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15 手当てですわッ

「弱い、醜い、みすぼらしい」


 目も覚めるような美貌を携え、作り物と見紛う紫色の髪の天女が、一人の無辜の少女を蹴飛ばしている。


 場所は……どこかの中庭か。私の知っている日本ではないみたいだ。そこでただベンチに座って食事していた灰色の髪の少女が、サンドイッチをばら撒きながら派手に横転させられる。


「「「うふふふ」」」


 この場に居るのはその二人だけではない。

 灰色の少女を取り囲むようにして、三人の少女が息を合わせて嘲笑を浮かべた。


「わたくしの婚約者はね、迷惑しているの。貴女のような下民に付き纏われてね」


 リーダー格であろう紫の少女が言葉と共に、未だ蹲っている少女の腹を勢いよく蹴飛ばす。

 更に蹴り飛ばされた先には囲まれている関係上、当然他の少女がおり、今度は毛先をドリルのように縦ロールにした金髪の少女が続く形で蹴り飛ばす。


「 ミ ン様の言う通りですわ! 自分の立場をお考えになった方がよろしいのでは?」


 蹴られて転がされ、その先でまた別の少女に罵倒と共に蹴飛ばされる。それを何往復した頃か、少女が堪えきれず口を開く。


「そんな……! お許しください! 私は決して疚しい気持ちなどなかったのです!」

「黙りなさい! 貴女、わたくしの言う事を否定するの!?」


 今まではされるがままに、ただ蹴り転がされていた少女の突然の反抗に、紫の令嬢は眉をツイと吊り上げて怒りを表す。


 やがて彼女の怒りに呼応するように周囲の土が派手に捲れ上がり、飛び散った土に汚れぬようにか、はたまた怒りの余波を浴びないためか、取り巻きの少女たちが素早く距離を置いた。


