17 要る要らんですわッ
事件のあった日から数日が過ぎた。
全身が痣だらけだったし、なにより背中には大きな切り傷もあったので、当然の如く暫く休学。
しかし驚くことに傷は二日と経たずに塞がり、今はその全てが綺麗さっぱり消えている。
いったいどうやったのか。考えるだけ無駄かもしれないが、あれだけの大怪我を傷跡も残さずたった数日で完治させるなんて、この世界の医学が異様に発達しているのか、それともレーナ先生が規格外なのか……。
「うぅ~む」
そして現在私は、その有り余った時間を有効に使う為に、床に胡坐を掻いて座りひとり唸っている。
「アミラン様……はしたないので床に直接お座りになるのはお止めください」
いつもは軽口……というより悪口で私の事を諫めるリリアも、流石に今の私の姿勢が悪すぎるのかおふざけなしで注意して来る。
しかし今私の目の前には床に大量に広げられた小物類が広がっており、それを吟味する為にこうして仕方なく床に腰を下ろしているのだ。
その広げられた物は殆どが宝石類で、これは全て私が頼んで実家から持ってきてもらったものだ。
荷物と一緒に屋敷から両親の手紙も届いた。内容は私の怪我や発作を心配する内容がほとんどだったが、羊皮紙にして十枚ほどあるのを見た時は流石にちょっと引いた。各十枚ずつ、計二十枚だ。
元々アミランも細々としたアクセサリーに使う宝石などはこちらにも持ってきていたが、何故さらに追加で用意する必要があったのかというと、とある計画を遂行するためだ。
その計画とは……私が自由に使えるポケットマネーを増やす事だ!
私は近い将来、悪くすれば断罪されて平民落ちする。
その時に実家とも縁が切れ、私は着の身着のまま街に放り出されることになる。
原作でのアミランがその後どうなるのかは分からないが、きっと碌な事ではないだろう。
何をやらせても天才的な要領の悪さではきっと平民として生きて行くのも難しく、どこかで野垂れ死ぬか、無駄に優れたこの容姿が原因で人攫いに捕まるのがオチだ。
その為にも今のうちに使える現金をどこかに隠しておいて、断罪後に回収して細々と生きて行くのだ。
それにもし、断罪されず、計画通りにユリとの恋愛ルートをクリアしたとしてもお金は必要になる。
原作におけるアミランルートのエンディングは、主人公であるユリとアミランが恋に落ち、駆け落ちする。
その後に二人で力を合わせて迷宮を攻略し、その財宝を使って孤児院を立てる。
そして二人で子供たちの世話をしながらずっと平和に慎ましく生きて生き、物語は終結するのだ。
そう、つまりアミランルートを正しくクリアできたとしても、今の魔力を使えず戦力のない私ではそのエンディングは不可能なのだ。
もしかしたらいつか魔力が使えるようになるかもしれないが、そんなもしもに縋っている余裕はない。だから今できる事を全力でする。
「うーん、とりあえず宝石はほぼいらないかな」
私は広げた宝石箱から、要る要らんの選択をして箱に分けて行く。
全部売ってしまってもいいのだが、私も一応今は貴族だ。それなりの見栄は必要だろう。
そして全てを分け終わった後、次に先程の宝石箱よりも数段豪華に装飾の施された箱を手元に寄せる。
箱を開くと、様々な宝石をあしらったようなアクセサリーが無数に詰め込まれており、試しにひとつ手に取ってみる。
「指輪かぁ……この色と形は確か【光を照らせ】の魔法具だったっけ」
淡い黄色の小さな宝石が埋め込まれた指輪を試しに嵌めて、魔法具の発動条件である詠唱を唱える。すると予想通りに指輪が光始めてほんのりと薄暗かった室内を照らす。
私はその調子で更にいくつかの魔法具を物色し、先程同様に要る要らんで分けて行く。
魔法具の性質や種類については前世の記憶で判断した。アミランは元々馬鹿げた魔力を持っていたので使う機会も触れる機会もなかったからね。
生活に役立つものなどは必要ないので全て売りに出し、戦闘に使えるものだけを厳選して手元に残す。
今の私は原作と違って戦う力が皆無だ。前回のエニエットたちのこともあるし、今のうちに戦力は整えておかないと、断罪前にどこかで死んでしまいそうだ。
全ての宝石類と魔法具の選別を終えた後、ついでに数種類のドレスも売りに出すことにした。
その時にリリアがかなり何か言いたげな顔をしていたが、こんな大量に持っていても仕方ない。十着もあれば十分だろう。
全ての作業を終えて、額を拭いながら一つ達成感の溜め息を吐く。
本当なら自分で何かしら働いたり商いでもして稼いだ方がいいのだろうが、生憎今のスペックでは逆にお金を溶かすだけだ。
今から売りに出す物を買ってくれた両親には申し訳ないと思うが、これも私の……引いてはアミランの為なんだ、きっと分かってくれる。多分。
屋敷に居た従者に全てを売って来るよう頼むと、私は再び魔法具の箱を開いて幾つか取り出して最終確認に入る。
これは必要で、これはまだ要らないかな。
そうして私の引きこもり生活は更けて行くのだった。