21 知らない天井ですわッ
目が覚めると、そこは一面が真っ白の知らない天井だった。
「知らない天井ですわ……」
お約束の言葉を、すっかり板について来たお嬢様口調で声に出してから周囲を見回してみる。
ベッドは何の装飾もない簡素なもので、その上にあるシーツや毛布も全てが白で統一されている。
近くには医療器具が大量に乗せられたカートが置いてあり、否応もなくここが医務室のひとつであることを証明していた。
体を起こそうとしたが、何かに邪魔をされて起こせない。
その何かに視線を向けてみると、ベッド脇で右腕を抱えるようにして眠っている人物が目に入る。
「何してんの?」
「……」
私の動きを阻害していたものの正体は、顔を伏せて私の腕を枕にして眠っているメイドのリリアだった。
私が上体を起こそうとした時にピクンと反応したのは接触している腕が証明しているので、恐らく起きている。
「狸寝入りしてないでどいて欲しいんだけど」
「……心配しました」
未だ顔を埋めたまま、くぐもった声で返答になっていない言葉を返す。
そのいつもと違うしおらしい態度に少し申し訳なさが生まれてくるが、いつまでも同じ体勢でいるのも疲れる。
少々強引に彼女の拘束から腕を引き抜き、私も少し、らしくないなと苦笑しつつリリアの頭をそっと撫でる。
「ごめんね、心配させて」
黙って撫でられ続ける彼女に、出来るだけ優しく声を掛ける。
暫くはそのまま撫でられ続けていた彼女だったが、何を思ったかおもむろに顔をあげて立ち上がり、いつもの凛とした佇まいに戻る。
「いえ、アミラン様がご無事ならこれ以上は望みません。メイドですから」
「……目赤いし、腫れてるよ?」
恐らく彼女は、私の身を案じて泣いてくれたのだろう。
指摘すると瞬間、リリアの顔がその泣きはらした目と同じくらい赤く染まり、羞恥か怒りか、どっちかは判断できないがプルプルと震え始めた。
「き、気のせいです。ただ寝起きだからですよ。あーよく寝た、私朝は弱いんですよ。しかも花粉症もあるし、あとこのベッド清潔じゃないみたいで、埃が酷いですよほんと」
や、照れてるの丸わかりなんだけど。
それでもこれが彼女なりの照れ隠しなんだと分かると、いつもの仕返しをしたい気持ちも湧くが、今はそういう雰囲気でもない。
何より丁度リリアが立っている背後の扉から入室してきた人物を見て、私はメイドとふざけ合っている場合ではないと焦りを持つ。
「うちの病室が埃だらけかぁ。困ったなぁ、雑菌なんかが繁殖すると一大事だ。これは誰か手頃なメイドにでも大掃除を依頼するべきかな? なぁアミラン嬢、使い潰してもいい手頃なメイドを知らないか?」
折よく入室してきた、能面のように表情の消えたレーナを見て、私もリリアも時が止まったかのようにその場で固まる。
そんな私たちの姿を見て、尚もぐちぐちと言い募るサイコ医師が、私たちの表情を見回してからひとつ溜め息を吐くと呆れたような顔になる。
「はぁ…… 冗談も通じないのか? これくらいのことで本気で怒る訳ないだろう」
まさかのレーナの唐突な冗談に本気で焦っていた私たちは安堵の息を吐き崩れる。
らしくないうえ表情が本気すぎる彼女の冗談は心臓に悪い。
あまりの恐怖に私たち二人が身を寄せ合って震えていると、またしても大きな溜め息を吐いたレーナがスッと仕事用の顔に切り替える。
「今回の事は事件だ。顛末から説明すると、君は何者かに襲撃され腹部を刺された。その後ユリ嬢とブラン陛下が現場を発見。ユリ嬢の類い稀な魔法による応急処置の後、君はここに運び込まれた」
何者かに襲撃……?
どうやらホークが私を刺した事は発覚していないらしい。
これについては報告するべきか黙っているべきか。
数瞬悩んだ後、私は後者を選んだ。
「下手人について何か心当たりはあるか? 今のところ全く見当が付いていないそうだ」
「……いえ、前後の記憶が曖昧でして……」
私が黙っていようと思った理由は、正直自分でもよく分からない。
レーナにはああ言ったが、あの時の記憶はハッキリしている。
それでも黙っておく選択をしたことが正しければいいが、何故かここで全てを打ち明ける事は正しくないと、漠然と思ってしまった。
「……そうか」
何か言いたげな表情で居たレーナだったが、私が何も言わない事を察したのか、それ以上の追及はなかった。
それにしてもユリが回復の魔法を…… まだ完全ではなくとも少しずつ力が覚醒しつつあるらしい。
ユリのゲームでのスペックは、そのほとんどがサポートに特化したものだ。
彼女本人は前線に立って戦うタイプではなく、バフや回復といった要素で他の前衛キャラを支える役割を担っている。
後に更なる覚醒イベントを経てチート級の力を目覚めさせて行くが、それはまだまだ先の事だ。
「ところでアミラン、何か体に不調はないか?」
不調か……布団を捲り、入院着のような服を上げて刺された箇所を見てみても、包帯でグルグル巻きにされていてよく見えない。
力を入れてみると薄っすらと鈍い痛みがあるような気もするが、あまり激しく動かなければ大丈夫そうだ。それよりも私の腹部辺りをニヨニヨした顔でチラチラ見て来る変態メイドの目の方が気になる。
「どうだ、良ければ添い寝でもしてやろうか? 怪我をして直ぐ独りで眠るのは寂しいだろう?」
ニヤニヤと、今度は確実に冗談を言っていると分かる表情で私を揶揄いに掛かるレーナ女医。
あまりにも分かりやすい軽口に、何か気の利いたユーモアのある返しを考えていると、私と先生の間にリリアが立ち塞がった。
「何を仰いますか。先生はあくまでも医者。添い寝であればメイドである私の役目です」
唐突に荒唐無稽にしか思えない言葉を力強く宣言するメイドに、私は辟易した。
少し体勢をずらしてリリアの顔を覗き込むと、まるで仇敵にでも接するかのような形相でレーナを睨め付けており、困惑のまま私は成り行きを見守る事しかできない。
「……ふっ、なるほどなるほど。ならば私は退散するとしよう。そう、医者らしくね」
なにか思わせぶりな言葉を残して、レーナが白衣を翻して部屋を後にする。
暫くそれを二人揃って見つめていたが、突然鼻息荒いリリアがこちらへと振り返り、興奮した様子で私へと近付いてきた。
「それではアミラン様、添い寝で傷を早く癒しましょう。大丈夫です、何も、何もしませんから」
「や、普通に無理。今のリリア気持ち悪すぎる」
私の言葉など無視して、そのままメイドが「大丈夫、大丈夫」とうわ言のように言い連ねながら結局ベッドへと潜り込んできた。
皴にならないよう態々メイド服を丁寧に畳んで置き、下着姿のまま密着して狭いベッドを更に手狭にさせる。
もう何を言っても無駄だと悟り、私は諦めの境地に至りながらアルコールと、ちょっぴり甘い匂いに包まれて眠りに就いたのだった。
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