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14 なにもありませんでしたわッ

「最初にアミラン様をお見かけした時、なんて綺麗でかっこいい人なんだろうって思いました」


 ユリが語って聞かせてくれた話は、私を悶絶させるには十分すぎる破壊力を誇っていた。


 当初は私……というよりアミランの美貌に見惚れて、貴族社会の噂などにも疎い所為で才色兼備のご令嬢として認識していたらしい。

 そこまではいい。その時まだ私は前世の記憶を思い出していないのか憑依していないのかは分からないが、私ではなかったから。


 それから数日、ずっとその時の姿を忘れられず、もう一度この目で見たいと校内を探したりしていたが、ずっと見つからなかった。


 やっと見つけたと思えば、あまり素行が良くない令嬢たちに人気のない校舎裏に連れていかれるのを見付け、慌てて近くの強そうな人――イドリスに助けを求めた。

 現場は思っていたよりも深刻で、ボロボロの私を見てどうしようもなく胸の奥から自分でも何か分からない感情が押し寄せて来たらしい。


 その正体が分からず戸惑っていると、気が付くと私に号泣しながら抱き付かれ、『あぁ、この人はわたしが思っているよりもずっと人間なんだな』と思ったらしい。

 私の泣き顔を見てホッとしている間に、いつの間にか頭を撫でながら優しくあやしていて、この時のフィット感があまりにもしっくり来てしまい、自分がお姉ちゃんになるのだと無意識に思い始めたと。


(めっちゃ恥ずかしいんだけどっ!?)


 要するに私があまりにも情けない人間だから面倒を見るのにハマっちゃったってこと!?


 手に持っていた残りひとつのサンドイッチを落とさないよう気を付けながら、その場で顔を赤くして悶える私。

 あまりにも、あまりにも情けない……。


「も、申し訳ございません! ただの平民上がりのわたしがこんなこと言うのは不敬ですよね……」


 空いている右手で顔を覆い隠して俯く私に、どう受け取ったのかおろおろし始める優しい少女。

 その優しさと自分の不甲斐なさに更に顔を赤らめている事など知る由もなく、彼女の焦りは加速していく。


 どう収集をつけたらよいのか、いよいよ私にもその焦りが伝播して恥ずかしさと融合してパニックを起こし掛けている所に第三者の声が掛かる。


「少しよろしいかしら、アミラン様」


 思考力の下がった頭をゆっくりと上げると、目の前には大きな胸に張り上げられた金色のくるくるドリル。更に視線を上向けると、つい先日に会ったばかりの、ユリを陥れる計画を話した令嬢、エニエットが立っていた。


「あ、あの! 今はアミラン様はご気分が優れないので……」

「黙れ」


 状況を飲み込めていない私の代わりに、姉のようになりたいと語った少女が率先するように代弁して応える。

 しかしそれが気に入らないのだろう、エニエットはただでさえ吊り上がった目を更にキッと鋭く上げて、敵を見る視線をユリへと向ける。


「……なんの御用でしょうか」


 正直もう関わりたくもないし、今は色々な事で頭が一杯なのでそっとしておいて欲しいんだけど……。


「いえ、ただ先日の一件のお答えを聞きたかったのですが……どうやらわたくしは振られてしまったようですわね」


 先日の一件……ユリを共に陥れるという話だったか。

 その件はきっぱりと断ったはずだが、少し言い方が遠回しだっただろうか?


