09 叙勲と降格
「ミカ・ローレンジュを上級騎士へ任命する」
約1か月後、トレンチノ伯爵の館の中でボクは上級騎士の叙勲を受けた。ボクの功績は国王に知らされ、トレンチノ伯が国王に代わりボクへ儀式を行った。
上級騎士は身分としては土地も爵位もないが、普通の騎士よりも権限があり、伯爵の代わりに騎士たちを率いることもできる立場にある。
これで孤児だったボクを育ててくれた剣匠メリキウスに顔向けができる。
あとはこのトレンチノ伯爵領で騎士として生涯を捧げればいい。
──そのはずだった。
数か月ほど、辺境の森に巣食っている魔獣討伐のため遠征に出ていたボクの耳に信じられない噂が飛び込んできた。
まさかレイシアがそんなことを……。
討気に入らない侍女を処刑したり、高価なものを買い集めたりと昔の残忍で高飛車な彼女に戻ったと伐隊の中でも噂が広がり始めている。
それから一か月もしないうちに辺境の森に巣食っていたすべての魔獣を討伐したボクはトレンチノ伯爵とレイシアの住む街へと凱旋した。
「遅いわ、のろまな連中だこと!」
ウソでしょ? レイシアのボクを見る目が別人のように冷たい。ボク以外の騎士たちは彼女と関わり合いたくないのか目さえ合わせようとせず、皆、下を向いている。
「アナタが責任者? 罰として領民から金貨を10万枚かき集めてきなさい」
上級騎士であるボクの1年間の給金は金貨1,000枚あるかどうか、ボクの給金だけで賄おうとしたら100年間働かなければならない。
トレンチノ伯爵自体は、悪い噂は聞かないが、こと愛娘に関わる話であれば、意見は一気に変わる。とにかく娘に甘すぎる。
ボクは本来国王の意向に従うべきところを彼女の一存で騎士見習いへと降格された挙句、屋敷から追い出されてしまった。
彼女の変わりようはいったい? あの日ボクとたくさん話して笑いあった彼女とはまるで別人みたい。
──別人?
そう、彼女はボクが愛しているレイシアとは違う……。
ボクは頼る伝手もなく、まさか領民から寄付を募るワケにもいかない。やむなく遠く離れた都市にあるダンジョンで金貨を稼ぐために冒険者業を始めた。
この大陸で、もっとも有名で悪名高き迷宮「黄泉の魔窟」──常に魔獣がダンジョンの中で生まれ、一定量を駆逐しないと地上へ魔獣が押し寄せるダンジョンブレイクを有史以来、幾度となく起こしているとても危険な迷宮。
魔獣掃討のために「守り手」と呼ばれる王国に雇われた騎士や兵士がダンジョン内での活動が中心となる。だが冒険者等級に応じて魔獣を一定数間引くのを条件に一般の冒険者の入窟も許可されており、ボクは最下等級である鉄等級から始めて5か月くらいで最上位である白金等級まで一気に駆け上がった。
複数の別の国から仕官のお誘いも受けたが、ボクはすべて断り、トレンチノ伯は治めるトレンチノ領へと帰った。別人のようになってもボクは彼女を……レイシアを愛しているから。