9 強引ですわッ
入学式から早三日。私の登校初日は、授業を受ける事はおろかHRに出席する事すらなく数十分ほどで終わった。
「いいから、恥ずかしがらずに服を脱ぎなさい」
現在、まだ陽の高いうちから自室へととんぼ返りし、先日私の主治医になったレーナ先生の診察を受けている。
ただ発作を起こして気絶しかけただけなので診てもらう事など何もないと思うんだけど、周りが大騒ぎしてしまったので仕方ない措置だ。
とはいっても私としては本当に怪我もないし無駄だとしか思わないのだが。それどころか初恋の相手に裸を見せるなんて羞恥プレイまで強要されているのだが!?
「ど、どうしても脱がなくてはいけないのでしょうか……?」
「当然だろう? 万が一怪我を放置してたのに放置したなんてことになったら、私の責任になるんだから」
脇に置いている灰皿から立ち上る紫煙越しに、レーナが私の目を真っ直ぐ見つめて諭しに掛かる。
今は父のクリヘムも領地に帰っているので、砕けた口調で話して欲しいなんて言った自分を呪いたい。
ゲームの時と同じ口調で語り掛けながら私の衣服を剥ぎ取ろうとするその姿を見て、当時推していた初恋相手から襲われているようで本当に心臓に悪い。
目を白黒させていつまでも動かない私に埒が明かないと思ったのか、レーナが半ば強引に、しかし抵抗しようと思えばできる程度の力で、少し泥の付いた制服を脱がしにかかる。
この学校の制服は、中にパフスリーブ型の袖が膨らんでからキュッと閉じるタイプのブラウスを着て、その上から白い刺繍の入った黒いノースリーブワンピース型のといういかにもファンタジーなデザインだ。
更にこのワンピースの腰部には付属のベルトが付いており、最後にそれをキュッと締める事で正装となる。かなり凝った作りの制服だ。
制服の裾は少し短く、膝より少し上くらいか。前世ではずっと長めのスカートかパンツしか穿いて来なかったので少し落ち着かない。
私がこの新しく着ることになった制服の構造を今一度思い返していると、いつの間にか目の前にジト目のレーナが迫っていて一瞬ギョッとした。
もちろん抵抗しようと思ったが、耳元まできた彼女の吐息すら感じられる、艶やかな唇から聞こえた「大丈夫、私に任せろ」という一言で、頭が茹で上がり身を任せたくなってしまう。
まだ恥ずかしさはあるものの、慣れた手つきの女医に全てを任せ、暫くボーっとしている間に、気が付くとあっという間に診察が終わっていた。
もう服を着てもいいと許可を貰い、泥が付いた制服は洗濯に出す事にして、代わりに私服へと着替える。
その頃には私の心臓も大分落ち着き、冷静に私の診断書に何事かを書き込むレーナの横顔を観察する余裕さえ出来た。
そういえば、ひとつ医者であるレーナに確認しておきたい事があった。
「あの、先生? わたくし、先程魔力が全く使えなかったのですけど、何か分かりますでしょうか?」
「魔力が? ……ふむ、そんな話は聞いたことが無いが……まぁいい、少し調べてみよう」
やはりアミランの記憶にある通り、今まで普通に扱えていた魔力が突然使えなくなることは珍しいらしい。
今までそんな事は一度もなかったようだし、この体がそういった体質である訳でもないんだろう。
一度煙を大きく吹かし、何か道具が必要なのか、持ってきていた医療用バッグの中から何やら見慣れない小瓶を取り出して、中に入っている液体を飲むよう指示を受ける。
(これを、飲むの……!? そもそもこれって人間が飲んでいいやつなの!?)
軽く振ってみると、中に入っている青っぽい半透明の液体はどろりとかなりの粘性を持っている事が分かり、私は安直にもスライムというモンスターの体液を想起してしまう。
「大丈夫だよ、害はない。もしもあったら私が責任を取ろう。それでは不満か?」
うっ……ここまで言われたら飲むしかない。かなり、かーなり不安は残るし気持ち悪いが、覚悟を決めるしかない。ええいままよ!
「んぐっ……」
「よーし、じゃあ暫く横になってな。五分もすれば出てくるはずだ」
(出てくるって、何が!?)
言われた通りベッドに横になりながら、ほんの少しだけ後悔し始めた私を他所に、専属の女医であるはずのレーナは欠伸を噛みながらゆったりと煙草を吸っている。
そうだ、彼女はそういう人だった。
基本的に患者に寄り添うというよりは、自分の才能で身に着けた技術を試したがるマッドサイエンティスト的な部分があり、治す為というよりも好きな事をした結果人を治しているといった風情の、更に質が悪い事にそんな事をしても無自覚に人を虜にする魅力を持った業深な人物だった。
ゲームの通りの人間性に、私は呆れとも安心ともつかない溜め息を溢すと同時、体の奥深くから渦を巻く大量の熱がよじ登って来るのを感じた。
「うっ……うぐぅぅ……!」
「効果が出てきたか」
体の奥から溢れ出してきた熱が、出口を求めて私の体内で暴れ狂う。
中心から全身へと広がるように熱は大きくなり、少しずつ体への負担となり始める。
間欠泉のように次から次へと湧き出る熱。しかしその熱は微塵も体外へと出ることは無く、いつまでも体内で嵐のように荒れて私を苦しめる。
「……おかしい。どうして魔力が放出されない?」
(どうしてもなにも、こっちが知りたい)
その思いは声にならず、ただの呻きとして紡がれる。
遂には私はその苦痛に堪えきれなくなり、自らの胸を、髪を、体中の燃える様な熱に耐え切れなくなり掻きむしる。
「不味いな、直ぐに解毒を」
その言葉を頭の端で捉えると同時、僅かにだけ残っていた思考が安心を与える。
(よかった、直ぐに開放して貰える)
焦った様子で鞄の中を漁り、中身を全てひっくり返して探すその必死な女医の姿は、今の私から見ても冷静ではないなと率直に思えた。
焦りながらも何とか解毒剤を探し当てたレーナが、汗を顔中に滴らせながら私の傍へと来た。
それは先程同様小さな小瓶だったが、中身は無色透明で、先程の薬よりは安心感が持てそうだ。
「ぐっ……うがぁぁ……!」
だけど、少し遅かったらしい。
私は身の内から溢れる苦痛に堪え切れずにベッドの上で半狂乱で暴れ狂い、薬を飲めるような状態じゃない。
シーツは裂き破れ、体は少しでも苦痛を和らげようと意味もなく跳ねて暴れる。
苦痛のみが私の全てに塗り替わってしまうと、そう思った瞬間、唇に何か柔らかいものが触れた。
「さぁ、飲んで」
口内へと送られたなにかを飲み込むと、先程の苦痛がまるで夢だったと思う程、あっさりと正常に戻った。
冷静になった思考で周囲を伺うと、目の前には口許からひと筋の液体を垂らしたレーナと目が合った。
「どうやら間に合ったみたいだね。緊急事態だったとはいえ、レディの口許に触れたことは謝るよ」
間に合った? レディの口許に触れる……?
意味を理解すると同時、私は遂に限界を超えて気絶した。
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