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機械化人の館



一発。



「人の命も儚いからこそ、

 美しいし、愛おしいのよ。

 だから‥‥

 いつ、どんな形で死が訪れても、

 悪くない人生だったって思えるよう、

 今を目一杯、自分らしく楽しみたいの。」


何気なくこぼしたその一言を、

ふと思い出した。


その言葉には多分、

彼女の死生観と同時に、

僕や、きっと僕以外の、全ての人間にも、

そんな風に人生を過ごしてくれたらという、

願いや、祈りのようなものもあるのではと、

感じたからかもしれない。



二発。



僕は、そんな理想や希望を、

自然と言えてしまう彼女にも、

無意識のうちに、

憧れ、また癒されていたのだろう。


彼女のそばにいるだけで、

それまで溜め込んでいた自分の中の淀みや、

時には

『いかに自分が曇った色眼鏡で世界を見てたか』という気づきを、

まるで、呪いから解き放ってくれるかの如く‥‥


心や気持ちの闇を、

いつも、とても、心地よく、浄化してくれた。


いつの間にか、彼女‥‥アオイ・ソラは、

僕にとって、かけがえのない人となっていた。



三発。



ソラは、一言でいえば天真爛漫。

一見にはスレンダーで、大人っぽく見えるが、

いざ喋ってみると、とても明るく、

きっと誰とでも仲良くなってしまうくらい、

本当に人当たりや、気立てのいい女性だ。


最近は、専攻でもある“機械化学”の事となると、

気になってたり、分からなかった事を、

無我夢中で僕に尋ねてきた。


その、子供のような好奇心で、

どんな疑問や、不可解な話にも興味を抱く姿は、

どの角度から見てても、

あまりに尊く、美しく、愛おしかった。



四発。



対照的に僕は、実際はただの見掛け倒しなのだが、

昔から平均以上の身長があり、

加えて暗く、感情表現が乏しいのもあり、

何人も近寄りがたい雰囲気を出してるようで、

学校ではいつも独りだった。


僕は幼少期から、この不気味な人当たりにより、

まず同級生たちは見かけた途端離れていくし、

一度だけ、勇気を出して自分から話しかけに行ってもみたが、

「殺人マシンみたいな奴かと思ったら、ただの木偶の坊だ」と、

逆に目をつけられ、イジメにあうこともあった。


だから大学では下手な交流は控え、

念願だった“機械化学”の勉強に、独り勤しんだ。



五発。



“機械化学”は、学べば学ぶほど謎が増えていき、

その果てしなく途方もない世界に、

僕はどんどん引き込まれていった。

“機械化学”の事を考えてる時は、

文字通り、現実のことを忘れられる。


あらゆるものを“機械化”することによって、

自然物では到達できない数々の偉業や、

日常も便利で豊かにする可能性‥‥

何より、学べば学ぶほど、

理論に基づいて着実に、進化や強化できるその世界は、

これまでの苦々しく陰鬱な人生を、

実に爽快に吹き飛ばしてくれるほど、

僕にはこれ以上なく楽しく、もはや生きる喜びになっていた。


できるなら、ずーっと“機械化学”の研究だけをしていたい。

そんな気持ちが押さえられず、僕はついに、

他の授業中に、こっそり“機械化学”の“内職”をしてしまった。


そんな時。

授業に遅れ、空いていた僕の隣の席に座ったソラが、

僕のノートを覗き込んで、

「それって、機械化学?」と話しかけてきた。





六発。


「タスケテ‥‥ワタシヲ、タスケテ‥‥」





「“機械化学”は、現在では不可解で、

 非人道的なんて呼ばれるような領域の学問とされがちだが、

 僕はその『得体が知れない・まだ見ぬ新しい世界』という部分に、

 三度の食事も忘れるほど、夢中になれる。


 まもなく21世紀に入ろうという現代では、

 様々な文化や技術が、驚異的な速度で、

 科学的に開拓や発展され、

 今じゃ当たり前のように空を飛ぶことを可能にし、

 何時、どんな遠く離れた相手とも、

 自由に電話できるようになった。


 しかし、この現実を、ほんの1・2世紀前の、

 同じ人類に伝えたところで、一体誰が心から信用し、

 あるいは本気でその光景を想像できるだろうか。



七発。



 もしかすると、ごくわずかな人たちは、

 その未来に、興味や、好意的な態度を示すかもしれない。

 が、当たり前ながら、理解をすることはできないだろう。


 なぜなら、それらはまだ解明・或いは開発されてない、

 『得体が知れない・まだ見ぬ新しい世界』であり、

 最先端の研究陣以外の一般層にも、

 理解できるだけの理論や技術が、

 普及や、浸透していない“だけ”なのだから。


