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2 私の記憶とわたくしの記憶ですわッ

 目を開けると視界に入ってきたのは、王都のわたくしの私室に置いてあるベッドの天蓋だった。


(あれ? 私の部屋ってこんなだっけ? もっと質素で、ベッドに天蓋なんて付いてなかったような……というかそもそも、私布団派だったような……)


 だけど()()()()()()()では見慣れた光景。相反する記憶の統合に、未だに脳の処理が追い付かない。


「どういうこと……」


 一人呟いた私の声に、反応する影が映った。


「お、お嬢様! お目覚めになられたのですね!」


 私がのそりと身を起こすのを誰かが介助し、わたくしの側付きとしては珍しく長い付き合いのメイドのリリアが、恐らくパパたちを呼ぶ為に急いで部屋を出て行く。


 ん? パパ……たち……?


 その言葉を頭の中で反芻すると、頭の中に様々な情報が流れては一つに溶け合って行く。


 私の名前は宮内 柴織。

 わたくしの名前はアミラン・ヴァイオレット。


 二十代半ばの何の変哲もない人間。

 十五歳の選ばれた最も尊き存在。


 成績は可もなく不可もなく、中高共に女子校で異性とは全く縁のない人生。

 無能な教師の所為でクズと同じ扱いを強いられている優秀な令嬢。


 ぼさぼさの髪にそばかす、貧相な体付きの、いつまで経っても垢抜けない素朴な容姿。

 絹に例えられる紫の髪をご要望に御応えてして腰まで伸ばし、パープルダイアと謳われる瞳は世界を魅了し、更に完全なプロポーションを併せ持つ天上の美。


 流石にこのままではまずいと思い、一念発起して入れたマッチングアプリで騙されて複数の男に追いかけられてそれで……。

 学園への入学式に臨み、権力とお金に任せて代表の座を勝ち取り壇上に上がり、みすぼらしい小娘を見付けてそれで……。


「あ、()死んで、転生したんだ」


 理解すると同時、先程まであった靄がすっと晴れて行き、私の脳内はクリアになる。


 よし、整理しよう。


 恐らく転生したこの世界は、私が生前でやっていた乙女ゲーの世界だ。

 ゲームのタイトルは【VIVID LOVER】。通称はビビラブとかスリーブイなどがあったが、私は前者だ。

 先程壇上から見回した中には見覚えのある顔がいくつもあったし、何より私自身に物凄く見覚えがある。


 転生したこの体は、アミラン・ヴァイオレット侯爵令嬢。乙女ゲーの、いわゆる悪役令嬢だ。

 アミランは生まれ持った高い魔力量と、世界を魅了するとまで言われる美貌を持っている。


 そんな彼女だが、よくある展開通り、婚約者をヒロイン――原作における主人公に取られ、その腹いせにいじめを行う。

 元々軽い嫌がらせはずっと行っていたが、婚約者を取られた事で一線を越え、見過ごせなくなった攻略対象の男たちにソツギョウパーティーで断罪されて家の権利を全て剥奪。平民落ちとなる。


