ゲーマーズダンジョンの挑戦【Aパート】
◇
時刻は夜の7時45分。
あたしはゲーム機のコントローラを握りしめた。
「戦闘開始よ芽瑠、ぬかるなよ」
「わかってるよ芽歌姉ぇ」
ソファの横に陣取った弟の芽瑠も専用のゴツイコントローラを握っている。
激戦時間、この時間帯のオンラインバトルは参加するプレイヤーの数も多く、そして技量レベルも高い。文字通り激戦が繰り広げられるのだ。
「芽歌、芽瑠ー! どっちか先にお風呂に入りなさい!」
お母さんの声がキッチンから響いた。
くそ、いいところなのに。
「ちょっと、あとで!」
「僕も」
今ゲーム開始したばかりなんだから。
速攻で夕ご飯を食べ終えて、す後片付けも手伝ったんだから自由にさせてよね。
リビングのソファに膝を抱えて座り、80インチのテレビ画面を睨みつける。
原色の光が飛び交う画面でキャラの武器を持ち替え、コントローラをカチカチして対戦開始。
「武器は同じでいいや」
横にいる芽瑠もコントローラを握り、カチカチしながら適当に。弟はゲーミングPC用の高解像度モニターに自分のゲーム機を接続してプレイしている。
姉弟で一台のゲーム機でテレビがひとつだとリビングで喧嘩になる。なので結局、ゲーミングモニターをついか購入したのだ。
「もぅ! 仕方ないわね。お父さん、先にお風呂入っちゃって!」
お母さんは半ギレだ。昼間フルタイムの医療事務員として働いているので忙しくて心に余裕がない。あたしはああいう大人になりたくない。
心に余裕をもってネット動画を閲覧したり、優雅なゲーマー女子として暮らしたい。切にそう思う。
「いま、ガチャ回してるんだけど……」
お父さんはお父さんで、リビングのすみっこでスマホゲーム。ガチャを回していたらしい。
ライターという仕事をしていて、家にいることが多い。近所からは「無職? ニート?」みたいに思われている父だけど雑誌や新聞の記事で活躍している……らしい。
「あなた! いいから先にフロ入りな」
「はいっ!」
キレかけた母の剣幕に父が風呂場へとすっとんでゆく。
マンガやラノベの主人公は、両親が不在と相場は決まっている。でも……ウチは両方健在ということで、あたしに主人公属性は無いらしい。
ていうか。
汗臭いお父さんが先にお風呂に入るとか、ありえなくない!?
娘的には最悪なんですけど。
本当なら可愛い娘のあたしが一番風呂であるべきよね。
でも、いまはゲーム優先。
ぐぬぬ……一番風呂は諦めるしかないか。
「芽歌、そっちいった!」
「おぉ、オーケーまかせい!」
敵のプレイヤーが陣地に迫ってきた。
ジャンプしながらショット、華麗にキル。血飛沫が舞う。
「っしゃぁ!」
蔵堀家のリビングではテレビとゲーミングPC用モニターに、二台のゲーム機がそれぞれ接続されている。
ゲーム機は『任侠堂』の最新ハード、それで大人気の対戦型ゲーム『スミプラトゥーン3』をプレイ中。
同時オンライン参加可能な協力プレイで、タコで黒い墨を吐き散らし、バトルフィールドに墨を塗りまくる。ようは陣取りゲームだけど、この時間帯は強いプレイヤーも多くてバトルはマジで熱い。
「こいつ! 強い、あっやられた!」
「生意気な……ムカつく!」
画面の中では相手チームのプレイヤーが高級な武器を連射しながら迫ってくる。芽留を突破し、次は明らかにあたしねらいだ。
「ナメんな!」
近接戦闘で倒しちゃる!
ハンドルネーム『デスドリル』ことあたしとタイマン勝負たぁ言い度胸ね。
芽瑠とのコンビは結構強くて、ランキング上位に食い込んでいる。
連射攻撃を繰り出す相手のタコは「勝てる」と思って間合いに踏み込んできた。
ひきつけて、防御。
「ばかめ!」
反転して、タコ殴り!
