12 今度こそ初登校ですわッ
鳥の囀りとカーテンの隙間から零れる朝日を感じ、微睡の中からゆっくりと瞼を開ける。
「あっ」
そこにはリリアが居た。
「……何してるの……?」
目を開けると目の前にはリリアのドアップの顔。焦ったように声を上げて一瞬でベッド脇まで移動するメイドを、私は冷ややかな目で見送る。
「コホン、来客が来ておりますので、起こそうと致しました」
取り繕ったように佇まいを正し、わざとらしく大きな咳払いをしてから、またしても不可解な事を言う。
昨日の今日でまたしてもアポなしのお客さん?
訝しみつつも、リリアにその事について触れてみると、どうやらそういう訳でもないらしい。
「昨日陛下から連絡がありました。「一人で登校させるのは不安なので、婚約者である自分が同行する」と」
え、言ってたっけそんな話。
「いえ言ってません。その方が面白いかと」
こ、こんのアホメイドっ! 主宛ての手紙を勝手に読んで報告しないとか頭沸いてるの!?
ともかく、コイツが余計なことをしたのは別として、ブランが来ている事は確実みたいだし、急いで準備をしなければ。
とはいえやられっぱなしは癪なので、リリアの頭に乗っているホワイトプリムが潰れないよう気を付けてチョップを入れてから、朝の支度を任せる。
バタバタと忙しなく室内を駆け回り、必要な準備を素早く終える。
顔を洗ってからいつもの化粧台に座り、元々ウェーブの掛かった長い紫の髪を丁寧に櫛で梳かていく。
「それにしても、アミラン様の髪は本当に綺麗ですね。私の垂直な髪とは大違い」
「そう? リリアの真っ直ぐな銀髪は凄く素敵だと思うけど」
他愛のない会話をしながら、出来るだけ急いで朝の身支度を整えて行く。
そのまま私は前世でもあまりしたことのないメイクを薄く施してもらい、未だに慣れない感覚にむずがゆくなりながらも身を任せる。
制服に着替え、鞄を引っ掴むと、ブランを待たせている昨日と同じ客間まで急いで……殆ど走って向かう。
部屋の前まで辿り着くと、ゆっくりと数度呼吸をして、気持ちと息を落ち着かせてからなるべく優雅に扉を潜る。
「お待たせして申し訳ございません。おはようございます、ブラン様」
とりあえず挨拶をして室内に目を向けると、私とは違って本物の優雅さを自然と醸し出してソファーに座っているブランの様相が、どこか驚いているように見えた。
「お、おはよう、アミラン」
それはどうやら見間違いではなかったようで、彼の声はどうしてか震えていた。
まだ登校するには時間があるので、近くに居た従者にお茶を頼んで、既に用意されていたブランの分のお代わりと、私の分を淹れてもらう。
その間にお互いにひと言も発することはなく、朝の静かな時間が流れる。
「ふぅ……。あら? そんなに見つめて、どうかいたしましたか?」
美味しいお茶をゆっくりと楽しんでいると、正面から視線を感じた。
どうしたのかと思い尋ねても、なんでもないとはぐらかすので、あまり深く考えずにその場は流しておく。
それから数分程ゆったりと過ごし、時間になったので家を出る。
その際にすれ違う従者たちが意を決したように大声で挨拶をしてくれたので、私も負けないくらい大きな声で行ってきますの挨拶を返しておいた。
「行ってきますっ!!」
「「「いってらっしゃいませ!! アミラン様!!!」」」
人前で大きな声を出すなんて、前世も今世も合わせて殆どなかったので言った直後は少し恥ずかしかったが、私の声が小声に思えるほどの大音声で送り出してくれたので恥ずかしさが消えてビックリに塗り替わり少し笑ってしまう。
「はは、随分と慕われているね」
「むぅぅぅ……」
確かにこれだけ嬉しそうな顔をしながら皆が見送ってくれるということは、私……というかアミランは思ったより慕われているのかもしれない。
それでもブランの笑いながら言う態度は、なんだかバカにされているみたいでちょっとムカつく。
「そういえば、どうしてブラン様はわたくしのところに?」
何か話題を逸らす為と、純粋な疑問を投げかけてみる。
「イドリィが話してたんだ。君が学園で大変な目に遭っていたとね」
なるほど、先日の初登校の時に私が令嬢たちに囲まれていた時の事を話したのか。
それで問題児だと思われている私は、内からも外からも厄介事を起こしがちなので監視するという訳ね。
「それに、前に発作を起こしていただろう? あれを見て心配しない男はきっといないさ」
ん? 心配してくれてるってこと?
