10 取り巻きですわッ
薄いオレンジ色の明かりが室内を緩く照らす中、私は今もなお枕に顔を埋めて唸り続けていた。
「うぅ……」
「いい加減に復活してください」
いつまでもそうしている私を見かねて、側付きであるメイドのリリアがさも面倒くさそうに声を漏らす。
つまらなそうに溜め息を溢すそのメイドは、真っ直ぐ伸びたショートの銀髪はひたすらに綺麗だし、透き通るような灰色の目は何を考えているのか分からない時があるけど同じく綺麗だ。
そんな美麗な私の専属メイドは、先程まではある程度主の心労を想う素振りを見せていたが、効果がないと分かると途端に面倒ぐさがり、投げやりになり始めている。
「そうはいうけどね、私だっていろいろ大変なんだからっ!」
もう既に、リリアに対してお嬢様ムーヴはしていない。
倒れた翌日から四六時中傍にいるのだ、どうやっても化けの皮は剥がれるしそもそもこの体になってから色々と不器用になっているのでバレるのも時間の問題だっただろう。
どうやら転生して、各能力や頭の出来などはアミラン側に合わせてしまったらしく、前世では得意であったことや出来ていたことすら殆ど出来なくなってしまった。
「大変なのは私もですよ。そんなことよりレーナ女医から薬を預かっているので、とっとと飲んで寝てください」
気もそぞろな私を意に介さず、ベッド脇に置かれていた水差しから一杯分の水を注ぎ、取り出した錠剤を少々乱暴に手渡す。
原作ゲームではリリアというメイドキャラは見かけなかったから知らないが、彼女は原作でもアミランにこんな態度だったのだろうか。だとしたら何というか、肝が据わっている。
強引に手渡された一錠の薬を一身に見つめ、飲むかどうか大きく迷う。
先程は大丈夫と言われてスライムみたいな液体を飲んでみたが、レーナはやはり信用は出来ない。や、好きだけどね。
「そういえば、レーナ女医から伝言です。『あんなことがあったから信用できないだろうが、知らん。治療のためだ飲め』だそうです」
「えぇ……」
なんとも私のよく知るサイコちっくな女医らしい言葉に、呆れともつかない声を漏らす。
彼女は本当、唯我独尊我が道を行く性格をしてる。
半分諦めの境地に立ちながら、もうどうにでもなれと半ばやけくそになりながら一息に薬を飲み込んだ。
「おぉ」
(おぉって何!? あんなことがあった後によく飲めるなって!? 私もそう思うよっ!)
青い液体を飲んだ時の恐怖を少しだけ思い出し、いずれ来るかもしれない苦痛に備えて目をギュっと閉じて全身に力を入れる。
しかし、五分が経過し十分ほどが過ぎても体調に変化は訪れず、私は力の入れ過ぎでぷるぷると震えていた体の力を溜め息と共に緩めた。
目を開けてリリアを見ると、何故か顔を背けて今度は代わりに彼女がぷるぷると小刻みに震ていた。
その姿を不審に思いつつも、私は薬のお陰かそれを飲む為に吹っ切ったおかげか、少しだけ軽くなった心で口を開く。
「もうほんと、散々な一日だった……」
「……」
意味もない言葉を口にしても、一応主である私の発言を聞き逃すまいと、佇まいを整えて聞きに徹する。
「そもそもなんで私が酷い事されなきゃいけないの!? しかもその後死ぬほど苦しい薬飲まされるし! それにキ、キ、キ、キス……されちゃった、し……」
最後はあまりの恥ずかしさに殆ど聞き取れなかったかもしれないが、誰かに聞いてもらっているという状況が、私の心を軽くする。
「結局魔力が使えない理由も不明だし! ほんとに苦しみ損じゃん!」
「ハァ……」
「あっ! 今溜め息吐いたな!?」
こんの駄メイド……主の目の前で明らかに蔑みの眼差しで溜め息吐きやがった。
その後もぎゃーぎゃーと言う私を飄々と受け流し、ある部分で真剣な顔を作って従者として進言した。
「それにしても、アミラン様の頭の出来がお粗末なのは今更として、唯一の長所であった魔力が使えないというのは確かに問題ですね」
「おい、そこはかとなく馬鹿にしたよね?」
「いえ、はっきりと侮辱しております」
解雇してやろうかこいつ。
…………
寝て起きて現在。今日は一週間のうち六日ある曜日の最終日にして白日。つまりは休日だ。
