19 魔法具ですわッ
き、気まずい……!
親睦を深めるという側面も持つ今回の迷宮探索、そのメンバーの内のひとりがかつて私を半殺しにした男の子だった。
や、半殺しにしたとは言っても別に私に対して何かしたという訳ではなく、ただ私の目の前に立っていただけなんだけど、極度の男性恐怖症を持つ私はそれはそれは苦しかった。
しかしそんな事を今更ぐちぐち言っても始まらない。何より今から向かうのは低級とはいえ危険な迷宮。わだかまりを抱えたまま行くわけにもいかない。
「そ、その……あの時の事はもう気にしていないので、今日はよろしくお願いいたしますわね?」
ちょっと言い方が偉そうだっただろうか。
しかし件の少年はそんな事を気にする素振りは一切見せず、目を伏せて複雑そうに顔を俯かせている。
暫しその体勢のまま無言になってしまったので、これ以上何か言うのは逆効果かと考え私も口を噤む。
私たちの何とも言えない空気を察したのか、残りの二人も声を掛けて来ることはない。
ブランはその場で剣の手入れや戦闘用と思われる服の最終チェックを行っているし、ユリは緊張しているのかしきりに辺りをきょろきょろ見回している。
そんな可愛らしい小動物的な要素もある少女を微笑ましく見守り、私は昨夜の魔法具の事を思い返す。
私だって迷宮に生身で入るのは初めてだ。それなりに緊張はしている。
しかし他の人たちにはない情報がある。
中の構造や出現する魔物の種類、どこに何があるのかまで、ある程度は覚えている。
ばっちりと予習復習を終えた私に、もはや死角はないのだ。
そうこうしているうちに、いよいよ私たちの班が入るよう指示される。
あまり作戦やフォーメーションを決めることは出来なかったが、記憶通りならそこまでせずともこのメンバーなら大丈夫のはず。
一見ただの洞窟に豪快な扉を付けただけの入り口を通り、私たちは迷宮へと足を踏み入れた。
……
目の前に魔物が迫る。
「【攻撃を防げ】……【風よ切り裂け】」
百の足があると言われる生き物の形を取るその魔物が、しなやかな体躯を活かして体当たりを仕掛けてくる。
それを素早く防いで、次の行動を許す隙を与えず切り刻む。
「ギィィィ……」
現在私たちが居るのは、巨大な虫型と動く木の魔物が出現する迷宮の第二層。その中途辺りで、私は単独で魔物を倒した所だった。
目の前には成人男性と同程度の大きさを誇るムカデが無残に体の真ん中から左右に分かれており、それを成した自分に若干引いているところだ。
「ア、アミラン……あまりひとりで前に出過ぎないでくれ……」
「そ、そうですわね。申し訳ございません」
ここへ来るまでは、チーム戦としてバランスよく戦ってきていた。
前衛を剣が扱えるブランとホーク。
後衛を魔法が使えるユリ。
私はその間特にやる事もなく、実際やった事と言えば剣を使って華麗に魔物を倒す二人に感嘆の声をあげていたくらいだ。
今回私は、魔力が使えなくなった弱点を補う為に、複数の魔法具に頼る事にした。
ゲームと同じように潜る迷宮に合わせて種類や強さを細かく調整し、その技術が通用するか試したかったのだ。
結果は御覧の通り。実際の戦いとなるとやはり画面で見るのと違いかなり怖さもあるが、やる事自体はゲームと同じ、適切なタイミングで適切な行動をとるだけだ。
それだけならば私は前世で幾度となく繰り返してきたので、もはやただの作業。気負う事は一切ない。
そして先程私が使った魔法具は、守りの魔法が組み込まれた指輪と、風属性が扱えるようになる指輪だ。
全ての魔法具にはⅠ~Ⅲまで段階分けされており、今回は全てⅡで揃えている。
装着すれば、意識を向けながらその魔法具に呪文を唱えるだけで発動する事が出来、一見すると万能にも見える。
しかし実際そんなうまい話はない訳で、内部に組み込まれた魔法を発動する為には装着者の魔力を必要とする。
