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20 奴との対決ですわッ

「ここ本当にどこなんだろう……?」


 よく知るはずの迷宮の全く知らない道を歩き出す事数分。私は独り当てもなく薄暗い洞窟を彷徨っていた。

 こんなごつごつした小さな、それこそ馬車が一台やっと通れるかどうかといったトンネルは見たことも聞いたこともない。


 ゴロゴロと転がり落ちて、右に行けばいいのか左に行けばいいのかすら分からずとりあえず歩き出したが、今になって不安が襲い来る。


「もうやだお家帰りたい……」


 迷宮によくある壁や天井自体が光るという謎仕様のお陰で道はそこそこ見えてはいるが、見通せる限り広がるただただ続くこの道に徐々に恐怖が湧き上がってきた。

 そうは言ってもこんなところで立ち止まる訳にもいかずにひたすら歩く。


 幸いにも魔物に遭遇することはなく、恐らくここは魔物すら通らない隠し通路で、出入り口はあまり多くないのではないかと思う。


 先程までと違い、ここに居ればとりあえず魔物に襲われる心配がないと分かった途端一気に機嫌が良くなってきた。

 私はルンルン気分で通路を進み、その足取りはスキップでもしているかのように軽やかだ。


「ギィィィ……」


 ()()を見て、私は笑顔で腕を大きく振り、足を上げた体勢のままピタリと固まった。


 それは黒く……いや、薄っすらと茶色の体躯で壁面から私を見つめ、前に突き出た触覚を忙しなく動かして何かを探っているように見えた。


 ダメだ、奴は初速がトップギア。後手に回ってはやられる……!


 目の前の魔物の小型版は前世では幾度となく顔を合わせ、その度に死闘を演じて来たので奴の行動は知りたくもなかったが何となく把握している。


 目の前のそれが、可愛らしくもない顔を傾げた、次の瞬間。


「ギィィィィ!」


 生物界でも類を見ないと言われる、初速がマックスのその異端の足で、私に向かって一直線に駆けて来る。

 彼我の距離は精々が十メートルほど。もたもたしているとあのグロテスクな口でむしゃむしゃされてしまう。


「わぁぁぁ! 【風よ切り裂け(ウィンドカッター)!】【風よ切り裂け(ウィンドカッター)!】【風よ切り裂け(ウィンドカッター)!】【火よ悉く焼き尽くせ(アッシュフレイム)!】」


