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第一章 家見舞のその後に ③

 相談事と言うのは、『葉茶屋』の旦那さん、(たけ)さんの弟分に当たる権助(ごんすけ)さんと定吉(さだきち)さんのことだった。

 これまで権助さんと定吉さんは、竹さんの家に毎朝どころか昼も夜もほぼ毎日御相伴に与る程仲が良く、昨日も新築の祝いの品を持って、遊びに来てくれたのだという。

 その日、二人は普請のお祝いを買ってくると竹さんに言っていたらしい。しかし、竹さんは権助さんと定吉さんの言葉を信じていなかった。竹さんは二人の懐事情を知っており、彼らにそんな余裕がないとわかっていたのだ。

 それでも竹さんには、その弟分たちの気遣いだけで十分だったそうだ。

 だからこそ実際に祝いの品を持ってきた二人を見て、竹さんは大層喜んだという。竹さんは、もらった品の例を兼ねて、権助さんと定吉さんにお酒を振る舞った。

 今にして思えば、二人の様子がおかしくなったのは、その時からだという。

 竹さんの奥さん、お(くに)さんが酒の肴に出したのは冷奴と、ほうれん草のおひたしに、覚弥の香々(古漬物)。だがそれら全て断ち物をしているからと、お酒だけ飲んで二人は口にしなかった。

 断ち物とは神仏に願掛けをした時に、自分の好きなものを絶って行う願掛けのことだ。神仏に誓っているのなら仕方がない。無理強いはできないので、それだけ断ち物をされたらおかずは焼き海苔ぐらいしか出せないけれども、せめて飯でも食っていけと竹さんが言うと、二人は大いに喜んだ。

 しかし、湯気の立ったご飯を見た途端、体調が悪くなったからと、二人とも足早に家へ帰ったらしい。

「それで、そのお二人は今日はどちらに?」

「……仕事の配達に出れるぐらい、元気にしてらぁ」

 そう尋ねた私に、竹さんはうなだれながらそう言った。

「でも、お元気そうなら良かったじゃないですか」

「ところが、俺は今朝見ちまったんだよ、風呂に行く前に。あいつらが朝飯に豆腐の味噌汁を飲んでるのをよぉ……」

「それは、変ですね……」

 断ち物として、冷奴、つまり豆腐を絶ったのだ。それなのにもかかわらず、二人は豆腐の味噌汁を飲んでいた。

「豆腐だけ食べないようにお味噌汁を飲んでいた、という可能性もありますよ?」

「どこにそんな器用な味噌汁の吸い方する奴がいるんでぃ!」

 確かにその通りだ。竹さんの言分に、私は何も言い返すことが出来なかった。

「俺はあいつらに、罰でも当たっちまうんじゃないかって、気が気じゃなくってよぉ……」

 苦渋の表情を浮かべ、竹さんは唸る。

「それとも、何かね。もう俺のことには愛想を尽かしちまって、一緒に飯も食うのも嫌になりやがったのかねぇ」

「いや、そんなことはないでしょう。だって仕事には、きちんと来ているわけですよね?」

「だったら、だったら、何であいつらは、俺によそよそしくなっちまったっていうんでいっ!」

「よさないか、あんた! 『相談屋』さんに当たったって、しょうがないじゃないか」

 顔を真赤にした竹さんを、お国さんが諌める。

 私は少し考えて、口を開いた。

「あの、お店の中を見せて頂いてもよろしいでしょうか?」

「何だ? 今度は俺の店にけち付けようって言うのか?」

「だからおよしよ、あんた!」

「お二人の様子がおかしくなったのは、この家に来た後なんですよね?」

 お国さんが竹さんを抑える中、私はそう尋ねた。

 思い当たる節があるのか、竹さんの顔が思案げになる。

「……そういやあいつら、店に来てから、すぐに風呂行きやがったな」

「その後、お酒をお飲みに?」

 私の言葉に、竹さんは頷いた。

「『相談屋』さん。一遍、家ん中見てってください」

「わかりました」

「こちらになります」

 竹さんの了解を得て、私はお国さんに連れられ、お店の中に入る。お茶の匂いが、より強くなった。

 お店は二階建てになっており、新築ということで埃もない。当然ながら畳があり、うちの店との違いを否応なく意識させられた。

 お座敷には、商品であるお茶が入っているであろう、つや消しされた茶箪笥が四つも置かれている。金具の付いた意匠の凝ったものだ。その奥には屏風で仕切られ、台所が来客から見えないようにされている。

「屏風の向こう側に行っても、よろしいでしょうか?」

「かまいません。どうぞ」

 草履を脱ぎ、私は畳の上に足を乗せる。屏風の向こうに置かれていたのは、猫板の分厚い長火鉢が二つ。煙管が置かれている方が、竹さんのものだろう。火鉢の中に銅壷が入れてあり、試飲のために湯を沸かしているのか、湯気が立ち上っている。その引き出しの中は乾燥させないように、海苔か煙草でも入れているのだろう。

 台所の近くには蝿帳が置かれ、出来た食事に蝿が群がらない様にするため、木枠に布が張り付けてある。他にも藁を編んで作っためしつぐらの姿に、箱膳もあった。

 台所は綺麗に片付けられており、竈には木の蓋がされた釜が二つ並べられている。流しに生ごみも見当たらず、包丁やまな板も綺麗に洗われている。その隣には口が広く、女性でも使いやすそうな、腰の低い厚手の拵えの水瓶が鎮座していた。中には井戸で汲んできたのか、水が張られている。聞けば定吉さんが、今朝も井戸から汲んでくれたのだそうだ。

 他にも火鉢や行灯、座布団と、流石支店を出す『葉茶屋』というだけの質が上等なものが揃っている。二階には竹さんとお国さんの布団が置かれているのと、着物をしまう背の高い立派な箪笥、文机に書見台が置かれており、大店の家の見本市のようで、変わったっ所はなかった。

 それでも一通り見た私は、あることに気がついてしまう。このお店の間取りとうちのお店の間取り、ほぼ同じ造りだ! どこをどう間違えたら、こんなにも差が生まれてしまうのだろうかっ?

 思わず膝をつきそうになる私を、お国さんが慌てた様子で支えてくれる。

「大丈夫ですか? 何か、家に変な点でもあったんでしょうか?」

「……いいえ、問題ありません。問題があるのは、うちの方です」

 疑問符を浮かべるお国さんに、何でもありませんと、私は咳払いをした。

 それから竹さんの一階、二階をもう一回り巡ってみたが、どう考えても私には不審な点を見つけることが、相談事を解決することが出来そうにない。

 竹さんとも相談した結果、ひとまずこの件、権助さんと定吉さんの様子がおかしい件は持ち帰ることで、話は落ち着いた。ひとまず落ち着いたのはいいのだが、私はこの後精神的に深く傷つきながら、残りのお得意様を回らなくてはならなかった。

 仕事終わりの暮れ六つ(午後六時)の鐘の音がなる頃、私は普段の倍以上の疲れを背負いながら、帰路についた。

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