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11/23

11 断りますわッ

「突然の訪問で驚かせてしまいましたね。侯爵家である私が代表として謝罪させていただきます。申し訳ありません」


 固まる私の前で、()()()()()知らない令嬢が目を伏せ謝罪の意を取る。

 それに続き、後ろに控えている令嬢たちも一応といった体で浅く頭を下げ、アポなしの訪問を謝罪した。


「い、いえ。驚きはしましたが頭を下げる必要はないですわ」


 その言葉に、全員が頭を上げ、中には一名ほど未だおろおろとしている者もいるが、真っ直ぐ顔を上げる。

 座るよう促すと、既に従者が用意していたお茶のお代わりを用意するように言いつけてから、緩く本題へと切り出す。


「それで、今日はどういった御用でしょうか?」


 アミランであった時の癖がそのまま抜けず、全神経を見栄えを良くすることに使い、所作や言葉遣いが極力優雅に見えるよう立ち振る舞う。


「いえ、まだ見ぬ学び舎の友が、未だ体調が優れず床に伏していると聞き、居ても立ってもいられずこうして訪問しにまいりましたの」


 応えたのはやはり先の侯爵令嬢、エニエットだ。

 彼女の実家はミッケラー侯爵家で、アミランの家と家格は同じになるのだが、一応原色の家系のヴァイオレット家の方が数段は上だろう。


 それでもこうして突然家に突撃し、追い返すでもなく屋敷に招き入れているのは、彼女の実家の強さと、訪れた令嬢たちの数が多い事にある。

 本来であれば事前の予告なく貴族の家に来るのはマナー違反なのだが、有事の際や上の権力の人間が下の格式の家に行くのを咎める事はない。


 そしてこの場合は、友人を見舞うという大義名分と、四人もの貴族令嬢が同時に訪問するという異例によって、かなりの格を持つヴァイオレット侯爵家の屋敷の敷居を跨げているという訳だ。


 しかし、彼女たちがただ私のお見舞いにくるだなんて、そんなことあり得ないと思うんだけどなぁ……。

 何せ彼女たちは原作ゲームではアミランの取り巻きをしており、主人公を苛める悪役令嬢なのだから。


 内心ではびくびくと大量の汗を垂れ流しながら、私は努めて平静を装う。こういう時はアミランの鍛えた見栄えの身を着飾る能力が役に立つ。皮肉かな。


「その、わたくしはご覧の通り元気になりましたので、明日からは学園にも通えると思います」

「まぁ、それはよかったですわ!」


 言外にもう大丈夫だから放っといて、というニュアンスを込めて言ったのだが、全員気が付いていないのかそれも込みなのか帰る気配は無い。

 どこか張り付けたような笑顔で私の快復を喜ぶ彼女たちの笑顔は、とても寒気がするなんともおぞましい物にも見えた。


「ところでアミラン様、最近わたくしたちの婚約者と睦まじく過ごしているご令嬢をご存知でしょうか?」


 ん? なんのこと?


「ふんっ、あれのどこが令嬢なのですか。ただの薄汚い平民の小娘ではないですか」


 ずっと音頭を取っていたエニエットの言葉に、ボーイッシュな……ともすれば美少年にも見える、シビル・キシュエルが口悪く訂正する。

 始めはなんのことを言っているのかさっぱりだった私も、そのシビルの分かりやすくハッキリとした言い方でやっと気が付く。


 これ、ユリのこと言ってるよね……。


 本来の歴史であれば、入学初日にアミランが平民であり礼儀を知らないユリを目の敵にして虐め始め、それを攻略対象たちが助ける事でストーリーが展開していく。

 しかし御覧の通り私はずっと引き籠っていたし、彼女にはちょっかいどころかまともな会話すらしたことも無い。泣きついたのを会話と呼ぶならそうかもしれないけど。


 私は避けられぬ運命の力に、背中から冷たい汗を流していた。


 ここで絶対にユリにちょっかいを出させてはダメだ。何としても彼女の事を守らないと、私が死んでしまう。


「お言葉ですけれど、そのご令嬢が何かしたのでしょうか?」

「いえ、特に何も」


 真顔のまま即答した少女に戦慄を覚える。

 確かに原作でのアミランも何か理由があって彼女にちょっかいを掛けた訳ではないが、いざ目の前でこれから人を陥れるという話を聞くと、平和な日本で育った身としては実感が湧かないほどぶっ飛んでいる。


「そ、それでは今はまだ様子見という事で、直接手出しするのはどうかと思うのですが……」

「なるほど、分かりました」


(物分かり良すぎ!?)