更にこの魔力消費がとんでもなくコスパが悪く、無尽蔵に魔力を保持しているアミランでもなければ戦闘でほいほい使う事はまず不可能に近い。
そんなこんなで一度魔法具を使った戦闘に手応えを感じた私は、とりあえずの目的を達成したので後は班の皆に任せることにした。
勿論細かなサポートや手が回らない魔物の相手などはしていくつもりだが、この調子なら必要なさそうだ。
「アミラン様、お怪我はないですか?」
心配そうな表情を浮かべたユリが、直ぐ後方にいる私に語り掛けた。
迷宮内で気を逸らすのはあまり褒められた行為ではないが、それだけ余裕があるという事でもあるのだろう。
「えぇ、皆様のお陰で全く問題ございませんわ」
にこやかに努めて言う私を見て、安心した顔で再び前を向く。
するとそのタイミングで、前方の陰から複数対の魔物が姿を現し、私たちの進路を遮った。
「右二体は僕が、左の一体は…… ホーク、君に任せる」
「了解」
発見して直ぐ、前衛の二人が抜剣して魔物へと素早く駆け寄る。
比較的近い位置に居た左側の蜘蛛型の魔物をホークが抑え、ブランが抜ける為の時間を稼ぐ。
そして戦士としての才能も持ち合わせている白の少年はその隙を逃すことなく駆けて行き、奥に居る蟻のような見た目の魔物二体に突撃を仕掛ける。
一合目で手近な魔物の首を切り落とし、続く二合目は体勢が不安定だったのか硬い外殻に弾かれ浅い傷のみを残した。
一度距離を取ってから暫く見合い、私には一切判断が付かなかったが蟻が隙を見せたのだろう瞬間を狙い一足の内に間合いを詰める。
「はぁぁ!」
短い呼気を吐き出しながら接近し、正面からその頭蓋を切り捨てる。
真っ直ぐに振り下ろされた剣は止まることなく魔物の頭を通過し、一瞬の間を置いて蟻に似た頭が左右に割れた。
残心を取り、確実に仕留めた事を確認すると、視線を蜘蛛型の魔物と戦っているホークへと移す。
しかしそちらも既に終わっていたようで、剣を鞘に仕舞いながらこちらへと戻ってきている所だった。
「この辺りで休憩しよう。一度魔物が現れた場所は暫くは湧いて来ないだろうからね」
リーダーであるブランの判断に従い、全員がその場で腰を下ろして休息の体勢に入る。
先程まで戦っていた二人は剣や装備の手入れを軽く始め、ほとんど何もしていない私たち後衛組は特にすることもなく手持無沙汰だ。
「アミラン様、先程の魔法具での戦闘は素晴らしかったです!」
「ふふっ、ありがとう。これでわたくしも少しは戦えますわ」
「……でも、さっきみたいな危ない事は、あまりしないでくださいね?」
心配気な顔で懇願する彼女に「善処しますわ」と返し、私は自分の付けている魔法具を見下ろす。
無色透明な宝石の埋め込まれた指輪と、淡い緑の宝石があしらわれた指輪。
この二つは原作で私が最も使用した頻度の高い指輪で、この世界でもきっとそうなのだろうなとある種予感めいたものを感じていた。
私はそこでふと、視界に何かが横切ったような気がして視線を向けると、なぜ今まで気が付かなかったのか分からないほど近くに、大きな逆三角形の顔があった。
「危ない!」
壁と同化するような薄灰色の体躯から、私目掛けて振り下ろされた大きな鎌が迫る。
しかし横から強い衝撃を受けたと思った時には、私の視界は黒一色に塗りつぶされていた。
どこかへと転がっていく感覚、鈍く痛む体。
そのまま暫くゴロゴロと転がり続け、漸くどこかで止まる。
くらくらする視界で、先程の出来事を思い返す。
カマキリに似た魔物が擬態して近付いてきて、攻撃された瞬間に誰かに突き飛ばされた。
その後隠し扉か何かを通ってここまで転がり落ち、私は迷宮の知らない場所で独りきり。
「あぁー…… マジ?」
普段から心掛けている上品な言葉遣いも、この時ばかりは無理だったようだ。
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