13 姉妹ですわッ
椅子ごと廊下へと連れ出されたまま、そもまま何もせずに独りでぽけーっとしていると、始業前にブランが教室にやってきた。
「あれ? 何してるんだこんな所で」
その顔が普段の澄ましたものと違いって、年相応に見える可愛らしい少年のキョトンとした顔だったので、前世も含めてあまり見ないその表情に思わず口角を上げてニマニマしまう。
「どうして僕の顔を見て笑うんだ……?」
「あっ、いえ違います。決してブラン様を侮辱している訳では……」
「ふふっ、冗談だよ。それより教室に入ろう。もうすぐ担任の教諭も来る頃だ」
どうやら揶揄われたらしい。私の知っている白の王子らしからぬ茶目っ気に、一瞬ぽかんとする。
「もうっ! 揶揄うのはお止めくださいっ!」
立ち上がって精一杯の講義の声を掛ける私の言葉を飄々と受け流しながら、廊下に出されていた椅子を持ってそそくさと教室内へと避難していく。
いつまでもこんな場所でむくれていても仕方ないので、私は納得できないという表情を張り付けたまま続いて教室へと入室した。
…………
転生してから受ける初めての学園生活、そして授業は、私の知る前世のものと大して違いはなかった。
普通に机に座って、教卓に立つ教師の独り言のような授業を眠気と必死に戦いながら聞き流す作業。
更にほとんどの内容は前世の義務教育で既に身に着けたものばかりで、歴史や専用の魔法講義など以外は特に問題なさそうだった。
うとうとして、時には意識を飛ばしたりしているといつの間にか周囲がガヤガヤと騒がしくなっていた。
慌てて意識を戻すと時間が消し飛んだのかと思う程あっという間にお昼休みになっていて、教室に残っている生徒の数も疎らで、残った者たちは皆持参したお弁当を広げている。
「お弁当忘れた……」
まさかこんな重大なことを失念するとは。無念。
普段から食欲旺盛とまではいかないが、食べ盛りかつ美食家のこの体にお昼抜きは少々……いや大々キツイ。
しかたなくお財布を持って学食のお世話になる事をその場で決めて、直ぐに行動を開始。
確か場所は本校舎のこことは少し離れた中庭の近くの建物だったはず。
周囲に人が居る時には優雅に、しかし誰も見ていない時にはダッシュして、急いで食堂へ向かう。
「うぉぉ! 学食なんて食べ盛りの学生の巣窟! もたもたしてたら全部なくなっちゃう!!」
大して長くもない階段を息を切らして降り、気配を察すると即止まる。これを繰り返すうちに、通常よりは幾分か早く着いたと思う。
中庭には人がそれなりの数居るので、しかたなくそこは歩いて食堂内へと入った。
扉を潜ると直ぐに、鼻孔を貫く様々な料理の数々。
異世界風な世界観にも拘らず、並べられた和洋折衷や中華の品目は、懐かしさや単純な食欲を刺激してやまない。
本来ならこんな中世風の中に並ぶはずがない料理たち。普通の異世界転生ではなく、乙女ゲーという日本人が作った世界観でしかありえないこの矛盾を、今は最大限利用させてもらおう。
どれにしようか、既に食事を始めている生徒たちのテーブルをチラリと吟味しながらカウンターのおばちゃんのところへと向かう。
悩みどころだが、今はかなりお腹が空いているし、何より前世のご飯が食べたい。
散々に悩みつくした挙句、私が選んだのは至ってシンプル。学食と言えばこれ。なメニューだ。
「おばさま、カツカレーをひとつ頂ける?」
「悪いねぇ、売り切れだよ」
え、そんな……いやでも仕方ない、カツカレーは前世でも場所によっては人気ナンバーワンを誇る圧倒的人気メニューだった。
ならばと今度はそこそこ無難で、在庫も余っているだろうと予想できるうどんを頼むことにした。
「それも売り切れだよ。というか、もう全ての在庫が空なんだよ」
「そんな訳ある!?」
周囲には生徒や教師も大勢いる事も忘れて素で叫んでしまった。
だってこれはしょうがない、まだお昼休みが始まって十分も経っていないのに在庫切れなんて、前世だったら問題になっていたレベルだ。
「あ、あの……ひっ!?」
突然背後から声を掛けられて、キレそうな顔のまま振り向いてしまった。
私のキレ顔を見て短く悲鳴を漏らしたその少女は、怯えた顔の目尻に涙を溜めて、両手にはバスケットを持っている。
「ユ、ユリ……?」
「は、はい! 覚えてくださったんですね!」
(当然だよだって主人公じゃん!)