 そう考えれば、今は不可思議な部分が多い“機械化学”だって、

 倫理に反するだの、不道徳的だのと一蹴するのは、

 むしろナンセンスの極みでしかないのに‥‥



八発。



 かつては、何かと神や悪魔の仕業にばかりしてた人類も、

 この数十年で一気に、実感が持てない現象を、

 信用しないどころか、馬鹿にする始末になった。


 ‥‥僕には、フランケンシュタインより、

 ほんの少し前に抱いた理想と、

 正反対の愚行をしてる事にさえ自覚がなかったり、

 常に今の自分のミカタが正義であり、絶対だと信じて疑わない、

 “人間”という、

 所詮は子孫繁栄の為にプログラムされてるにすぎない生物の方が、

 よっぽど怖いよ」


気がつけば、僕はずっと一人で、

“機械化学”が、いかに未来ある学問かを、

ソラに語り明かしていた。

たまたま授業で隣になり、

ほんの偶然“機械化学”に興味を示した、

さっき知り合ったばかりの彼女‥‥にも関わらず。



九発。



そもそも僕が、あんなにも長く誰かと話すこと自体、

実に何年ぶりのことだっただろう。

まして、今や僕の一番好き‥‥どころか、

生き甲斐とも言える“機械化学”について、

興味を示し、授業が終わっても話しかけて来てくれたのは、

彼女が初めてだった。


僕自身、最初は最低限の返答だけして、

そそくさと距離をとるつもりだったが、

先のような、一方的な喋り倒しにも、

彼女は楽しんで、時には感動したように驚いて、

僕の言葉に耳を傾けてくれた。


そして、“機械化学”だけでなく、

僕という“人間”自体にも、

興味や、好意まで抱いてくれた彼女に、

僕はまた、あっという間に惹かれていった。



十発。



僕にとって“機械化学”は、誇張ではなく事実として、

僕の人生を大きく変えてくれた存在と言っても、過言じゃない。

“機械化学”自体の面白さや、

生涯かけれる意義深い学問性は勿論だが、

何より、僕は“機械化学”を通して、

アオイ・ソラという、最高のパートナーと出会えたからだ。


僕が言うのもなんだが、ソラは変わっていると思う。

それは、僕や“機械化学”と出会う以前から、

他の大多数の女子や、学生たちが嗜む趣味や遊びより、

地球上のあらゆる生物の解剖や、死後や精神的世界など、

言わば“ホラー映画”に出てくるような事象や学問を好んでたから。


そして、それらを「ワクワクするわ!」と、

怖いもの見たさというより、神秘的なものという感覚で、

友達の前でも、イキイキと話したりするようだからだ。



十一発。



愛嬌に溢れ、出会う人たち皆『一緒にいたい』と思わせる彼女でも、

十分も話せば、ほとんどの人たちは、

彼女の希望と違う話を始めたり、用事を思い出して離れていくのは、

想像するに難くない。


しかし‥‥それでも彼女は、

常に自分に正直に、少しでも、一人にでも、

自分の好きなものの魅力が伝わることがあればと、

自分を殺さず‥‥と同時に、

他人にも寛大な心で、もはやこの世の全てに、

できる限り肯定的なミカタをしていた。


僕は‥‥僕が今まで見てきた中で、

誰よりも変わっている、そんな彼女の“生き様”に、

この世で何よりも代えがたい‥‥そう、

“機械化学”に勝るとも劣らない、尊さを感じた。


そしていつからか、

僕は、彼女が少しでも健やかに長生きできるよう、

心身ともに強くなり、

どんな奴からも、彼女を守れる“力”を身に着けなければと、

真面目に考えるようになった。





十二発。


「コロシテ‥‥ワタシヲ、コロシテ‥‥」





恋人としての個人的な思いもあるが、

万が一、そうじゃなくなったとしても、

きっと今後も出会う、

彼女の生き方を見て救われる人たちのためにも‥‥

『何があっても彼女を守り抜く』のに必要な“力”が、

今の僕には全く無いと気付いた。


本気でそう考えた僕は、ずっと苦手意識があったが、

彼女のためだと意を決して、

肉体を鍛える筋トレや、対実戦的な格闘術を、

一通り学び、訓練するようになった。


だが、鍛えに鍛えて、

彼女を守る術を、考えれば考えるほど、

今の自分が如何に不甲斐ないかも痛感した。

そもそも、危険人物が現れた時に、

『戦って生き抜く・守り抜く』のに有効な、

武器となるものが、僕は1つも持ってなかった。



十三発。



たとえどんな怪物が現れても、最悪僕一人しかいなくても、

絶対に彼女を守れるよう‥‥

肉体術だけでなく、ついには刃物や銃、

またいざという時は武器にもなる、

工具や金具等を使った戦術まで、

ありとあらゆる『武器になりえるもの』も、

扱えるよう訓練した。


さすがにちょっと大袈裟か‥‥ともよぎったが、