 その後はゲームには登場せず、公式からの声明もないので判然としないが、恐らく傲慢不遜にして我儘放題のアミランの事だ、きっとどこかで野垂れ死んだんだろう。


 転生に気が付いてすぐスラスラとゲームの知識を思い出せる程にハマりプレイしまくった自分に内心呆れながらも、私はある一点で思考が止まる。


 ――いや、このままじゃ死ぬじゃん私。


 明らかとなった事実に絶望し、涙すら出る事なくただ目の前のシーツを見つめる。


 呆然自失の私の耳に、優しく扉をノックする音が届く。慌てて表情を取り繕い、何とか正気を取り戻し気力を持って青い顔を上げる。

 そこには複数人の人物が立っており、その全てに見覚えがあった。


「アミラン! 突然倒れたと聞いて心配したよ。気分はもう平気なのかい?」


 見覚えがないはずだが、誰よりも長く見て来た美丈夫の中年。


 名前はクリヘム・ヴァイオレット侯爵。アミランの……つまり私の父だ。


 貴族たちの中でも特に端正な顔をこれでもかと歪め、乱れる紫の髪を整える事すらせずベッドの脇で膝を折り私の手を握ろうとする姿は、どこまでも父親。


 そして私は、善意で以て手を取ろうとしてくれるそんな見知らぬ男(ちちおや)の手を、無意識に湧き上がる拒絶の心で躱してしまった。


「……どうしたんだい? 熱でもあるのなら――」


 心配を絵に描いたような顔で、未知の恐怖から苦悶の表情を浮かべる私の額へと手を伸ばす。


「ひっ……! い、いや……!」


 その大きくゴツゴツとした大人の男性の手を見て、私は幼子のように首を振り、怯え震えながら後ずさる。


 怖い、怖い、怖い。


 頭が真っ白になる、全身の震えが止まらない、息が……出来ない。

 荒れて激しくなる心臓を抑えようと、意味がないと分かっていても胸を抑えて不規則な呼吸を繰り返す。


 今までこんなことは無かった。

 元々私は男性と触れ合った事など一度もない人生だったが、アミランは彼と何度も触れ合ってきた。


 昨日も、学園に入ってからは暫く会えないと聞かされて、恐らく寂しさから膝の上に乗せてもらったし、日常的にハグやチークキスもしていた。


 だけど、今はあの大きな手を見ると、私が生前最後に見た血走った男たちの怒りと嘲りを持った顔を思い出し、下卑た視線で伸ばしてきた手を想起してしまうのだ。


 そんな反応を見て、心配と娘に拒絶された悲しみの籠った表情で俯き項垂れるわたくしの愛おしいパパ。


 ――あぁ、そんな顔をされても、今の私は他人でしかないのに。


 どこまでも冷めた心の私には、ただ目の前に居る男への恐怖心しか湧いてこず、お互いに思考が止まったまま何の動きもなく時間だけが過ぎ去る。


「まだ快復しきっていないようですし、ここは一度安静にしてもらいましょう」


 私の発作が収まり始めたのを見て、今まで親子の会話を邪魔をしないよう脇に控えていた少年が提案する。


 見覚えがある……どころではない。

 彼はブラン・ピュワイト。この国の第三王子にして、アミランの婚約者だ。


 後ろで一つ括りにした長い白髪を左手で弄びながら、ブランは心底どうでもよさそうな態度で進言する。

 傍から見れば、それは婚約者が倒れたと聞かされてとる態度ではないだろう。


 だが彼にしてみれば、望んでもいない性悪の婚約者がまた何かしている程度の認識でしかなく、そこに愛情なんてものは存在せず、ゆえに心配もない。


 その気遣いも愛情もない冷めた視線に、前世の記憶が一瞬フラッシュバックし、ピクリと身が跳ねる。

 次第に心と頭は恐怖と不安で一杯になっていき、やがて先程は出なかった涙が堰を切って溢れ出る。


「ど、どうした?」


 そんな突然の行動に流石のブランも焦りを見せ、青空のような透き通った瞳に心配と困惑を浮かべて私を見つめる。

 ただ、そんな中で無意識下に私が男性を怖がっている事を察したのか、無暗に近付いたり接触して来ることはない。


 ゲームでも知っていたが、やはり彼はとても優しく、本来は他を思いやる慈悲深い人物なのだなと、現実逃避めいた思考で少しでも気を紛らわせる。


「大丈夫、大丈夫ですから……」


 そうは思っても、溢れ出る涙は留まる事を知らず流れる。

 えぐえぐと泣きじゃくる私を見て、周囲も今はそっとしておいた方がいいと思ったのか、気が付いた時には部屋に一人となっていた。


 ずっと付き添っていたメイドのリリアも今は彼らと部屋を出ていて、本当の一人だ。


「はぁ……どうしよう、悪役令嬢に転生したうえに謎の発作まであるなんて……」


 これから先、自らが辿る運命を思い、憂鬱な溜め息が数度零れた。

読んでいただきありがとうございます!

少しでも面白いと思って頂けたら『いいね』『ブクマ』『誤字報告』などよろしくお願いします!

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