そんな事を言えるはずもなく、私はそっと微笑むのみで応える。
思わぬところでの主人公との接触に、喜びと動揺が同時に去来する。
どうしよう、今会っても計画とかまだ何も考えてなかった。
私の唯一の生存の可能性は、主人公でもあるユリとの百合ルート、それしかないのは確かだ。
だが肝心のそのルートに入る方法や、ユリがアミランと行うであろうイベントを通じた攻略方法が分からない。
前世でゲームをプレイしていた時は、アミランに然程興味が無かったことと、このルートに入る方法が攻略サイトでも確立されていなかったのが原因だ。
とはいえ、現在目の前にはその少女が居るのだ。ここは苦手だの転生の影響で頭が悪くなっているだのと言って逃げる訳にもいかない。
「それでユリ様、わたくしに何か御用でしょうか?」
「あ、はい。ご飯が無くて困っているようだったので、一緒にどうかなと思いまして」
なんと、ご飯のお誘いらしい。
なんでも私とおばちゃんのやり取りを最初から見ていたらしく、それなら持参したお弁当を少し分けてあげようという話だ。
最初からって、私の絶叫も見られていたのか……。
ここで「うん」と頷く事は簡単だ。しかし本当にそれでいいのだろうか。
相手はこの世界の主人公。私はそのユリに惚れて貰わなければならないのだが、それがご飯を恵んでもらうというのはちょっとどうなのか。そもそも私って今めっちゃ家格の高い貴族だし。
その時、私の腹の虫が大きな音を立てて、喧騒の中でもハッキリと聞こえるほど空腹を主張した。
「うぅぅ~……」
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!
真っ赤になりその場で俯く私の手を取って、ユリが外へと引っ張っていく。
私よりも数段低い身長にも拘らず、後ろから見えるその灰色のふわふわな髪を揺らしながら迷いなく歩く姿は、流石は主人公と思うほかないほど力強い。
「ちょうどいいところが空いてますよ! ここに座りましょう」
連れられてきた場所は、先程通ったのとは反対側にある中庭のベンチだった。
中央付近や別の所には屋根の付いた、人が数人は座れそうな場所もあったが、私たちが座ったのは普通の、公園などでよく見かける二人掛けの木製ベンチだ。
私を左側に座らせると彼女も横へと座り、何故か私に断りを入れてからバスケットの蓋を外し中身を見せる。
その中身は、色とりどりのサンドイッチだった。
「これ、貰ってもよろしいの?」
「はい! 是非食べてください!」
見たところまだ中身は少しも減っていない。四つあるうちのひとつを両手で丁寧に取り、期待感を抑えられずパクリと食む。
「んん~~っ、美味しいですわっ!」
「えへへ、よかったです」
原作でも彼女のスキルに料理上手というものがあったので、前々からずっとどれ程のものなのか気になっていた私は、想像以上の味にはしたなくも足をバタつかせて喜びを露にしてしまう。
決して令嬢として褒められた行為ではないのだが、横に座るユリはそれを微笑まし気に見守ってくれている。
「気に入って貰えて嬉しいです! どんどん食べてください」
「それはとてもありがたいですが、どうしてわたくしに大事なお弁当を分けてくださったの?」
当然の疑問として、今更かもしれないが堪えきれずに聞いた。
すると彼女は少し照れ臭そうに自分の灰色の髪を摘まんで弄ると、ぽそりと独り言のように呟いた。
「ずっと、姉妹が欲しかったんです……」
あーなるほど。
私は……というかアミランは、この世で最も美しいと言われる程の美少女だ。
そんな姿を見れば、人は何かしらの関係を作りたいと思うのは当然のことだろう。
背も平均よりも高く、可愛いというより美人な顔。
私も前世でアミランをひと目見た時には「こんな美人な姉が欲しい」なんて思ったものだ。
「それで、憧れも勿論あったんですけど、本当の姉妹みたいになれたらなって……」
ふむふむ、……や、待てよ? これって攻略のアシストになるんじゃない!?
『ほらユリ、もっとこっちへ寄りなさい』
『だ、ダメですお姉様……』
『何がダメなのかしら?』
『恥ずかしい、です……』
『可愛いわね、わたくしの妹は』
『妹ではなく、これからはそれ以上に……』
みたいな感じで、仲のいい姉妹のような関係から発展させるのってかなりアリなんじゃないだろうか。
そうと決まれば即行動。私は彼女のお姉様になるべく、今後の展望を考え始めた。
「アミラン様と初めてお会いした時、妹みたいだなって」
え、妹? え、あ、逆に?
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