05 縮んだ距離
「それ……血じゃないの?」
「え、はい」
「鎧を脱いで」
「はい」
なんか急にレイシア嬢の口調が変わった。友人と話すような親し気でいて、どこか懐かしい雰囲気、彼女との距離が一気に縮まった気がする。
「光が外に漏れないように服で覆って……そうそう」
暖かい緑色の光の粒がボクの脇腹を抉った傷をまるで穴の開いた地面を土で埋め戻すように治っていく。
「ミカ、助けてくれてありがとうね」
「いえ、これが試験ですし、当然のことをしたまでです」
「あのさ」
「はい?」
友人のような振る舞いをして欲しいと頼まれた。──よし。
「レイシアってコッチの方が素なの?」
「まあね、素、というか憑依しているっていうか」
憑依? ──彼女の言っている意味が今一つ理解できないが、彼女は異世界人で、レイシア・トレンチノに代わるべく意識だけ転生して、この世界へやってきたそうだ。
「〝この子〟元々は性悪な悪役令嬢だったんだけど、バッドエンド回避のために私が来たってワケ」
まったくもって言っている内容が理解できないが、そんな砕けた雰囲気の彼女は少なくとも以前よりさらに魅力的にみえる。
「夜は冷えるね」
「うん」
彼女の元居た世界のことをいろいろ教えてもらった。空飛ぶ乗り物に何百、何千人と客を乗せて走る巨大な鉄の箱。天空までそびえ立つ建物もあるそうだ。
「ねえ? ミカって好きなひとはいるの?」
「え、ボクはそんなひとは……今までいなかったけど……」
「今はいるの?」
ついつい彼女を見入ってしまった。そのせいであっさりとバレてしまう。
「私?」
「……うん」
なんか恥ずかしいな……でも彼女は侯爵家の令嬢、ボクは爵位を持たない騎士見習い、騎士になったとしても身分があまりにも違う。
「じゃあ両想いじゃん」
「それって……」
「もう! 可憐な乙女に何度も言わせないで、こういうこと」
彼女の顔がボクに急接近した。
丸い月と星空の下、一瞬、ボクらふたりの影が重なったが、すぐに離れた。
「ねえ、ミカ、私のお願いを聞いてくれる?」
静かな岩山のうえで周囲には虫の鳴き声しか聞こえない。
ボクは真っ赤になっているだろう自分の顔をはやく元に戻そうと手で顔をあおぎながら、うなずいた。
「もし、私が元の冷酷非道な悪役令嬢に戻ったら……」
空色の瞳のはずが一瞬、紅く妖しく輝いたように見えた。
「私を殺して」