 ともかく、私は絶対にそんな計画に加担する気はない。こんないい子を寄って集っていじめるなんてあり得ないし、なによりそんなことをしたら私が断罪されてしまう。


 既に決定している私の意思を伝える為に口を開こうとしたのだが、それは出来ずに焦った私の口から別の言葉が出た。


「ちょっと! なんてことするの!」


 ニヤニヤと悪辣な笑みを湛えたドリル娘が、最後のひとつであるサンドイッチを、私の右手ごとその手で打ち払ったのだ。

 これには思わず私も素で声を出してしまう。が、それに気付く余裕すらなく立ち上がって抗議の視線を送る。


「あらあら、紫の原色の家系の令嬢とは思えない言葉遣いですこと――ロレリア、その子をちょっと抑えてて頂戴」

「は~い。ちょ~っと大人しくしててね~?」


 いつからそこに居たのか、私たちの背後には先日エニエットと共に屋敷に来たおっとりとしたクリーム色の髪の令嬢――ロレリアがその高い上背を使って背後からユリを立てないよう押さえ付けていた。


「アミラン様、わたくし手加減致しませんと忠告したのは覚えてらっしゃるかしら」

「……えぇ」

「あらよかった。お茶会をお開きになる機会が多いと伺っていたものですから」


 これはお嬢様言葉での嫌味だ。

 つまりお茶会ばかり開いていて勉強などしてないだろうから、頭がすっからかんと言いたいのだろう。


「実はわたくし、少し頭にきていますの」


 ここは令嬢同士、嫌味の応酬でも始めるのかと思いきや、ドストレートな言葉と視線でこちらに怒りをぶつけてくる。

 正直私としても、折角ユリが作ってくれたお弁当を台無しにされて、少しムカついている所だ。


 ここは奇を衒った嫌味のひとつでも言ってやろうと口を開いたがそのまま、私の体は横倒しになっていた。


「……え……?」

「アミラン様ッ!」


 感じる左頬の痛み、チカチカする視界。

 ――あぁ私今、殴られたんだ。


 視線を上げると、握った右拳を突き出したまま、冷め切った目で私を見下ろすエニエットの瞳がそこにあった。

 すぐ後ろでは大きな声で私の名前を呼ぶ悲痛な声が聞こえて、そのお陰で我に帰った。


 彼女が私やユリの事を気に入らないからと言っても、これはいくら何でもやり過ぎだ。

 それを忠告しようとした私だったが、それすらも足蹴にされる。


「エニエット様。これは当人同士で済む話を逸脱しております。場合によってはお家へと文を取らせていただく事にも――うぐっ!」


 最後まで言葉を待たず、立ち上がろうとした私の腹をエニエットの容赦のない蹴りが襲う。

 その姿は全くの素人の私から見ても堂に入っており、何らかの格闘技を修めていることは明らかだ。


「お家の問題? 逸脱? アミラン様は能弁ですのね。でもご心配には及びません……わッ!」

「うぐうぅ……!」


 今度は脚を前に真っ直ぐと突き出す蹴りを腹に貰い、先程とは違って直接お腹の奥まで届く衝撃に思わず膝を付く。

 その様子を「オホホホ」と上品に笑いものにした後も、背中を何度も踏み付けられる。


「アミラン様ッ! アミラン様ァ!!」


 痛い。だけど気を失う程ではない。

 それでも無防備に背中を見せて丸まり、ひたすらに蹴られ続ける姿は傍から見ると余程酷いのか、私を呼ぶユリの声がどんどん悲痛な物になっていき、喉が裂けるのではと思うほど叫んでいる。