前世で言う所の日曜日に値する日で、学校は基本的に休みになる。
そんな訳で、昨日の疲労もあった私は、三日間ずっとぐうたらしていただけにも拘らず、未だにベッドの上でゴロゴロしていた。
「もう昼にもなるのに、いつまでそうしているのですか」
ずっと部屋の隅に居たリリアが、我慢の限界と言わんばかりに私の布団を剥がしに掛かる。
しかし私は前世ではずっと実家暮らし。二十年以上母親とのお布団争奪戦を行ってきたのだ。負けるはずがない。
その歴戦から導き出された予想通り、お布団争奪戦は私の完全勝利という形で終息した。これに懲りたら二度と休日に起こすでないぞ。
「アミラン様、お客様がお見えになっております」
「はぁ!?」
あまりにも予想外且つ唐突なメイドからの言葉に、私は折角勝ち取った布団を吹っ飛ばしながらリリアに詰め寄る。
「いつ! なんで! 誰が!」
「先程、お見舞いに、御学友の方々が」
適当な箇条書きのような質問に、嫌味としか思えぬ程丁寧に答えたリリアが、隠しもせぬ悦に満ちた顔でベッドに座る私を見下ろす。
こいつ、慌てる私が見たいが為にわざと言わなかったな。
どうせ、もっと早く起こしてよ! なんて言った所で、「起きなかったのはそちらでは?」とか言ってぐぬぬする私を見て楽しむ魂胆だったんだろう。
悔しいので、あえて言わない。これで一矢は報いたことになるだろう。
「起きなかったのはそちらでは?」
「なんも言ってねぇよ!」
この駄メイドめ……心の中を読んで敢えて言わなかった台詞に被せてくるとは……奴の方が一枚上手であったか……。
「いつまでもバカやってないで、着替えますよ」
誰のせいだ! というツッコミは心の中にしまっておいた。どうせまた嫌味な返しをしてくるだけだろうから。
無駄な事をする暇もなく、既に客間で待っているという謎の学友とやらの為に、私たちは急ピッチで準備を進めた。
起きてからまだ何もしていなかったので顔を洗い髪を梳かし、前世に比べるとやたらと時間と手間の掛かるドレスを着ていく。
その全てをリリアが担当し、記憶では知っていたが実際にこの身で体験すると、意外に有能だったんだと驚いた。
それから部屋を出て、気持ち早歩きで客間へと急ぐ。
その間に屋敷に居る従者たちが驚きつつも挨拶をしてくるので、それにもしっかりと返す。
「お、お嬢様がご挨拶を……!?」
何か聞こえた気もするが、今はそれどころじゃない。というか、そもそも学友って誰が来てるの?
考えている間に客間の前まで辿り着き、考えても仕方ないと結論付けると、一息に扉を開け放った。
「お待たせしてしまい申し訳ございません。アミラン・ヴァイオレットです」
「いえ、急に押し掛けたのは私たちですし、気になさらないでください」
え、誰?
中央に置いてある小さな膝丈のテーブルを挟み、私から見て右側の革張りのソファーから優雅に立ち上がり声を発したのは、見たこともない令嬢だった。
いや、よく見てみるとどこかで見たような……。
そんな私の視線を受けて、さも今気が付いたといった風に、先程の令嬢を筆頭に、四人の令嬢が挨拶をする。
「エニエット・ミッケラーですわ。以後お見知りおきを」
長い金髪の毛先をクルクルにした、ドリルお嬢様が緩く膝を曲げてカーテシーの礼を取る。
「あ、あの……メリラ・サジュース、です……」
茶色のふわふわなボブカットの、どこか気弱な少女が、先程のエニエットの真似をするように挨拶をする。
「シビル・キシュエルと申します」
気が強そうな鋭い目つきに、短い赤毛が特徴のボーイッシュな令嬢が先とは変わって端的に話す。
「ロレリア・ムーリアと申します~」
真っ直ぐなクリーム色の髪を腰まで伸ばした、おっとり口調の令嬢が最後に挨拶を締めくくった。
ここまで来ると流石に思い出した。彼女たちは全員、原作でのアミランの取り巻き令嬢にして、攻略対象たちの婚約者だ。
どうしよう、平和に生きようとしてたのに、なぜか向こうから問題がやってきちゃった。
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