遮蔽物を回り込んでさらにボコボコに。逆転劇のキルを演出する。
「ナイス芽歌」
「ったりめぇよ」
他の相手チームのプレイヤーは浮き足立っている。あたしはPK専門。
芽瑠はマシーンのような正確な操作で陣地を塗り広げてゆく。黄金パターンで今夜も圧勝だぜ。
「よっしランク上がった!」
「芽歌さ、今日もキルしかしてない……。恨み買うプレイヤーナンバーワンだよ?」
「うっさいわね」
でも気分いいわ。汗もかいたしお風呂入ろっと。って父が入ってんのか。
「芽歌、もう一回やろう」
「いいよ、次は武器を変えようかな」
◇
翌朝。
いつもどおり眠かい。
けど学校は引き続き平和だった。
「えー、平和と言う言葉は、戦争の対義語として生まれたものであり戦争とは人類が……」
一時限目、二時限目と時間は過ぎてゆく。四時限目は2クラス合同の体育だった。
B組とC組の合同で行う今日はバレーボールだったか。イヤだなぁ。
男子はすでに教室を追い出され、女子だけで着替え始める。
「……お腹空いた」
血糖値が下がっている。昼ごはん前に体育とか無理だろふつう。10時にはモグモグおやつタイムにするとか文部科学省も考えてほしい。
「芽歌さん、飴で血糖値あげとく?」
「ありがと栞ちゃん!」
よく気がつく優しい美少女。男子もイケイケの派手な女子じゃなく、こういうのを彼女にしなきゃね。まぁあたしのだけど。
「体育苦手だけど、芽歌さんも一緒だから、がんばるね」
「お、おぅ! あたしも苦手だけど」
栞ちゃんを守ると決めた以上、体育の授業だってフォローしなきゃだ。
「よーし! みんながんばろー! B組に負けないよう」
宮藤ほのかはこんなときもリーダーだ。
ポニーテールにした金髪が以外と可愛い。
「メカっちもウチのチームだね!」
「う、そうだね」
最悪だ。運動部女子がメインな宮藤ほのかチームに入ってしまった。栞ちゃんも一緒だけど あたし球技はとくに苦手なのに。
「体に当たれば退場だっけ?」
「それはドッジボール!」
きゃははと宮藤ほのかのツッコミに女子たちの笑いが起こる。
「えっ……えへへ?」
マジなのにボケだと思われてしまった。これじゃ「芽歌はおもしれー女」キャラになってしまうだろ。
試合が始まった。
「栞ちゃん、いったよ!」
「きゃ……きゃわわ!?」
うぉお! さっそく栞ちゃんを狙うとは! ここはあたしに、
「まかせ……! んごっ!」
「顔面レシーブ!?」
「メカっちの死は……無駄にしないっ!」
あたしの決死のプレイは味方を鼓舞した。
「ナイスだよ、メカっち」
おもしれぇ女の烙印を確立しつつ、チームは奮起。なんとか勝利を収めた。
地獄のような体育の時間を終えてやっと昼休み。昼休みのお弁当の時間、女子の陣取りゲームよろしく席は重要だ。
いままでは静かに一人飯だったけど、なんだか勝手に周囲に人が集まっている。
左側に宮藤ほのかチーム、右側に栞ちゃんや瀞美ちゃんほか大人しい子チーム。
まるでクラスの「首都」があたしの左右に遷都してきたみたいだ。
居心地は悪くないけど賑やかすぎる……。
「おでこが痛い」
「芽歌さん大丈夫?」
「体育は全部、eスポーツにすりゃいいのよ」
「あはは」
ゲ―ムなら負けないのに!
と、昼休みの中頃になって、あたしのところに学年主任の先生がやってきた。
「山田先生がお呼びですよ」
「……嫌な予感」
「わ、私もいっしょに行こうか!?」
と栞ちゃん。
宮藤ほのかはクラスメイトたちとのおしゃべりで忙しそう
「嬉しい。連れ職員室だね」
あたしは栞ちゃんと職員室へ向かう。
なんだかとても心強い。
「おぉ来たな芽歌」
「誰!?」
山田先生はノーメイク。
しかもすっぴんだった。
いつも地獄から出てきたみたいなデスメタルメイクなのに、なにがあったのか。普通の美人OLみたいな顔と髪になっていた。
「昨夜の合コンで飲みすぎてメイクまで無理だった」
「普段からその、ナチュラルメイクでいいと思いますけど」
ふつうに美人じゃん。
「そうはいかない。デスメタルはオレのロック魂だからな。昼休みでメイクすっから」
どっちゃりとメイク道具を教員机の上に広げている。
「で、何の用事ですか?」
横には栞ちゃんがちょこんと立っている。
「栞も……聞いても構わんな」
「てことはダンジョン絡みですか?」
ノーメイク山田先生は頷いた。
きたかダンジョン。
今度は誰だよ。
「コンピュータ研の部室がダンジョン化したらしい」
「昼休みに!?」
「あぁ。昼の部活動をしていたとき、部長の神無月アルトが突然発狂……。証言によると『さぁデスゲームを始めようじゃないか!』と叫ぶなり、ダンジョン展開。部員数人を巻き込んでしまったらしい」
「マジっすか」
「ひぇぇ?」
「午後のコンピュータ授業が出来なくなって困っている。行方不明者も三人いる」
コンピュータ研究会って部活は陰キャの巣窟、総本山。ネトゲ活動部だという話しは聞いたことがある。
いろいろイジられたり、したのだろうか。
「大変ですね」
「他人事みたいに言うな芽歌、放課後ちょっと見てきてくれ」
「ちょっとて」
だんだん気軽になってきたな。
「先生、それ危険じゃ……ないんですか?」
栞ちゃんが心配そうに尋ねた。
「危険だと思う。入り口にこんな挑発的なメッセージが残されていた」
山田先生はスマホを見せてくれた。
写真はコンピュータ室の入り口らしい。
『勇者よ挑め! わが魔窟、ダンジョンを攻略する真ゲーマーの諸君、挑戦を求む。勝利か死か……!』
ダンジョンらしき歪んだ空間に、文字がうかんでいる。痛々しい文面とともに。
「うわぁ……」
こういうのはコンクリートで塞げよと思うけど、そうもいかないか……。
<つづく>