「……膨大な魔力で暴れる化け物と聞き及んでいましたが、どうやら聞いた通り本当に魔力が使えなくなっているようですわね」


 聞いた通り……? その事を知っている人物はかなり限られていると思うが、いったい誰に聞いたんだろう。

 や、今はそれよりこの状況を何とかしないと。蹴りは意外と何とかなっているが、このままだと痺れを切らした彼女はきっと……。


「ロレリア、ちょっと手を貸して頂けます?」

「は~い」


 ひとりでダメなら二人で。

 今まではずっとユリを押さえ付ける役目で傍観していたロレリアが、そのおっとりした雰囲気とは裏腹に予想よりも素早い動きでエニエットの横に並ぶ。


「アミラン様! 大丈夫ですか!?」


 拘束を解かれたユリが直ぐに私の傍まで来て、制服が汚れる事も厭わずにその場で膝を付く。

 近くで見て私の様態が思っていたほど深刻ではないと分かったのだろうか、今すべきは介助ではなく、守る事だと言うように、両腕を広げて彼女たちの前に立ちふさがった。


「これ以上は許しません」

「許……さない? 平民の小娘如きが、誰に言っているか分かっておいでなの……?」


 リーダーの怒りの大きさを察したのだろう、ロレリアがこの際不気味にすら思える微笑を湛えたままゆっくりとユリに近付く。


「どうなっても知らないわよ~――あら?」


 これから起こる悲劇を未然に防ぐ為、その足を掴み歩みを止める。


「ユリ、貴女は下がっていて」

「で、でもアミラン様」

「貴女が彼女たちに手を出せば、それこそ本当に終わりなのよ」


 そう、今回の一件は家格の近いエニエットと私だから成立している。しかし平民出身の貧乏男爵家のユリの場合は違う。

 この場に関与したという事実はそのまま上級貴族への反逆とみなされその場での私刑すらもまかり通る。


 ゆえに彼女には何もさせないし、彼女たちにも手出しはさせない。


「ハァ……頑固ですこと。これは貴女がやらせたのですよ――【風よ切り裂け(ウィンドカッター)】」

「ぐあぁぁっ!」

「アミラン様ァァ!!」


 私の背中を片足で踏みつけたまま、エニエットが右手を翳すとそこに七色の粒子がキラキラと集まり、風の魔法を発動させた。

 それは風属性の魔力を持つ人間が初期に覚える切り裂く魔法で、生身の人の体くらいならパックリと切れる。


「うぅ……くぅぅ……」


 蹴られていた時とは全く違う種類の痛み、それに度合いも段違いだ。

 熱い、痛い、気持ち悪い。


 背中から伝う自分の血の感触をはっきりと感じる。

 切られた箇所からじんわりと血の流れが広がり、制服の白いブラウスと黒いワンピースを紅黒く染めていく。


「い、嫌ぁぁぁ!!」


 耳の直ぐ傍からユリの絶叫が耳つんざく。

 それもそのはずで、彼女はあまりのショックにその場に……私のすぐ隣に尻もちを付いていたのだから。


「アミラン!? 君たち、そこで何をしている!」


 声のする方角を向くと、白い髪の王子様が必死の形相でこちらへと走り寄っている姿が見えた。

 どうやら先程のユリの大絶叫が彼の耳に届いていたらしく、様子を窺いに来たところ倒れている私を見付けたといったところか。


「あら、丁度良いタイミングで現れますこと」


 この国でも最も権力を持つひとりが駆け寄ってきているというのに、彼女の余裕は一切崩れない。


「貴女方の秘密は一通り目を通しておりますの。この意味が理解できるのであれば、余計な事はしないことをお勧めいたしますわ。それではお二方、御機嫌よう」

「それじゃあ、またね~」


 十分に痛めつける事が出来たのと、ブランがやってきたので二人は大人しく退散するようだ。

 最後に言っていた言葉の意味が気になるが、別れ際の言葉はエニエットはあくまでも令嬢らしく。ロレリアは少し砕けた口調で去って行った。


 その様子を見て少年は追いかけるべきか、それとも私を助けるべきか数瞬迷っていた様子だったが、私の怪我が思ったより酷いのか、こちらを優先することを選んだ。


「アミラン! 一体何があったんだい?」


 ここで王子の彼を頼るのは簡単だが、最後にエニエットが言っていた言葉が気になる。


「……なにも、ありませんでしたわ」


 今はまだ彼に縋るには早計だと考え、はぐらかすことにした。

 この選択が正しければいいけど、今はまだ分からない。

読んでいただきありがとうございます!

少しでも面白いと思って頂けたら『いいね』『ブクマ』『誤字報告』などよろしくお願いします!

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