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ディスポーザブルな日々に忍法を

作者: はじ

「気をつけろ」

 って、トイレに行く前にそう言われたんで一応気をつけてみたものの一体全体なにに気をつけるのかさっぱり分からないまま小便器の前に立って

「色良し! キレ良し! 異常なし!」

 って、いつも通りの指さし確認でセルフ尿検査を終えて小便器から離れるとどこからともなく

「忍法! 小水流しの術!」

 って、やけにハッキリした声がトイレ中に響いて小便器に勢いよく水が流れてきて驚いて手も洗わないでトイレから飛び出して

「ニ、ニンジャ! トイレに、ニンジャが!」

 って、慌てふためくぼくを見て

「だから気をつけろって言ったろ」

 って、笑う上司に

「で、でもなんでニンジャが」

 って、取り乱したまま尋ねて

「いつの間にか潜んでたみたい」

「全然気がつかなかった」

「さすがニンジャってところだ」

「さすがニンジャですね」

 って、相槌を打っている間に終電ギリギリの時間になって急いで帰り支度をして会社を出る前に少し尿意を感じてトイレに行っておそるおそる扉を開けたなかには人の気配はなくってさすがニンジャって感心して小便器の前に立って

「色良し! キレは微妙! うん、まぁ異常なし!」

 って、セルフ尿検査をして一歩さがると

「忍法! 小水流しの術!」

 って、滝のように流れ落ちてくる水の音を耳にしながら辺りを見渡してもニンジャの姿はどこにもなくってさすがニンジャって思いながら手を洗おうとすると

「忍法! 手水流しの術!」

 って、蛇口から水が流れ出してハンドドライヤーに手をかざせば

「忍法! 水気飛ばしの術!」

 って、掛け声とともにちょうど良い風が吹き出して至れり尽くせりでもう本当に

「ありがとう」

 って、思わずお礼を口にしてしまってそれに対する返事はなくってぼくは家に帰って寝て、起きて、さて出勤! 出社ァ! トイレ! 仕事ォ! お仕事ォ! 大仕事ォ! トイレ! トイレ! 退社ァ! 出社ァ!

 って、そんな感じで慌ただしく日々をこなしている間にニンジャにも慣れ出したある日のことで朝から猛烈な腹痛に襲われて出社と同時にトイレの個室に駆け込んで下着をおろして便器にまたがった途端にドリュドリュって軟化した糞便が尻穴から飛び出してきて直腸をえぐり取るような腹痛で少しでも早く過ぎ去るように手を組んで祈って頭上を見上げて手足を突っ張って天井に張り付いていたニンジャと目があって

「あっ」

「あっ」

 って、あれだけ暴れ回っていた腹痛は人見知りを発揮してサッとどこかへ去ってぼく自身も驚きよりもドリュドリュを聞かれた気恥ずかしさでとっさに目をそらしてニンジャもニンジャで気を利かせて

「忍法、悪臭逃しの術」

 って、小さくそう呟いて換気扇を起動させてその身に染みるような優しさに心から感謝して

「忍法! 汚穢流しの術!」

 って、

「忍法! 手水流しの術!」

 って、

「忍法! 水気飛ばしの術!」

 って、立て続けに忍法を受けながらトイレを後にしてニンジャの心づかいに感謝も冷めやらないぼくに上司はニンジャ退治を命じて

「まじっすか」

 って、言って

「まじまじ」

 って、答えられて

「ほら、これ着てけ」

 って、手渡されたニンジャのコスチュームを着ようか迷っているぼくを差し置いて上司はさっさと仕事をはじめてぼくは仕方なくトイレに向かって

「どうしたんだい、浮かない顔して」

 って、閉じられた個室からそう投げかけられて

「まぁ色々あってね」

 って、答えて

「そうか、色々か」

 って、答えると

「こっちもだよ」

 って、言い出して

「耐え忍ぶような毎日は嫌になるよ、まったく」

 って、愚痴られて

「仕方ないよ、上の言うことは絶対だから」

 って、答えると

「そうだな、仕方ないか」

 って、言ったから

「うん」

 って、頷きながら個室の扉をよじのぼってそっとなかをのぞいてみると空っぽで

 罠かっ?! 

 って、思う間もなく背後の小便器から唐突に水が流れて反射的に振り返ってしまってでもそこには誰もいなくて

 罠かっ?!

 って、思うと間もなく個室から炸裂音が響いて慌てて視線を戻して開け放たれた大便器のフタから勢いよく黒い影が飛び出してきて首元めがけて一直線に向かってきて寸前のところで身を引いてバランスを崩して床に転げ落ちてしまって飛び上がってきた影はそのまま天井の隅にピタと張り付いて床に倒れたぼくを見下ろして

「やるからには容赦しないぞ!」

 って、言うが早いかまずはお馴染みの小水流しの術で小手調べ、続いてはじめて見る壁を自由自在に駆け回るの術、手拍子に合わせてハンドドライヤーから強風を出すの術、手裏剣みたいに石鹸を飛ばすの術、それを間一髪でさけられても背後の壁にぶつけて砕いて四方八方に際限なく良い匂いを放散させるの術、に惑わされることなく便座を蹴上って反撃してくるやつを螺旋状に撒いたトイレットペーパーで撹乱するの術、見失っている隙をついてウォシュレットの水鉄砲で室内一面を水びたしにするの術、からのハンドソープを目にも留まらぬ速さで泡立て煙幕代わりの目くらましの術、驚いて見開いた目にシャボンを染みさせるの術、それでも的確にこちらに殴りかかってくる拳を寸前で避けるの術、避け続けるの術、当たっても、はい、分身! 分身でした! それも分身ですゥ! それもでーす! それもそれもそれも、分身でーす、残念でしたぁーと言い続けるの術、それでも馬乗りになって問答無用で殴ってくるやつに、おい! タンマ! 止めろ! あっ、ちょ、やめて! もうやめて! と頼みながら窓から飛び出して逃げるの術ゥー!

 って、叫びながら走り去っていったニンジャを見送って、オフィスに戻ると上司が腕組みをして待ってて

「遅い! ニンジャひとり倒すのに一体何分かける気だよ!」

 って、怒って

「いやぁ、手ごわかったですよー」

 って、なんとか誤魔化しながら日付が変わる前に仕事を終えて帰りに立ち寄ったトイレはとても静かでニンジャが潜んでいたとしても分からなくて小便器の前に立って用を足して、さて、いつも通りのセルフ尿検査、指差し確認、指差し確認、あれ、でも、なんか粘ついて、タールみたいな、これは、うーん、異常あり!


 ってね。


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