23 いい雰囲気ですわッ
ダリアたちクラコンの事情聴取を終えてから、今回の正式な療養期間が告げられた。
なに、大したことは無い。たったの一週間だ。今までの引き籠り期間を思えば少し増えた程度だ。
「私、いつになったらちゃんと学校行けるんだろう……」
「何か言いましたか?」
「……いえ、何でもありませんわ」
現在居るのは私の自室。もうすっかりベッドの心地が体に馴染んだ私の側には、いつもの眩く輝く銀ではなく、灰の髪の少女が居た。
ぼそりと呟いた私の心の声は何とか聞こえなかったようだが、今現在では最も気を張らねばならない人物が直ぐ傍にいる事で緊張感が抜けない。
「何かあったらすぐ言ってくださいねっ! わたしに出来る事なら何でもお手伝いしますから!」
こんなことになったのも、全てあの素敵でマッドなサイコ女医の所為だ。
『そうそう、今の治療法だと彼女の魔法が一番効率良いから、暫く通うように言っておいたよ。なぁに礼には及ばないさ。これも医者の務めだよ』
うん、これ絶対何か察してわざと私とユリを近付けてるよね。
兎にもそういう訳で、この一週間の療養期間中は放課後にユリが屋敷を訪れて治療してくれている。
更に今日はその最終日で休日。最後の仕上げとして一日泊まり込みで治療という名の女子会を開いているという訳だ。
今はまだ朝早い時間で、特にする事も無いのでずっとベッドでゴロゴロしている。そこの銀髪メイド、いつもそうだろとか言わない。
手持無沙汰の中でも、ユリは懸命に私に話し掛けてくれる。
私が休んでいる間での学校での様子だとか、街でこんなことがあっただとか、本当に健気に話し掛けてくれる。
私は枕を抱きしめたままそれを「うんうん」とただ聞いているだけで、時々ベッドの反対側に居るリリアが話を広げる為に喋るのを首を回して見たりもするが、変わった事のない、平和な時間が過ぎる。
やがて気が付くと外も暗くなり始め、全員でお風呂に入ろうとユリが提案してきた。
いきなりの事に僅かに驚きつつも、特に断る理由も無いので揃って浴場へと移動する。
三人で連れたって脱衣場で衣服を脱いで行き、三人で洗い場へと向かう。
「……リリアさんは何でここに?」
最低限の貴族の流儀すら覚えさせてもらえていないユリが、この場にリリアが居る事について当惑している。
しかしこの場においてはごく自然な事だ。貴族とはもっぱら貴族で、お風呂においても自分で身体を洗う事も無い。
「当然の仕事です。私はアミラン様の専属侍女ですので、いつもこうして身の回りのお世話は全て任されております」
何を当たり前な、と言いたげな表情で語るリリアに続いて、何もおかしい所が無いので私も追随して頷く。
それを少し上擦った声で「へ、へぇ……」と返し、もうこちらに意識を向ける事なく体を洗い始める。
いつも通りに手際よく洗体が終わった頃にはユリも大方洗い終えていたので、リリアに先んじて二人で大浴場と遜色のない湯舟に腰を下ろす。
「わぁ、大きいお風呂……いつもこんな広いお風呂に入っているんですか?」
「そうね。こんなにも広いと、偶に寂しく感じる事もあるけれど、足を伸ばせるのは心地いいわ」
湯に体を浸しながら、中央に置いてある湯を噴き出す像を見つめながらユリが感嘆の声をあげる。
実際前世の基準から見てもここのお風呂はかなりの広さで、いつもリリアと二人で入るのが申し訳なく思えるほどだ。
目を輝かせながら周囲をキョロキョロと見回すユリの姿が可愛らしく、私は出来るだけはしたなく見えないよう口許に手を添えてクスクスと笑う。
「む! アミラン様、今わたしが子供みたいって思ってますね!?」
「ふふ、思ってるわよ? 凄く可愛らしくて素敵よ」
まさか肯定されるとは思っていなかったのだろう、前向きな言葉を返されたユリがあわあわと湯を荒立てて、まさかこんな一瞬でのぼせた訳でも無いだろうに顔を赤くしている。
……これ、なかなかいい雰囲気では!?
突然降って湧いて来た生存の糸口に、意図してこの空気を作った訳では無いとはいえ、心の中でガッツポーズする。
「ほらユリ、そんな離れていては寂しいでしょう? もっとこっちへいらっしゃい」
「で、でででも! アミラン様!」
少し距離が空いていた所をズイと詰めながら、ユリの手を取りこちら側へ引き寄せる。
未だ慌てた態度から復帰していない彼女は、その場で視線を彷徨わせ、湯の水面のように波立った心境が手に取るように分かる。
「そのまま、動かないで」
彼女の両手を、体の側面だけ向けてグッと握る。
(……あれ、ここからどうしたらいいんだろ)
なんと、ここに来てこれ以上何をすればいいのか分からなくなってしまった!
目の前には、胸の前で私に両手を包まれた可憐な少女が細かく身を震わせて目を閉じている。
あ、これ、まさかキスする流れ!?
まだそこまでを考えていなかった私は、目の前に居る不安と羞恥に震えている少女よりも余程取り乱している。
どうしようどうしよう、これ、もう私がキスしないとダメな流れだ……!
緊張と焦り、更にお風呂で温められた私の脳内はもう沸騰寸前。
このままキスしなきゃ終わらないなら、すればいいじゃない!?
ただでさえ転生時に鈍くなった頭の、場の混乱も合わさり更に半分程度の思考力で出した結論に、自分でも驚くほど納得がいった。
決心した所で早速行動に移そうと、そっと片手を彼女の柔らかな肩に乗せ、私の唇を彼女の唇へと……
「何やってんですか貴様」
突然目の前が真っ暗闇に染まり、その行動は中断された。
「冷たァ!?!?」
私の視界を覆った物、それはひんやり冷やされたタオルだった。
いつもは髪を洗った後に頭に巻くタオルを今日に限って忘れていたらしく、それをリリアが被せてくれたらしい。何故か冷水に付けているが。
「ちょっと目を離した隙に何やってるんですか…… そんなにキスしたいのなら私がいつでもお相手致しますが?」
「い、いや、そういう訳じゃなくて、これはそのあれよ、なんかこうスキンシップみたいな! ただ流れ的にそうなっちゃっただけというか、別にそんな気はなくてねうんうん」
早口で捲し立てる私を訝しんだ目で見つめるリリアの目の何と冷たい事か。
しかし私の言っている事も嘘八百という訳でもないので、矛盾点を突けないメイドはそのまま押し黙る。
「それは良いのですが、そちらは放置していても大丈夫なのですか?」
言われて気付いた、ユリを放ったらかしだ。
私の言葉に傷付いていたりしなければいいが、言い訳の口上とは言えユリの事を何とも思っていないみたいなことも言ってしまったので不安になる。
しかしその面では全く問題なかった。何故ならユリは今の会話を全く聞いていなかったから。
「ユ、ユリィィ!」
羞恥や緊張や長時間の入浴でのぼせたのと相まって、様々な限界を迎えたユリはそのまま湯に浮かんで目を回し気絶していた。
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