 全然冷静でなんていられなかった。


 壁をカサカサと心底から嫌悪感の湧く音で私へと真っ直ぐに駆け寄って来るのを見て、反射的に風の魔法具を発動させて真っ二つにし、更に追撃と二度も無駄に魔法を放つ。


 その後にも必要ないはずだが【火属性の指輪Ⅱ】を使い触れた対象を灰になるまで燃やし続ける魔法まで使ってオーバーキルしてしまった。


 とはいえ勝ちは勝ちだ。私は前世も含めて奴との戦いに負けたことはないのだ。


「あー死ぬかと思った」


 体が半分になって燃えながら気持ちの悪い鳴き声が聞こえる気がするが、もう気が滅入っている私はソレを跨いで視線を向ける事もなく先へと進む。


「ここに居たのか」


 既に動きを止めて燃え続けるそれを挟んで、背後から突然声を掛けられた。


 驚きつつ振り返るとそこには先程まで一緒に戦っていた少年、ホークが剣を差したまま一人で立っており、腕を組んだままこちらを鋭く見える眼差しで見つめていた。


 今……全く気配を感じなかった。

 別に私は戦士のつもりはないが、それでも薄暗い一本道を通って来たのであれば物音などで気配を感じても不思議はない。


 多少訝しみつつも、いつまで歩くかも分からなかったこの場所からの脱出できる可能性が一気に出てきた事で、私の中の不安が掻き消える。


「ホーク様! お手数をお掛けして申し訳ございません。皆様と一緒ではないのですか?」

「……あぁ、僕一人だ」


 何故か一瞬目を伏せて私から辛そうに視線を逸らしたが、直ぐに何事も無かったかのように顔を上げるといつもの軽薄そうな表情に戻っていた。


「出口はこっちだ。早く行こう」


 どこか焦った様子のホークに続き、私は再び燃え盛るそれを跨いで彼の背中に続く。

 彼は一度も振り向く事も声を掛けて来ることもない。黙って歩き始める。


 だが突然背後が明るくなったと同時、私とホークの位置がいつの間にか入れ替わっていた。


「ギ、ギィィ……」


 何が起こったのか分からず数舜呆けてると、目の前で先程の魔物の断末魔が耳に届く。


 恐らく奴はまだ辛うじてではあるが息があり、私たちが背を向け油断する一瞬の隙を狙っていたのだろう。

 そしてその時は魔物が絶命する前に訪れ、狙い通り私の背後を急襲した。


 ホークの背後から完全に絶命した魔物を覗き込んでみると、その体は何等分にも分断されて、その瞬間はハッキリとは見えなかったが彼の剣の腕が想像以上であることを思わせる。


「あ、ありがとうございます…… お陰で命拾いしましたわ」


 まだ驚きが冷めぬまま彼にお礼を言うと、彼は不思議そうに眉を顰めて何事かを考えてから短く応えて、再び歩き出す。


 なんだかさっきから彼の様子が少し変な気がする。

 だが今考えても意味の無い事だし、なにより私は彼について何も知らないのだ。もしかするとこれが彼の素なのかもしれないし、余計な詮索は反感を買うだけだろう。


 特に何かが起こることもなく真っ直ぐな道をただ進む。

 暫くすると少し開けた場所に着き、そこで小休憩を取る事にした。


「ふぅ……」


 慣れない事の繰り返しや運動不足も祟って、言葉を交わすこともなくその場に座ってひたすら体力を回復させる事に集中する。


 ある程度体力が戻って来たところで彼の方を見てみると、忙しなく視線を私に向けたり逸らしたりと繰り返しており、何か言いたげな雰囲気が伝わって来た。


「あの、何か御用でしょうか?」

「……お前は一体なんなんだ」

「はい?」


 突然切り出された言葉は意味不明。私が一体何なのか?

 その言葉の意味を考えていると、更に続けるように彼が言う。


「お前は最近変わった。前までは素行が悪い、所ではなく人に害を齎す存在だった」


 あ、あー…… 恐らく私の噂を以前から知っていて、突然性格が変わった事を訝しんでいるのか。

 とはいっても、「転生したので性格が変わりました、今までのように振る舞うことは出来ません」なんて言えるはずもなく、私は答えに迷う。


「え、えーっと…… なにか不味かったでしょうか?」

「良い悪いじゃない。何があったかを聞いてるんだ」


 これは困った。適当にはぐらかして流そうと思ったが、彼の目からは何かしらの決意が見える気がする。


 どう答えた物か、無難な言葉を選ぼうとしていた私の眼前に、前の時と同じように気配もなく彼は立っていた。


「まぁ、もうどうでもいい。死ね」


 瞬間、お腹に熱が籠った。

 見下ろして自分の腹部を確認すると、そこには彼の持つ真っ白な剣が、私の腹と繋がっていた。


「ゴフッ……」


 目で見て自覚したからか、それともタイミングが合ったのか。お腹から襲い来るであろう激痛よりも前に、口から赤い液体を垂れ溢す。

 それを見た彼は何の感慨もなく剣を引き抜くと、血潮を払ってゆっくりと鞘へと納める。


 痛みは、まだない。しかし失血かショックか…… どんな理由かは分からないが、立っていられないほど膝の力が抜け、私はその場に膝を付く。

 意味もなく血の流れ出る腹部を両手で押さえて少しずつ暗くなる視界で彼の顔を見上げて理由を探る。


 何故、どうして、私たちは同じ班の仲間じゃないのか。


 取り留めもなく溢れる疑問。だがそれは長くは続かず、自分でも少し鈍いと思えるほど遅れた痛みがやっと患部に襲い来る。


「あぁ……うぅぅ……」


 失い続ける血液と、許容量を超えた痛みに段々と意識が遠くなる。

 急速に暗くなり始める視界で最後に捉えたのは、急いでこちらへと駆け寄って来るブランとユリの姿。少し視線をずらすと焦ったように狼狽えるホークの姿が見えた。


(彼、意外と演技上手なんだなぁ……)


 視界が完全に闇に閉ざされる直前に考えたのは、勿体なくもそんな拙い感想だけだった。

読んでいただきありがとうございます!

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