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7 黒「誰だお前は?」

 学園へと入学して早三日。俺は許可を貰い、ここ数年間を費やし身に着けた()()を左の腰に差して広場脇の通りを歩いて居た。


 すると校門の方から、見慣れぬ令嬢に先導された、今はもう疎遠となった忌まわしい女が入学から初めて登校してきているのを確認した。


「相変わらず、やりたい放題やっているようだな」


 思わず口を付いた言葉に自分で驚き、慌てて口を塞いで周囲を見回す。

 誰にも見られていなかったと分かると一息だけ呼吸を挟み、意識を切り替えここ数年で培った己の誇りを思い出し冷静になる。


 俺は、あの女(アミラン)が嫌いだ。


 物心が付いたかどうかという頃に、俺は気が付くと奴の後ろに居た。

 最初は強く憧れ、尊敬していたと思う。


 あらゆるセンスを持ち合わせず、人並みにこなすことすらできない天才的な要領の悪さを持っていた幼い少女が、それでもひたむきに努力し続ける様は、月並みであろうか、素直にかっこいいと思った。


 あの時の俺には、何もなかった。そんな幼いガキに頑張ろうと、同じくらい努力をしようと影響を与えるだけの何かを、奴は確かに持っていたんだ。


『ねぇ、アミィはどうしてそんなにがんばってるの?』


 幼い日の、俺の言葉だ。


『わたくしたち貴族はね、いろんな人を守らなくちゃいけないのよ』


 何も分からないガキに対して、アミラン・ヴァイオレットが優しく語りかけた言葉。

 この言葉は、当時の俺にはよく意味が分からなかった。


 それでも、誰かを守ると、背負うべき者がいるのだという事だけは何となく分かり、今にして思うとおぞましい事だが、この言葉をくれた彼女を守る存在になりたいとさえ思っていた。


 それからは彼女に会う為に毎日のように屋敷へと行き、家の帰るとそんな彼女に負けないようにと己を必死に鍛えた。

 勉学、礼儀、スポーツ、剣術に魔法と、貴族に必要なものは全てやってきた。


『わたくしなんて大したことないってこと!?』


 少女の為に身に着けた力を自慢したくて、俺はその時の奴の顔色を見る余裕もなく成果を誇らしげに語った。

 コンプレックスの塊であり、劣等感を何よりも嫌う自尊心の高いアミランを怒らせるには、それで十分だった。


 その日を境にして、彼女は変わってしまった。

 それでも俺は、彼女の人を思いやる心を知っている。本来は思慮深く、自分にも他人にも厳しいが、それは他者を思いやるからこそだと信じていた。


 だがそれも歳が十の頃には粉々に打ち砕かれ、俺の中でのアミランは死んだ。


 屋敷に行く事は無くなり、社交界の場で顔を合わせる機会はあるが、お互いに目を合わせることもなく、当然言葉を交わすこともない日々。


 俺は、奴を恨んだ。心の底から奴が憎いと思った。


 もう二度と恐怖を与えられることがないよう、今までの比ではないほどに己を鍛え上げた。

 そして俺は原色の黒の力を覚醒させ、ランプブラック家でも稀代の天才と謳われる実力を身に着け、今に至る。


 だが何故だろうか、今更になって、奴との記憶をこれ程思い出すのは。


「あ、あの! 助けてください!」


 物思いに耽っていた俺の思考は、その言葉で離散する。


 必死の形相で走り寄り助けを求めてきたのは、灰色のボブカットの髪と、同色の瞳を持った小柄な少女だった。

 聞くと、どうやら先程あの女が向かった先で何かトラブルが起こっているらしく、学園内では珍しく腰に剣を差している俺に助けを求めたらしい。


 正直、あまり乗り気がしない。

 鍛えた力で人を助ける事は誇らしいし、公爵家としても下々の者たちを助け導くという義務もある。


 だが、渦中にいるのはあの女だ。どうせまたくだらぬ因縁でも吹っ掛けつまらない争いでもしているのだろう。

 関わるのが億劫だと思うのは仕方ない。


 それでもこうして助けを求められたからには、無視する訳にもいかない。重い足を引き摺る心地で、現場へと向かう。

 もしも助けを求めたのが見るからに荒事に慣れていない純朴そうな少女でなければ、昔の事を思い出し、ほんの僅かでも奴がかつてのような高潔な精神を取り戻してくれればという希望がなければ、決して俺は動かなかっただろう。


