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3 本当の姿ですわッ

 あの後部屋でひとり散々に泣き喚き、落ち着いてからこの先どうしていけばいいのかを考えた。

 まず初めに、アミランとしての記憶の整理だ。


 転生してまだ間もない私は、記憶の混濁に整理が付いていない。

 そこで私の前世である柴織の記憶と、今のアミランの記憶を正しく把握しておく必要がある。


 記憶の奥へと潜り込み、まず初めに思い起こせるのは褒められた記憶。

 物心ついて直ぐ、常人を遥かに凌駕する魔力量を持っている事が分かり、両親と兄が喜んでいた時の事だ。


 この時のアミランはとても健気で、この力でパパみたいに民を救うという言葉まで出ていた。

 毎日魔法や勉学などに打ち込み、まさしくその姿は高潔そのものだっただろう。


 だが、運命は残酷だった。


 途轍もない魔力と、幾億万人を魅了する美貌を持って生まれた少女は、それ以外の一切を持ち得なかったのだ。

 魔力は多いが魔法の技量は全くと言っていい程伸びず、必死に勉強をしても翌日には頭から消え去ってしまう。


 それでもいつかは実を結ぶはずだと、己を奮い立たせて身を削り続けた。

 そんな生活を続けていると、二人の少年と知り合う。


 一人は先程見た第三王子のブランで、もう一人は公爵家子息のイドリスだ。

 彼らとは本当に小さい頃からの仲で、特にイドリスと親しくしていた。


 自らの婚約者である王子は、その身分もあってあまり接する機会に恵まれない。そうなると自然とイドリスと共に過ごす時間が多くなる。

 幼馴染とも呼べる彼は、気が強く他を引っ張り、更に努力家のアミランによく懐いた。


 少年は毎日のようにアミランの屋敷に訪問しては、逆立ったアホ毛を犬の尻尾のようにぶんぶんと振りながら、いつも後ろを付いて回っていた。

 アミィアミィと、尊敬と親愛の混ざった眼差しで見つめる少年が、アミランは存外気に入っていたらしい。


 だがそんな日々も、徐々に壊れ始める。


 あれは八歳の頃だっただろうか、いつものように勉強と魔法の鍛錬を終え、イドリスが屋敷に来た時の事だ。

 その日もアミランは何の成果も得られなかったことに対するストレスを抱えたまま、無邪気な少年と接したことが間違いだった。


「アミィはいつもがんばっててえらいね! ぼくも見習わなくちゃ」

「そんな事はないわ。イドリィもいつもがんばっているもの」


 それは、何でもない、ただの日常の会話でしかなかった。


「うん! ぼくもすぐにアミィに追いついてみせるよ!」


 だがそんな何気ない言葉が、コンプレックスを抱え続けた少女の起爆剤だった。


「……ってこと……」

「ど、どうしたの?」


 俯き小さく少女が呟く。


「……いしたこと……いってこと……」

「あ、アミィ……?」


 真っ赤にはらした顔を上げ、目尻を吊り上げたアミランが叫ぶ。


「わたくしなんて、大したことないってこと!?」


 驚き狼狽する少年へ、尚も凶弾し続ける。


「わたくしだって必死にやっていますのに! なぜあなたは直ぐにわたくしを追い抜くの!?」


 少年は知らなかった。目の前に居る少女にいつも話している自分の成績を。

 それはアミランから見ると喉から手が出る程欲しているもので、それをイドリスは容易く摑み取っていた事を。


「だいたい、なぜいつもいつもわたくしのところに来るの!? 邪魔をしている事が分からないの!?」


 遂には限界を超え、自らの要領の悪さを他人へと押し付けた。

 もしもここで自らの発言を顧みて、冷静さを取り戻せていたのならばどれ程良かっただろうか。


 だがそんなたらればは起こらない。過去は変えられない。

 良くも悪くもプライドの高いアミランは、自らが吐いた唾を飲むことは決してないのだ。


「……ごめんなさい」


 まだ幼く、経験の浅いイドリスには謝罪をする事しか思い浮かばず、怒られた、謝ったという事実だけを確かに受け止める。

 その日は直ぐに家に帰り、暫くの間侯爵邸へは行かなかった。


 それでも二人はまだ子供。数日も日を置けば何事も無かったかのように過ごせると少年が考えるのは自然な事だ。

 ひと月もしない内に再度屋敷を訪れた少年は、無情にもまたしても打ちのめされる事となる。


「なにか手伝いたいと仰っていましたね、ならそこに立ってくださる? 的になって欲しいの」


 イドリスが来て早々、庭へと暴力的に手を引き連れ出すと、一点に立たせてそう言う。

 言われた当人は流石に冗談だろうと、半ば願うような気持で聞き返すが、帰って来るのは非常な台詞のみ。


「あら、嫌なんですの。なら用済みよ、わたくしの視界から消えてちょうだい」


 その時初めて、アミランは隠しきれない侮蔑の眼差しを少年に向けた。


 他者から初めて向けられる明らかな敵意。それも最も親しい人物からの蔑みは、小さな心と体では到底受け止められるものではなかった。


 それから三十分程、小さな少年が動かぬ案山子を演じていると、血相を変えた侯爵家のメイドが慌てて駆け寄ってきた。


「アミラン様!? 一体何をなさっておられるのですか!?」

「見ればわかるでしょう。案山子を使った魔法の練習よ」


 その言葉に、メイドはこの世のものとは思えないものを見たかのようにギョッとし、直ぐに説得をしようと子供の目線にまで膝を折り、優し気な声で諭す。


「アミラン様、イドリス様は案山子ではなく、貴女様のご友人です。危ない事ですので今すぐお辞めになってください」

「お前はわたくしの言う事を否定するのか。ならもう要らない」


 それから程なくして、そのメイドは侯爵邸から姿を消した。


 イドリスはその後も、いつかアミランが昔のように戻ってくれると信じ、ボロボロになりながらも毎日のように屋敷に通い続けた。


 だが二人の年齢が十になる頃、侯爵邸でイドリスの名前を聞く事は無くなった。






 ……なにこれ。

読んでいただきありがとうございます!

少しでも面白いと思って頂けたら『いいね』『ブクマ』『誤字報告』などよろしくお願いします!

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