私の知っているブラン・ピュワイトとの人物像の違いに少し違和感が生じる。
原作での彼は他人に興味がなく、また自分にも興味のない人間だった。
それが何故か私の心配をして、現にこうして朝の忙しい時間を押してまで迎えに来てくれている。
どういう風の吹き回しなのか、気になるところではあるが今は詮索しても良い事はなさそうなので、私はあまり頼りにならない勘に従ってこれ以上この話をするのはやめた。
そのままどこか気まずいようで、そうでもないような沈黙のまま、王族用の馬車が学園へと到着する。
先に降りたブランがエスコートの為、手を差し出してきたが、私が反応するよりも早くその手を引っ込めて、バツが悪い顔でこちらを見上げて謝罪した。
「あっ……すまない。配慮に欠ける行為だった」
「い、いえ。ブラン様の優しさですので、お気になさらないでください」
当然、私の心臓はバクバクだ。
狭い密室に男性と一緒というだけで動悸がしていた私は、現在は制服の内側は薄っすらと汗で湿っており、先程突き出された手を見ただけで瞳孔が開くほど恐怖していた。
馬車を降りて教室まで歩いて行く間、ブランとの距離が少し開いてしまったような気がする。や、物理的には離れてるんだけど。
教室に辿り着くまでにどうにか平静に戻れたので、落ち着いた態度で用事があるというブランを見送り独りで教室へと足を踏み入れる。
学園には数回ほど来ているが、教室に入るのはこれが初めて。
別の意味で緊張し鼓動が高鳴るのを感じながら、私は見慣れている初めて見る教室へと、初の一歩を踏み出した。
「「「……」」」
私が入室するなり、先程までガヤガヤと騒がしかった教室内が、しんと静まり返って全員がこちらを見つめる。
「お、おはようございます。アミラン・ヴァイオレットですわ。お、おほほほい」
なんか緊張して最後の愛想笑いがひっくり返った気がする。出だしから挫いた。
そんな私の態度を見て、ほとんどの生徒たちが手近な人たちと小声で会話しているのを聞いて、恐らく恥ずかしさから茹でたように顔を赤くしながら私は適当な席に着く。
この学園に決まった席はなく、生徒が好きな所に座るシステムなので、特に問題はない。
「あ、あの……その席、俺の友人が座るんですが……」
クラスの端に数人で固まっていた男子生徒のうちのひとりが、本当に申し訳なさそうな声色で話し掛けて来た。
初め、声のトーンで後ろめたさがあるが、それでも何とか声を掛けて来たのかと思ったが、顔色を窺うと予想とは違って本当は怒っているのか、顔も薄く紅潮しており距離感が思ったよりも近い。
「ひっ……!」
赤くなった顔と目、相手の体臭すら伝わる距離感。
なにより前世で見た男たちのように忙しなく興奮した様子に見えるその目を見て、例外なく、その場で発作が起こる。
「ハァ、ハァ……」
突然胸を押さえ苦しみ始めた私を見て、声を掛けて来た男子生徒はもちろん、クラスのほとんどの生徒が何事かとこちらに視線を送る。
その中には当然、他の男子生徒たちの目もあり、それを見て距離が離れているにもかかわらず、私は更に発作が強くなると予感した。でも、そうはならなかった
「すまん、少し外の空気を吸わせて来る」
席に着いたまま荒い呼吸を繰り返していると、いつの間にか教室の外に居た。
僅かだが落ち着いたので周囲を見てみると、何故か私は椅子に座ったまま廊下に居て、少し離れた所にはイドリスが立って私の顔色を窺っていた。
「落ち着いたか。まったく、貴様はどこに行っても面倒事を起こしているな」
どうやら、また彼に助けられたらしい。
それにしても一体どうやったのか、いくら発作が起きていて意識が朦朧としていたとはいえ、流石に椅子毎運ばれれば気付くはずなんだが、まったくそれらしい記憶がない。
とにかく、今はまたしても彼に助けられたのだ、しっかりとお礼は言わなければ。
「また、助けられてしまいましたね。ありがとうございます、イドリィ」
言ってから、ハッとした。
なぜ今このタイミングでかつての彼への呼び名を使ったのか、分からなかったからだ。
それはあちらも同じことのようで、如何にも不快といった表情でこちらを汚物でも見るかのような目で見下ろす。
「ご、ごめんなさい、でも本当にありがとうございます」
今度は無意識に、背の高い彼を見上げるような姿勢で言ったので、図らずも上目遣いに近い形になってしまった。
それを見ると、彼は顔を背け直ぐに後ろを向いて、何も言う事なくその場を立ち去ってしまった。
どうやらまた怒らせてしまったらしい。
彼とはいつかきっちりと謝罪して、仲良くできればいいな。
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