 自分の中にある仄暗い感情に嫌気が差す。


 そして向かった現場でその光景を目の当たりにした時、俺は更に暗く、正体も分からぬ感覚に全身を支配された。


「ハハッ! 良いざまね、アミラン・ヴァイオレット!」


 先程あの女を連れて歩いていた薄茶色の髪の令嬢が、何やらけたたましく叫びながら、かつての高慢さを感じさせぬ……それこそ幼子のように泣きじゃくる紫の少女の髪を引っ張っていた。


 何もできず、ただその場に蹲るだけの少女を囲み、三人の令嬢と一人の令息が責め立てる。

 少女らはその紫の令嬢を文字通り足蹴にし、時には苛烈に頬を打ち据える。


 俺の脳内は、あまりにも陰惨な光景を見たことに対してか、それとも渦中で弱々しく頭を垂れて涙を流す少女の予想外過ぎる様相に対してか、完全に停止した。


 子供の頃に幾度となく目にし、今でも容易に瞼の裏に浮かぶあの傲慢を絵に描いた令嬢が、何の力も持たぬ同級生に囲まれ、哀れな少女のようにはらはらと涙を流している。


 俺は、胸の内に燻る強く暗く重い感情に火が付くのを感じた。


 かつての面影などなく土に塗れるアミラン。何があっても他者に媚びず、高いプライドを持って何事にも挑むアミラン。

 そんなよく知る女が、かつてと真逆の状況を作り出し地に伏している。


 ――あぁ、なんて(ザマァ)だ。


 物陰に隠れたまま、俺は身の内に巣食う感情に体を支配され、恍惚の表情で現場を見つめる。


 少女らがアミランを囲み、少しでも逃げる素振りを見せると叩き動きを封じる。


 普段の俺であれば、この状況があり得ない事だと気付けたはずだ。

 あのアミラン・ヴァイオレットが反撃しない所か、一切魔力を使う気配を見せないことなどあり得ないという事に。


 だが俺は冷静ではなかった。


 胸の奥より溢れる感情に身を支配され、視線は固定されたように現場に釘付けとなり思考が出来ない。

 全く動かぬ体がようやく動き出したのは、俺の公爵家として培った責任感と、戦士としての勘が警笛を鳴らした時だった。


 遂にアミラン・ヴァイオレットがその身を横たえ、呼吸が一切できていない事が原因で意識が途絶える寸前、虚ろな目が俺と合った時、俺は一体自分が何をしていたのか、訳が分からなくなる。


「そこで何をしている」


 何をしている、は俺だ。早々に現場に付いていながらいつまでも物見遊山で介入しなかった俺だ。


 腰に剣を差し、公爵家である俺の顔に見覚えがあったのだろう令嬢たちが、蜘蛛の子を散らすように大慌てでその場から消える。

 まだ早朝のうちからこんなことをしていた者たちだ、浅慮なのは言うまでもないが、顔を見られたにも関わらず何のフォローもなく黙って去るとは、本当に救いようがない。


「……大丈夫か?」


 振り返り、倒れたままだがどうにか意識はあるアミランに、数瞬俺は声を掛ける事を躊躇った。


 俺のよく知る彼女であれば、どうせ声を掛けた所で「余計な事を」「恩を着せたつもりかしら」などと言って、感謝どころか侮蔑の言葉を浴びせるからだ。


 だが、これはいったいどういう事だろうか。


「うぇぇぇぇん! イドリィ、怖かったよぉぉぉ!」


 その場にぺたりと腰を下ろし、両手で溢れる涙を掬い取りながらかつてのように俺の名前を呼ぶその女は、俺が今まで一度も見たことがない、何とも少女然としたか弱き乙女のようであった。

読んでいただきありがとうございます!

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