、俺にも教えてくれよ…!」


「技術…?…このことですか?」



私は指につけた鋼線で近くの木を切断して見せる。



「そーそ!あとお兄さんがやってるその音のしない歩き方とかさ…!とにかくいろいろ!」


「そうですね…明、君がもう少し敬語を使えるようになったら考えます。」


「教えてください…っス!」


「ダメ。敬語がなってない。」


「何でだよー!」


「はぁ…」



私は少しの間だけ、彼に付き合うことにした。


クリスに叩き込まれた鋼線術、そして日々暗殺業をするうえで必要不可欠な技術について説明した。



「こんな感じか?」


「へぇ…すごいな。」



驚くことに明は呑み込みが異常に速かった。


この年でこの暗殺技術を使いこなすまではいかないが、自分なりにアレンジを加えながらも身に着けかけていた。


私は彼の身体能力と才能に驚かされた。



「君がいれば日本もかなり安泰ですね。」


「んまぁ、俺天才だからな!」


「敬語。」


「天才っスから!」



ほんの僅かの時間だが彼に私の技術を少し教えた後、私たちは身体を休めた。






物音がする。


街を見下ろせるほどの高さの丘からでも耳に届く街からの物音。


その音で私は目を開けた。



「明…」



あたりを見渡すと明はその場にいなかった。


そして街から聞こえてくる物音。


私はすぐに状況を理解した。



「!!」



私はすぐに街へ、明のもとに走り出した。






「へぇーここの店、何もねぇー…」



アドルフが騒音で起きる数分前、明はアドルフが眠りについたのを確認すると密かに街に向かい、目標ターゲットの捜索と同時に自分の知らないこの土地で夜な夜な観光を楽しんでいた。



「にしてもこの機械便利だよなー、日本でも作ってくれないかな…」



明はアドルフにもらった携帯型ホログラムを見つめながら街を歩く。



「!!」



すると僅かだが、殺気を感じ取った明。


すぐに街の路地裏に向かうとそこには一人の酔っぱらった男性が歩いていた。



「なんだ?こっち見てんじゃねぇぞ…!」



するとその男性の上から凄まじい殺気を放った人影が現れる。


それを目標ターゲットであるとすぐに察した明は男性を蹴り飛ばし目標ターゲットの攻撃から難を逃れる。



「な、なんだ…こいつ…!!」


「ほらほら、酔い覚めたんならあっち言っててくれないっスか…!」



刀を抜く明。


目の前にはよだれを溢しながら逃げる男性を見つめる目標ターゲットがいた。



「ここまで追ってくるとはなぁ…!執行隊…!!」


「お前を執行しないと上の連中がうるさいんだよ。」



攻撃を仕掛ける明。


目標ターゲットはすぐに民家に入り、明を狭い空間である屋内に誘い込む。



目標ターゲットの誘いを理解した明はすぐに民家に入る。



「はーい、泥棒ですよー、外に出てください~」



民家に住む人々に刀を見せ、無理にでも怖がらせ外に追い出す。


すると民家の屋根を破壊しながら目標ターゲットが明に襲い掛かる。



「チッ…!(上からかよ…!)」



瓦礫によって明の携帯型ホログラムが故障する。


それによりアドルフとの連絡も困難となる明だが…



「そんなに物壊してぇなら広く使おうぜ…!」



刀を床に突き刺することで自身の体重を支え、目標ターゲットに強烈な蹴りをお見舞いする明。


それにより民家の壁が次々と破壊されていき、最終的には民家の屋根と壁が一掃される。



「クッ…」


「追い詰めたぞ…!」


「執行隊の…ガキが…調子に乗るなよ…!」


「へっ、その調子に乗ったガキにこれからお前は執行されるんだっつーの!」



明は目標ターゲットと同等の身体能力で攻防を繰り返す。


目標ターゲットは自身の肉体を自由に変形させ予測困難な攻撃を繰り広げるが、その攻撃を明は驚異的な身体能力で回避していく。



「くっ…!(こうなったらもう一度…)」


「!!」



怪物は明の目の前に手を伸ばす。



異術いじゅつ…」


「(来る…!)」



だが、そのとき目標ターゲットの腕が細切れにされる。



「なっ!?」


「なんとか間に合った。」



明と目標ターゲットとの戦いに間に合った私はすぐに目標ターゲットの両足にも蹴りを入れ体勢を崩す。



「お兄さん!ナイスだぜ!」






術式充填「きょく」!!






すると先ほどよりも超高速で目標ターゲットに接近する明。


だが、目標ターゲットはすぐに行動に出た。



「ま…まだだ…!!」



体中の構造を棘状に変化させ、周囲を見境なく攻撃しようとする目標ターゲット


私は鋼線で周囲の崩壊する建造物を固定しながら目標ターゲットの動きを拘束し、そのまま建造物に貼り付ける。



「てめぇ…!!」


目標ターゲット、抹殺完了。」






龍河一刀流りゅうがいっとうりゅう水瀧斬すいろうぎり!!!






「がはぁっ…!」



目標ターゲットの首を一閃する明。


そのまま首は落ち、目標ターゲットの身体はその場から動かなくなる。



「今の技は…」



あれは、ただの剣術ではない。


この少年の放った剣技、それはまさに目標ターゲットのような怪物を葬るためだけに考案された殺しの技術だった。


一目見て私は感じてしまった。


それを、こんな歳で会得して日々怪物と戦う少年がいるのだと。



私は明のもとに向かう。



「明、君はまだ若い…目的や大義のない殺しは己を呪うだけ、今ならまだ間に合う…君は…」


「わーかってるって、俺はあんたと違って悩まないタチなんっスよ、それに…大義ならあるっスよ…!」



明は刀を肩に抱えながらこう言った。



「俺の働きで今日もまた、喰われずに済んだ人がいる…!

