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4 最推しですわッ

 私が思い出したアミランの記憶は、充分過ぎる程に同情の余地があるものだった。


 生前に彼女をゲームで見た時には、努力なんてしたことがなくて、生まれた時から我儘放題の完全無欠の悪役令嬢だと思っていた。

 だが実際には、物心ついた頃から貴族としての責務を全うしようと努力を重ねる、志高い貴族の令嬢然とした純粋な少女だった。

 

 確かにイドリスにした仕打ちは相当酷いし、その点に関して言えば子供のしたこととはいえ許される事ではない。


 私はこの後にほんの少しでも救いがあると信じて、更に記憶の奥深くへと沈み込んでいった。



 ……



 結果から言うと、アミランに救いはなかった。


 魔法の技量は一切上達することは無く、勉学においても身になることは無かった。

 それならばと、新たに何かを初めて見ても、悉くにセンスがなかった。


 教養の類は右から左。全く覚える事が出来ず、自棄になりながら剣を握ってみても令嬢の細腕では構えすら碌にとれない。


 失敗や挫折を繰り返す毎に、周囲への当たりは強くなっていく。十二歳になった時には私のよく知る傍若無人な悪役令嬢として完成していた。


 その原因の一つに、両親の過保護や過剰なまでの甘やかしがあるだろう。

 アミランが何をしても凄い、流石だと全肯定し、メイドの悪口を言えば翌日には解雇されているほどだ。

 これは正直、アミランでなくとも増長するだろうと思う激甘さ加減だ。


「ふぅ……」


 記憶を掘り起こした疲労と、これからの未来への憂鬱さで、私はもう何もする気が起きなくなってしまった。

 今日は色々な事がありすぎた。さっきまで気絶していたが構わず襲い来る強い睡魔に襲われて、そのまま抗わずに眠りに就くことにした。


「どうしよう……アミランの人生過酷すぎ……」


 明日、クリヘムに頼んで暫く休学させてもらおう。

 入学初日から休学とは、幸先の悪さに我ながら呆れてしまう。


 ベッドへとぽすんと倒れ込み、予定とも言えぬ予定を頭の隅に思い浮かべながら、私はそのまま眠りに就いた。



 ―――――――――――――――――――――――



 翌日、私は目覚めて直ぐに医者に診てもらう事になった。

 どうやら家に直接招いたようで、私は昨日の発作の事を思い出して診察なんて出来ないと抗議した。

 今の私の肉親であるクリヘムが近くに居るだけであれなのだ、一切見知らぬ中年の医者に体を弄られると思うと、それだけで呼吸が止まりそうになる。


 だが心配は杞憂だった。


「初めまして。アミラン様の担当医となりました、レーナ・イゲールと申します」


 白衣を纏い現れたその女性は、ゆるりと紫煙をくゆらせる、まだ年若そうな聡明な目をした女医だった。

 彼女の名前はレーナ・イゲール。十代後半という異例のスピードでここ王都での医師免許を認められ、二十代半ばにして王立学園のお抱え専門医の狭き門を勝ち取った天才医師だ。


 その腕は王国中の医師が認める程で、彼女の出した論文は医学界に革命を起こしたとまで言われている。


 なぜここまで知っているか? 答えは簡単、彼女は原作の主要キャラだからだ。


 本来であれば、私たちが通う学園の専属医の一人として登場し、何かと怪我をする主人公を陰ながらサポートしてくれるお助けキャラだ。

 若くして医者というエリート街道を爆進し、偶に見せる哀愁漂う煙草を吹かす様など、うら若き乙女たちから大人気で、攻略キャラよりレーナ先生を落としたいと無垢な少女たちに深い業を背負わせた罪深キャラでもある。


「先日、医務室に殿下とクリヘム様が血相を変えていらした時はかなり驚いたものですけど、どうやら思ったほど深刻ではなさそうですね」


 何故居るはずのない主要キャラがここにいるのか考えていたら、向こうから答えを教えてくれた。


 どうやら私が倒れた後、クリヘムとブランがどうするべきかを話し合い、医者に診せるにしても男性が近寄るのは良くないと判断し、手近な腕の良い医者としてレーナを頼ったらしい。


 や、実際ありがたいんだけどね、でもこう心の準備というか、私の初恋の人がいきなり目の前に現れると心臓に悪いというか……。


 そうだ、なにを隠そうこのレーナ・イゲールは、原作ゲームでの私の最推しキャラなのだ。


 完全に思考が停止した私の目の前に、綺麗なヘーゼル(薄茶色)の瞳が映る。

 ベッドに座る私の眼前まで身を乗り出し、煩わしそうに自らの長い茶髪を耳に掛ける仕草が私の心臓を意図せず酷使させる。


「熱……かな。顔が赤いし目も充血してる」


 大人の色香を漂わせながら、私の事を(つぶさ)に観察しながら一人ぶつぶつと何事かを呟いている。

 私としてはそれどころではなく、今までは画面の外から見つめるしかできなかった初恋の相手が自分を見ている事や生きている事を実感して半ばパニックだ。


 どうにか平常心を保とうと、違和感を与えない程度に呼吸を深くし、無心を心掛けていると、診察が終わったのか、いつの間にか部屋の入口まで来ていたクリヘムと話し、部屋を後にした。


 部屋に入ってきたクリヘムは、一定以上私の傍に近寄る事無く、ある程度の距離を置いて診断結果を伝える。


「どうやら倒れたのは貧血によるものらしい。それと……」


 あぁ、彼が何を言い渋っているのか、何となくだが分かる。


 恐らく……いや確実に、私は男性恐怖症だろう。


 昨日の段階で凡その予想は出来ていたが、現代の医者にも匹敵するレーナがそう診断したのであれば、確実と思っていいだろう。


 そして父の口から語られたのは、私の予想を全く裏切らないものだった。


「パパ、お願いしたい事がございます」


 以前のわたくしの口調を心掛け、出来る限り違和感のないように話す。


「暫く学校をお休みさせていただけますか」


 私、引き籠ります。

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