6 初登校ですわッ
※いじめ行為やそれに伴う発作の描写があります。
馬車に揺られること役ニ十分。私は三日ぶりとなる学園の門前に立っていた。
通常、学園に通う生徒は例外を除き皆隣接された寮に入るのだが、まだ私の記憶が戻る前のアミランが、『こんな狭くて汚らしい豚小屋に三年……? 呆れを通り越して卒倒しそうですわ』との事で激アマな両親が快く王都の別邸に住む許可を出したのだ。
流石は王国の六大貴族、原色のひと柱というか。どんな要望でも押し通せてしまう辺りにヴァイオレット家の闇を感じなくもない。
兎も角、私は今日が初登校だ。周囲から何故か異常に見られている気がするが、気にしないよう努め、気合を入れる為に一度深く深呼吸を挟み、校舎へと向かう為に一歩目を踏み出した。
「あの、アミラン・ヴァイオレット様ですよね?」
二歩目を踏み出す前に、横合いから声が掛かり即座に歩みが止められてしまった。
声を掛けてきたのは見覚えのない、どこかの貴族家の令嬢らしい。
後ろには友人だろうか、心配そうな面持ちでこちらの様子を伺っており、どうやら三人の中で今話し掛けて来た子が代表として名乗り出たようだ。
「……えぇ、そうですわ。わたくしがアミラン・ヴァイオレットで間違いありません」
この三日間で記憶を引っ張り出し、お嬢様言葉はマスターしている。元のアミランと遜色のない程度には話せているはず。
「少し、来てもらえませんか?」
ん? なんだか少し違和感があるけど、まぁ用事があるというのなら邪険にするつもりはない。私はニューアミラン。今までの悪役ムーヴは決してしない、品行方正な令嬢なのよ。
先に話し掛けて来た令嬢、名前を聞いていないので仮に薄茶髪さんと呼ぼう、が私の事を先導し、後ろで見ていた二人が距離を置いて付いて来る形でどこかへと進む。
まだ朝礼には余裕があるが、あまり遠くに行かれて間に合わないと困る。焦れてきた私は目の前の少女に目的地を問う。
「あの、いったいどこまで行かれるのかしら?」
私が声を掛けると、丁度目的地に着いたのか、立ち止まって周囲を見渡し、何かを確認してひとつ頷くと私の方へと振り返った。
「アミラン様。少し目を瞑っていただいてもよろしいですか?」
「……? ええ、構いませんけれど……?」
なんともおかしな頼みに、全く意図は理解できぬまま、ただ言われた通りに目を閉じる。
そのまま何が起きるでもなく数秒の時が経ち、やっと周囲に動きがあったと気配で察した頃に、次の指示が届く。
「もう開けて頂いてもよろしいですよ」
「いったいなんなのですか……ひぃぃ!」
瞼を開き最初に映ったそれは、私が予想だにしないものだった。
私の目と鼻の先、体を少し前に倒すだけで触れられる距離に、男性が居た。
何が起きたのか分からず、その場で腰を抜かして、貴族の令嬢とは思えぬ声を上げて間抜け面のままぺたりと地面に座り込む。
「アハッ……! アハハハハハッ! こいつ本当に男性恐怖症だったのね!」
激しく動悸を刻む胸を両手で押さえながら、私は真っ白な頭で声の聞こえた方向へと無為に顔を向ける。
そこには先程の薄茶髪の令嬢が嘲笑に塗れた顔で高笑いを上げ私を指差し、さも楽しそうに腹を抱えていた。
苦しい、怖い、息が出来ない。
やがて先導者の少女が高笑いを止め、一瞬でゾッとするほど冷たい相貌へと切り替えると、真っ直ぐに私に歩み寄り、それが当然と言わんばかりの躊躇の無さで私の頬を打った。
「よくもまぁ、私の前に顔を出せたな、お前」
ただでさえ酸素が不足している脳内に、痛みという新たな刺激が訪れたことで、昔の記憶がフラッシュバックし、ある日の光景を脳裏に描き出す。
それは今から数年前、ヴァイオレット家で行われたお茶会の時。
この薄茶髪の子の名はベティ・ランバッド子爵令嬢。アミランが公衆の面前で辱めた少女だ。
この時のアミランはいつにも増して機嫌が悪く、そんな折にタイミング悪くマウントを取ろうとし、逆に徹底的に叩き潰された哀れな少女だ。
その日のお茶会はまるで地獄のような空気へと移り変わり、定期的に会うように仕向けたアミランが取り巻きを使った嫌味や嫌がらせを執拗に行い続けた。それ以来少女が屋敷に来訪する事はおろか、名前を聞く事すらなくなったのだった。
(そんなこと言われても、あの時のアミランは私じゃないし……!)
明滅する思考の中、私はただ救いを求めた。
「ハハッ! 良いざまね、アミラン・ヴァイオレット! ほら、ホークももっとこっち来てこいつをもっと怖がらせなさいよ!」
「いやぁ、俺としては居るだけでいいって言われたから付いて来ただけなんですがねぇ」
私の方へと、ホークと呼ばれた男子生徒を更に近付け恐怖心を引き出そうとするも、件の少年はあまり乗り気ではないらしい。
それでも顔を見て声を聞くだけで、今の私はもうパニックへと陥るので、勝ってかもしれないが出来る事なら視界の外まで離れて欲しい。
だがここまで用意周到な少女がそんな事を許すはずもない。三人の少女はそれぞれ私を取り囲むように立ち塞がっており、私が苦肉の策として少年から視線を外そうとすると叩く素振りを見せ、反射的に元の場所まで視線を戻す徹底ぶりだ。
「ハァ……ハァ……」
「流石に拙くないですか? このままだと死にそうですよ」
「ハハッ、いいじゃない。男性が怖くて死ぬなんて、貴族の令嬢として一生の笑いものだわ」
このままだと一線を越えると思ったのか、ホークが私の元から一歩後ろに後ずさったが、ベティがそれを許さない。
さっと少年の背後へ回り、それ以上後ろへ行かないようにするどころか、ぐっと押して更に前へと押し出し距離を近付けた。
再び目の前まで迫る男の顔に、私の意識はとうとう限界を迎えようとしていた。
外聞を気にする余裕すら疾うに無く、体を支えるだけの力すらも抜けて胸を抑えたまま無意識に横倒しで倒れ込む。
呼吸は既に意味を成さず、嗚咽で更に酸素が不足していく。
――あぁ……私、死ぬ……。
「そこで何をしている」
そんな声聞こえ、私は失神する直前の幻聴だと思った。
だけれど涙でぼやける視界の端に、黒い少年が映ったのを見て、それは幻なんかじゃないとハッキリ分かった。
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