「わたくしの所為ではありませんのよ? これは貴女がやらせたのです」


 紫色の髪をサッとかき上げると、その右手を蹲る少女へと向ける。

 すると直ぐに手の平に七色の粒子がパラパラとどこからともなく集まり、周囲の空気を一瞬で張り詰めたものへと変えた。


「加減はしますわ。原型を留めるくらいには」

「い、いや――」


 やがてその光の粒子は質量を帯び、強大なエネルギーとなってその手から解き放たれて――



「……さま……!」


「ア…ラ…さま……!」


「アミラン様っ!!」


 大きな声で、私を呼ぶ声が聞こえる。


 だけど何故か、今は起きる気が起きない。

 嫌な夢でも見たのか気分は最悪で、体が怠くて凄く眠い。


 このまま微睡に身を任せてしまおうそうしようと、私は頭までスッポリと毛布を被り直し……。


「えいっ」

「ミニャァァ!!」


 突然お腹に強い圧力を感じて急速に目が覚めた。というか覚まされた。


 毛布を捲って圧迫感の正体を探ると、お腹の上にリリアが跨るように座っており、真顔で私の顔を覗き込んで来ていた。


「おはようございます。アミラン様」

「おはよう、リリア。貴様の故郷では主を圧迫死させて目覚めさせる文化があるのか?」

「はい、あります。といっても私の故郷はヴァイオレット侯爵邸ですが」


 ダメだ、このメイドに何を言っても通じない。主に常識が。


 とりあえず重いので私の上からどいてもらい、今の状況を簡潔に教えてもらう。


「アミラン様倒れた、屋敷に運び込まれた、私が暫く看病した、疲れた」

「最後のは私情じゃん」


 メイドとの疲れるやり取りに、やはりもう一度ベッドに入りたい欲に突き動かされる。

 しかしこの後にレーナ先生の診察が待っているらしく、傷も深いし寝てしまう訳にもいかない。


 鑑の前に立ち、着替えさせられていた白いシンプルなパジャマのシャツを脱いで怪我の具合を確認してみる。

 パッと見た感じだと顔に大した傷はなさそうだが、胴体部には包帯が巻かれていたりガーゼが張られていて、恐らく痣がいくつもあって酷い所だと骨に罅が入っていそうだ。


「ハァ……」


 私がその場で溜め息を吐くと、鏡の中の私も全く同じ挙動で溜め息を吐く。


「ハァ……」

「いやあんたはなんでよ」


 何故か鏡越しにずっと目が合っていたリリアも私に合わせて溜め息を吐いているのだが、いちいち変な事をされてツッコミを入れるのも面倒くさくなってきた。


 私はもう一度大きな溜め息を吐き出すと、その場でくるりと反転し、鏡に背中を向けて髪を前側に流して自分の背中を確認してみる。

 そこはエニエットに魔法でバックリと切られた部分で、今は斜めに包帯で巻かれているが思ったよりも深いのか血が滲んでいる。


「ちょ、スタイル良いからって裸見せ付けないでくださいよ変態ですか?」

「いい加減怪我人で遊ぶのやめようか」


 そんな他愛ないコントを無理強いされて続けていると、自室の扉を叩く音が聞こえた。

 急いでパジャマを着直し、入室の許可を出すとベッドに腰掛けて、リリアが扉を開くのを待つ。


 やって来たのは私の専属医となったレーナ・イゲール女医で、かかりつけの患者が怪我をしたのであれば来るのは予想出来ていた。


 この世界は内科や外科といった概念はない。医者ならばどちらも専門として独自の方法だろうがなんだろうがあらゆる手段を用いて患者を治すのだ。


「あー、これはまた酷くやられたねぇ」


 いつもの通り煙草の煙をくゆらせ、大きな医療用の鞄をどっかりとベッド脇のテーブルに下ろすと開口一番そう言った。

 どうやら服の上からでもある程度怪我の具合が分かるらしく、改めてその造詣の深さを実感する。


「とりあえず服脱ごうか。大丈夫、もう慣れただろ?」


(あーやっぱこうなるよねぇ……)


 分かってはいたが、あまりにも予想通りかつ想像より早く訪れた展開に目を回しそうになる。

 慣れたとか何とか言われているが、そんな訳ない。どうして初恋の相手を目の前にして服を脱ぐことに慣れねばならないのか。


 とはいっても、ここで私がもたつくとまた脱がされかねないので、勇気を振り絞ってひと息に上着を脱ごうと試みる。

 しかしそれにはボタンをひとつずつ外していかねばならず、やはり羞恥心は微塵もマシにはなってくれなかった。



 …………



 現在私は、痣の手当を手早く済ませ、うつ伏せにさせられて背中の切り傷に軟膏のようなものを塗られている。

 見た目は白くて僅かに硬く、粒が所々残っていて少しざらついていて歯磨き粉みたいな感触だ。


 その軟膏を塗っているのっぺりとした棒のような物も何か特別な道具のようで、一往復軟膏を塗る度に別の物と取り換えているのが見えた。


「いやーそれにしても相当酷くやられたね」

「……」

「学園の広場だったって聞いたけど、誰も助けてくれないなんて、周りに相当嫌われてるのかな?」

「……返す言葉もないですわ」


 確かに、広場はお昼休みということもあって、人はかなり居た。

 しかし誰一人として私とユリを助ける行動を起こした人はいなかったし、それどころかトラブルを避けて離れて行った。


 責める気はない。面倒事を避けるのは人としては自然な事だし、何より今まで傍若無人な悪役令嬢をしていたアミランを助けるのを避ける気持ちは分かるからだ。


 しかしこのままだと私、断罪前にどこかで死んじゃうのではなかろうか。


 何か手を考えなければ、近いうちに取り返しつかなくなる……。


 無様な姿で推しに手当をされながら、私はひっそりと策を考え始めた。

読んでいただきありがとうございます!

少しでも面白いと思って頂けたら『いいね』『ブクマ』『誤字報告』などよろしくお願いします!

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