03 花ことば
「あら綺麗なお嬢さん、この花が好きなのかい?」
「ええ、ひとつください」
レイシア嬢とボクは露店が並ぶ通りで買い物をしている。
「マルケスの花です」
店主が包装用の麻袋を準備している間にレイシア嬢がボクに教えてくれた。
マルケスの花、山林部に生息している赤色をした花でボク達が住んでいる国ではあまり手に入らない花だそうだ。
周囲を警戒しつつもボクは彼女の横顔を盗み見る。薄い唇に白くしなやかな項、そして透き通るような空色の瞳。
「花言葉は……」
愛の告白──身分が違いすぎるボクはレイシア嬢へ恋慕の情など持ち合わせてはいけない。トレンチノ伯爵に仕える騎士を目指しているのだから湧き出そうになる感情をぐっと抑え込む。
マルケスの花を買った彼女は満足そうな表情をしている。
露店で売っている栄養価を度外視した食べ物を食べ歩きして喜んでいる彼女をみてると普通の町娘のように思えてくる。
露店通りを抜け、待機していた馬車に乗り込むと別邸までの短い移動のために移動経路に軽装に身を包んだ騎士達が配置についたところで移動が始まる。
「ミカさん、このままバゲイラ邸までお願いします」
「はい、わかりました」
大富豪だというバゲイラ氏は好色として知られており、屋敷の中に入るにあたって心細いため護衛を名目にそばにいて欲しいと頼まれた。
昨日は気分が優れないという理由をつけて、面会しなかったそうだが、別宅を借りている手前、さすがに二日続けて断るわけにもいかない。
バゲイラ氏の屋敷のなかを見て軽く驚いた。
統一感のない内装と装飾品、率直な意見に言い換えると趣味が悪い。
ただ置かれているものは、宝石がちりばめられ、金銀の細工もふんだんに使われている。高価であるという点は商人のような目利きのできないボクでも分かる。
「レイシア様、久しいですな」
「ええ、ご健勝で何よりですバゲイラ殿」
これは想像を超えた人物が現れた。あまり人の容姿をどうこう言いたくないが、蛙の化け物という言葉がしっくりくる風貌で、レイシア嬢を今にも飲み込まんと凝視しているようにも見える。
食卓へ案内され、レイシア嬢が腰を下ろし、ボクは彼女の背後、少し離れて目立たないよう警備に当たる。
家族はいないようだ。ひとりで長い食卓の向こうで鳥の丸焼きにかぶりついている。大富豪という肩書きがこんなにも似合わない人っているんだ、と素直な感想を心の中で漏らす。
「その者は?」
「彼は騎士見習いのミカです」
「ミカ・ローレンジュです。お見知りおきを」
「ところでお父上はご健勝にてお過ごしですかな?」
ボクに一瞥もなく急に話を変えた。別に構わないが見た目通りの人物なのだろう。
「貴女にプレゼント用意しまでゅ……失礼、用意しました」
バゲイラ氏はレイシア嬢の好きな花を知っていたのだろうか? 指をパチンと鳴らすと使いの者がいくつかの扉から現れてレイシア嬢のテーブルへ今日、露店で見たマルケスの花を一輪ずつ置き、まるで花束のように積み重ねていく。
「お心遣いは有難いですが結構です」
「でゅ……そうですか、喜ぶと思ったのですが、残念です」
おそらくレイシア嬢にとっても苦痛でしかない時間が終わった。レイシア嬢が食堂を退室する間際に見たバゲイラ氏の狂気を帯びた目はボクに警戒をかき立てるには十分だった。
「私、マルケスの花束は嫌いなの……」
その理由はボクがこれまで考えたこともないような答えだった。