たった一人かもしれないけど、それでも良くね?感謝されなくても他人を助けるってみんなができるわけじゃないんっスから。」



それを聞いた私の心は大きく動いた。




そうだ、己の意味を決めるのは自分じゃない…他者なのだ。



他者に助けられ、他者を助ける…



人は人無くして己を見出すことは難しい。



私に必要だったのは他者による声だったのだ。




「君は…たまに賢いことを言いますね。」


「あ、バレた?俺、実はめ~っちゃ天才なんっスよ?」


「えぇ、みたいですね。」











サウスエリアの港で船を用意する明。


おそらくこの船に乗ってこの大陸まで来たのだろう。



「んじゃ、またなお兄さ…」


「アドルフです。」


「え?」


「アドルフ、それが私の名前ですよ。」



それを聞いた明の顔を今でも覚えている。


数時間前まで怪物の相手をしていたとは思えないほどの笑みだ。



「またな!アドルフさん!」


「次に君に会うときは殺しではなく違った形で。」


「おう!またアドルフさんの技術を教えてくれよな!」



船から手を振る明。



「…だから、敬語…まぁ…いいか。」



私は明が見えなくなるまで、海の地平線に消えるまで海を眺め続けた。




きみこそ、私に気付かせてくれてありがとう。




運命なんて自分で変えられるのだと。






「なるほど、やはり今回の目標ターゲットは日本から来た存在だったというわけだね?」


「はい、おっしゃる通りです。」



|E.R.A.S.E.Rイレイザーの本部に帰還した私はウィルフォードに今回の任務について報告した。

報告書に目を通したウィルフォードは私の目を見てこう続けた。



「それで、目標ターゲットのサンプルはどうなった?アドルフくん。」


「サンプルは…」



私は明に自身の暗殺技術を指導している頃や明と別れた時のことを思い出す。






今回の目標ターゲットは日本から来た。


そして明も日本から来ている。


となれば、二人とも同様のウイルスを体内に宿しているはずだと。


そう考えた私は指導の間に密かに明の血液サンプルを採取していた。


仮に目標ターゲットを生きたままサンプルを採取できない保険として。






私は屍を積み上げてきた。



何度も、何度も。



屍の山は私を見ながら囁くが…



その山頂の先には…



己の役目と向き合い、運命を自身の手で舵を取る少年の姿があった。




かれのおかげでそびえ立つ屍の山を越えた先を見出すことができた。


そんな中で私は何を迷う…?


思いがけない出会いから得たこの恩を仇で返すのか?






「…血塗れた運命でも…できることはあるはずさ…」



そう嘆いて私は明の血液サンプルを海に投げた。






場面は戻り、私はウィルフォードの問いに答える。



「サンプルは残念ながら得ることは叶いませんでした。」


「そうか、それは残念だ。

…だが、君のおかげで我々の世界は大きな被害も出ることなく鎮静化できた、感謝するよ。」


「では、私はこれで。」


「アドルフくん、」



部屋を出る私に声をかけるウィルフォード。



「今回は極秘かつ極めて大変な任務だっただろう、しばらくは休むといい、クリスには私から伝えておくよ。」


「…ありがたい助言ですが、私は次の任務が控えているので。これで失礼致します。」



部屋を出た私は携帯型ホログラムから新たな任務を受信する。



「次の目標ターゲットは…」



ホログラムから受信した情報に目を通す。



「へーロス・ベルモンテ。あの最強の殺し屋か。」



目標ターゲットの容姿、名前や戸籍情報を確認する。私はすぐに任務の準備に取り掛かる。



たとえ、これまでと変わらず人を殺める仕事でも、



たとえ、またこの手を血に染めるような行為でも、



たとえ、血塗れた運命であったとしても、私は進み続ける。



それが他者を助けることのできる私の役目だと信じて。













人気のない港に到着するひとつの船。


その船から姿を現したのは数時間前に連合国でアドルフに別れを告げた明だった。



明が船から降りるとそこには同じ服装の少女が立っていた。



「お帰り、明。」


「お、暗菜!ありがとな、局長には秘密にしてくれて。」


「これでひとつ貸しだから。

それで…ちゃんと執行できたんでしょうね?」


「もちろん…!…それに執行以外にもすげぇ経験もできたんだぜ?」


「へぇー…明、それは…?」



暗菜と呼ばれた少女が明の腰にぶら下がったものを指さす。


それは明がアドルフからもらった携帯型ホログラムだ。


今回の任務で壊れて使用はできなくなってしまったが、それでも明にとっては自分とアドルフを繋げる思い出の品だ。



「これは…今日得た経験を忘れないためのものだ…」


「珍しい…そんなこと言うタイプじゃないでしょ?」


「うるせぇっての、アドルフさんマジですごいんだぜ?あのレベルの技術会得してる人なんて、滅多に見られるもんじゃないし」


「そもそも、そのアドルフさんって誰なの?」


「俺の…」



明はアドルフと過ごした僅かな一時を思い出しながら笑顔でこう答えた。



「師匠だ!」

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