本格的に“機械化学”を学んでからというもの、

『ありえないほどの万が一』とされる事も、

思いついてしまった以上は、

できる限りの対処をしておくに越したことはないと、

心がけるようになっていた。


その甲斐あってか、

彼女をしつこく狙っては後を絶たない男たちに対し、

それまでは彼女と逃げたり、

殴られてやり過ごすことしかできなかった僕が、

今なら腕を一ひねりしてやるだけで、

相手は逃げ出すようになり、

以前のように絡んでくることも無くなった。



十四発。



元々、見掛け倒しの体格をしているのもあり、

僕が密かに“力”を身に着けていたことを、

件の男たちを追い払うまで、ソラは気づいてなかった。


本当なら、あの時‥‥

男たちを死ぬ直前まで、痛めつけてやることもできた。

正直言えば、それぐらいのことまでやっても問題ないくらい、

奴らはソラ以外の多くの人も、

ひどく、たくさん傷つけてた連中だった。


しかし、どんな相手や、事情があろうとも、

暴力でやり返すのは、何も解決しないどころか、

もっと悲惨なサイクルを生み出しかねない‥‥


ソラの“生き様”を、最も近くで見て学んでいた僕は、

彼女ならどう対処するかを察知し、奴らを見逃す方を選んだ。



十五発。



僕が“力”を得ていたことを目の当たりにしたソラは、

一瞬戸惑いつつも、

すぐにいつもの大らかな表情と、気さくな喋り方で、

僕がいつ、どうして“力”を得たのかを聞いてきた。


僕は、少し口ごもりながらも、

二言目には、もう全て正直に打ち明けようと腹を決め、

彼女を守るために、筋トレから始め、

あらゆる武器も扱えるにまで訓練した事を話した。


すると、彼女はとても楽しそうに笑いだした。

「さすがはリク、のめり込んだら何でも超速で極めちゃうのね」


‥‥今の僕は、見た目だけでなく、

より殺人マシンに近い“力”まで持ってしまった。


こんな僕を見たら、きっとほとんどの人は、

怖くなって距離をとってしまうはずだ。

それでもソラは、何一つ変わらないどころか、

どこまでも面白い人ねと、

今まで以上に幸せそうに笑ってくれた。



十六発。



ソラは、僕が扱えるようになった武器の名を上げるごとに、

楽しそうに笑ってくれた。


「護身用ならともかく、ショットガンにまで手を出すなんて、

 一体どれだけ危険なものから守ろうとしてるのよ」


彼女の幸せそうな笑い声を、

いつまでも聞き続けたかった僕は、

もっと笑かそうと、まことしやかな噂話を例に出した。


「万が一、あの機械化人の館に行ってしまった時の為さ。

 最近じゃ、両腕にチェーン・ソーを付けた怪人まで、

 現れるらしいからね」と。


すると彼女は、笑うのをやめるのと同時に、

僕の口から聞く初めての言葉に、釘付けになって聞き返した。

「機械化人の館って、なぁに‥‥?」


機械化人の館‥‥

それは“機械化学”の権威、ニシ・リョウチ博士の研究所にして、

彼が究極的な人間の機械化=不老不死や、死者蘇生を命題に、

狂気的な研究に没頭した末、

その副産物である恐ろしき怪物=機械化人に襲われ、

自らは命を落とすも、

その怪物たちはいまだ徘徊しているため、

決して近づくなと噂される館のことだ。


僕は、彼女との幸せな時間を求めようとするあまり、

ありえないような噂とはいえ、

万が一の危険がある機械化人の館のことを、

つい口走ってしまい、そこからは只々後悔‥‥


機械化人の館のことが気になり始めたソラは、

「じゃあせめて、館が見える近くの丘ぐらいまで」と、

言い出して止まらなくなってしまったからだ。



十七発。



僕は、少しでも危険の可能性がある場所に、

彼女を連れてくのに気乗りしなかったが、

そんな気持ちの反面で、僕もソラ同様、

“機械化学”を学ぶ者として、今一番訪れてみたい所でもあった。


ソラも『館が見える近くの丘でデートするだけ』と、

しっかり約束してくれたので、

僕たちは近々、とある映画が済んだ後にでも行こうと、

元々あった予定のついで程度で、話を収めることにした。


だが‥‥

丘の上で、本当に館がある事を遠目で確認できた僕たちは、

今日はさすがに帰ろうとした、その矢先。


折悪しく、豪雨が降り注ぎ始めた。

ちょっと走ってやり過ごすには遠すぎる帰路を鑑みて、

僕たちはやむを得ず、豪雨に追われるようにして、

“館の中”にまで入ってしまった。



そして‥‥

気がつけば‥‥





十八発。





僕は、

彼女を‥‥





「アリガトウ‥‥サヨウナラ‥‥」





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