 いささか拍子抜けだが、ユリから手を引いてくれるのならこれ以上望むべくもない。私は完全なる勝利を掴んだ気になり、心の中で小躍りしたい気分になる。


 唐突に話を切り上げたエニエットに、残ったメンバーが驚いたような顔で彼女を見つめたが、リーダー格である彼女に逆らえるはずもなく、黙って成り行きを見守っている。


「ところでアミラン様、お噂で伺ったのですが殿方が苦手というのは本当なのでしょうか?」


 僅か視線を鋭くし、私の挙動を観察するように言葉を投げて来た。

 その目に気が付くより先に、私の体はピクリと不自然に飛び跳ねて、言い逃れのしようもなくそれが事実であると伝えてしまう。


「あらあら。……それはそうと、わたくし、学園に入ってから友人に恵まれましたの。今まではあまり交流の機会に恵まれなかったのですが、最近では男女の別なく仲良くさせて頂いてますのよ?」


 意味が、分からない。何を言いたいのか分からない。

 なぜ突然そんな話をするのか、なぜ未だにその鋭い眼差しを私に向けているのか、分からない。


「エニエット様!? まさかアミラン様を脅すのですか!?」

「あら人聞きの悪い。わたくしはただ、学園に馴染めていないアミラン様に、級友を紹介しようとしているだけですのよ?」


 まさか、まさかこの子、私が協力しないとみるや、私の最も嫌な事(男性恐怖症)を利用して私を脅して利用しようとしているの……!?


 この場で彼女の提案を蹴り、その後三年間に及ぶ学園生活がどのようなものになるのか、原作のゲームを見れば大方の予想は付く。

 ユリがアミランにされたような、陰湿で執拗な、こちらの精神も肉体もボロボロになるまで嬲り続けて追い詰めるのだ。


 それを考えるだけで、私の心臓はまるで目の前に男性が居るかのように早鐘を打ち汗が噴出し始める。

 胸を押さえ、必死に恐怖に耐えている私にそっと近寄り、背中を擦る振りをしてエニエットが近付き耳元でそっと囁く。


「わたくしの軍門に下りなさい」


 短く、表情は取り繕いながらも、確かな声色で私を脅す。


「断……ります……!」


 ハッキリとした拒絶の言葉に、一瞬だけ驚きの表情を見せた後、悔しそうに相貌を歪める。それでも直ぐに気を持ち直し、続く言葉を吐く。


「わたくし、やると決めたら手加減はしませんのよ?」


 今度はハッキリと、その視線と言葉に敵意を乗せて、私の背を撫でる手付きを爪立てるほど力強くしながら思いの丈を語る。


 部屋の中で一部始終を見ていたリリアが主の危機を察してか、私たちの傍まで寄ると未だ睨め付ける目を隠しもしない少女の元から私を抱き上げて連れ出した。


「申し訳ございませんが、主は気分が優れないようです。折角お越しくださり誠に残念なのですが、お引き取りを」


 平均よりも少し高い背丈で、私の体を包み守るようにしながらハッキリと告げるリリアを、私は下からボーっと眺める。


「無礼なっ! 一介のメイド風情が侯爵家のわたくしに楯突くつもりかっ!」

「申し訳ありませんが、リリアの言う通りです。お引き取りください」


 突然人が変わったように、従者に対して横柄な態度をとる彼女に堪えきれずそう告げた。

 正直このまま脅しを呟かれ続けるのもかなり嫌だが、何より私のメイドに対して突然キレたのが我慢できない。


 こいつは確かに毒舌だし主に対する配慮も無いが、いざとなると自分の身を挺してでも私を守ろうとする忠義に篤い、私の優秀な侍女だ。


 その気迫が通じたのか、これ以上は意味がないと踏んだのか、彼女がそれ以上何かを言う事は無く、そのまま帰宅した。

 その際、ゲームでも見たことの無い気弱なふわふわボブのメリラが、私の方に何度も振り返りながら帰って行ったのが少し気掛かりに思う。


 そうして誰も居なくなった廊下で、ふらつく体をリリアに支えてもらいながらただ無為にその場で立ち尽くす。


「さっきのリリア、ちょっとかっこよかったよ」

「……アミラン様こそ、怯えてるのに突っかかってて笑えましたよ」

「ちょっ!? 折角人が褒めてるのになんてこと言うの!?」


 そのままギャーギャーと姦しく廊下を渡っていき、私室へと戻る。

 今日は早々疲れたし、もうこの後はずっとぐーたらしててもいいかな。


「でも、ちょっと見直しましたよ」

「ん? なんか言った?」

「いいえ。うちの主人はバカだなぁと思いまして」

「なにそれっ!?」


 部屋の隅に控えるメイドが何か言った気がするけど、その内容は聞き取れなかった。

読んでいただきありがとうございます!

少しでも面白いと思って頂けたら『いいね』『ブクマ』『誤字報告』などよろしくお願いします!

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