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8 母性強すぎですわッ

 暫くその場で蹲り泣いた後、我に返って自分のしでかした事に恥ずかしくなり、別の意味で顔を伏せていた。


(どうしよう、昔いじめてた男の子に助けられて泣いちゃった……)


 そう、先程まで複数人から暴行されていた私を救ったのは、何を隠そうアミランが拗れるきっかけとなった少年、イドリス・ランプブラックだった。

 彼は颯爽と私を助け出して、現在も状況を何となく察しているのか決して近付いて怯えさせたりすることなく、一定の距離を開けて私の経過を診てくれている。


「あ、ありがとうございます。助けて頂いて……」


 そこでまだお礼を言っていない事に気が付き、私は極力相手の顔を見ないようにしながらも何とか感謝を伝える。


「別に構わない。俺が助けなくとも、貴様ならその人外染みた魔力で何とかなっただろう」


 付け放すような物言いに、私は一瞬びくりと体を跳ねさせるが、イドリスの取る態度はアミランがしてきた事を思えば当然なので、深呼吸をして落ち着かせる。


 それより、彼が言うように本来であればアミランは人類最高峰とも言える魔力量を持っているのだが、私は先程の恐怖からなのか転生の影響か、理由は分からないが魔力を使う事が出来なかったのだ。


 その事を口どもりながらもイドリスに伝えると、怪訝な顔をした後に一瞬だけ、罪悪感とも取れる表情を浮かべてから小さく「すまなかった」と口にした。

 いったい何に対する謝罪なのかは分からないが、それを言うならこちらの方だろう。


 かつては凄惨な行いを彼に強いていた私は、落ち着きを取り戻した呼吸と、どうにか立てるようになった膝に力を入れて、自分なりに誠意のある態度で彼と向き合った。


「イドリス・ランプブラック様。この度は危ない所を助けて頂き、心より感謝いたします」


 緩やかに制服のスカートの両端を摘まみ、軽く膝を折りカーテシーの礼を取る。


 彼は手で顔を覆い、瞑眩した様子で数歩分ふらつくが、構わず私は続けて言葉を掛ける。


「それと、許してくれとは言えませんが、かつての事は本当に申し訳ございませんでした」


 佇まいを正し、恐怖に負けそうになるがそれでも相手の顔を真っ直ぐに見つめ、心からの謝罪をする。

 かつてアミランが彼にした行いは「私」には関係の無い事ではあるが、今の私はアミランなのだ。ならばかつての行いから目を背けるのは違うと、先程薄れゆく意識の中でそう思った。


「今更……そんな事を言われても、もう過去は変えられない」


 その言葉に、分かっていた事とはいえ少しだけ落ち込んでしまう。

 ただの一度の謝罪で、あれ程心身に傷を負ったイドリスの心が晴れる事はないと分かっていた。しかしそれでも、この少年の気持ちを少しでも楽にしたいと、そう思ってしまう。


「……変わってなどほしくなかった」


 ボソッと呟かれるようにして言われた言葉の意味が分からず、暫し呆然とする私。

 そんな私の顔を見て、またしても大きな溜め息をひとつ吐くと、話題を変えようと咳払いを挟んでから、イドリスがある一点を見つめて語る。


「まぁいい。それに今回の事はある人に頼まれただけで、貴様に感謝される筋合いはない」

「ふぇ?」


 言われた意味が分からず、こてんと小首を傾げる。

 そんな私を見て、何故か驚いた様子で大きく目を見開き、その後疲れたように右手で顔を覆い愁いを払うように上を向く。私の後方へと空いた左手である場所を示しながら。


「ど、どうも」


 彼の指差す方向……つまり私の後方に体を反転させて視線を移すと、そこには見覚えのある、灰色の少女が物陰からひょっこりと半身でこちらの様子を伺っていた。


「あの御令嬢が貴様を助けて欲しいと俺に声を掛けたんだ。礼をしておけ」


 どうやら自分の存在がばれていると気付き、あわあわと可愛らしく驚いた様子を見せてから、恐る恐るこちらへと歩いて来る灰色の少女。

 忙しない様子で私の傍に来ると、まだ拙い、覚えたてと分かるカーテシーで、慌てて挨拶をした。


「は、初めまして。ユリ・イハ……じゃなかった。ユリ・ビーラスと申します」


 上目遣いにこちらを見つめ、ぷるぷると震える両手でスカートの端を摘まみながら上擦った声で名前を名乗る灰色ゆるふわボブの可憐な少女。私はその顔も名前も、遥か昔から知っている。


 見覚えがある。だがアミランの記憶ではない。前世で見た私の記憶だ。


 彼女はこのゲーム、【VIBID LOVER】のヒロインにして、チート能力を持つ主人公だ。


 今はまだその力は片鱗程度しか使いこなせていないはずで、その証拠に未だおどおどした雰囲気のまま、私を助ける方法として直接ではなく、イドリスに助けを求めた事からもそれが分かる。


「わたくしは、わたっ、くしの名前は……」


 名乗られたからには、貴族として自分も名乗り返さなくてはならない。

 なのにどうしてだろう、彼女の顔を見た途端、涙が溢れて言葉が出ないのは。


「わたくしの名前はアミラン・ヴァイオレットですわ……うっ、うわぁーん! 助けてくれてありがとう、ユリぃぃ!」


 主人公に会えた事、彼女に攻略して貰わなくては生き残れない事、死にそうなところを助けて貰った事。

 そんな様々な感情が一気に押し寄せ、私は恥もなくその場でユリに抱き付き赤子のように泣き続けた。


「よしよし、もう大丈夫ですよ」


 何この娘、母性強すぎ……!?

読んでいただきありがとうございます!

少しでも面白いと思って頂けたら『いいね』『ブクマ』『誤字報告』などよろしくお願いします!

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