変わりゆく教室の景色
今朝も快晴。田んぼと森の緑、家々の屋根が朝日でまぶしい。
遅くまでゲームと動画の閲覧で睡眠時間をすり減らしたあたしは、眠い目を擦りながらバスに乗車する。
「ねむい」
「夕べ何時に寝たの?」
「2時ぐらい」
「ダメだよ」
「親みたいなこと言うな」
横には弟の芽瑠がいる。
気がつくと同じバスに乗り込んだ他のクラスの女子たちが、チラチラこっちを見ている事に気がついた。
ダンジョンハンター(仮称)の噂がSNSで一夜にして拡散されたか、あるいは膨大な信者を抱える宮藤ほのかが、うちら姉弟について面白おかしく言いふらしたか……。
今まで「空気」として目立たぬよう暮らしていたあたしは違和感には敏感だ。
「やば、眠い」
「光を浴びれば目が覚めるよ、窓側の席座れよ」
「植物じゃないぞ」
お気持ちは嬉しいけど、窓側の席は眩しい。日焼けしちゃうし。子供の頃は「窓側の席」の取り合いで喧嘩したのに隔世の感がある。
「体内時計のリズムは太陽の光によって……」
「ぐぅ」
芽瑠の小難しい話を聞かさせれたあたしは一瞬で寝落ちしたらしい。
「芽歌」
「んあ!?」
バスで二つの停留所を過ぎ、慌てて下車して徒歩10分。
小高い丘の上に立つ私立、魁共聖高校が見えてくる。敷地は緑の自然林に囲まれて一見するとオシャレな校舎だが、内情はどうだかね。
「め……芽歌さんおはよ……」
背後から消え入るような声がした。
「あっ、栞ちゃんおはよ!」
振り返ると長谷川栞ちゃんだった。黒髪に丸メガネ。あたしのブランニュー友達。
PDS発症で二日休んでいたけれど、またちゃんと登校してくれた。
「お、お邪魔だった……かな?」
はうっはうっ、と気弱そうな仕草。何がお邪魔? はっ、そうか。
「これ弟! ほれ、おまえは先に行け」
べしっと背負った通学バッグで芽瑠の肩を叩く。変な勘違いされちゃったじゃん。あたしと栞ちゃんの朝の尊い時間を邪魔するな。さっさと先にいけ、と視線通話。
「……あ、うん」
芽瑠は名残惜しそうな視線を残し先に進んでいった。
「ごめんね、気の利かないヤツでさ」
「ううん! すごいね同い年の弟さんがいたなんて、知らなかった」
まぁ誰にも話してないし。でも通学路は当然同じだし、バレるのは時間の問題だったけど。
「それよか、栞ちゃん体調はオケ?」
「うん、もう平気」
長谷川栞ちゃんとは皮肉にもPDS事件を通じて友達になれた。
昨日は立て続けにまさかの宮藤ほのかがPDS発症。ドタバタしたけど、彼女ともすこしわかり合えた気がする。ちょっと心を許してもいいかな、と思えるほどには。
何にせよ、教室で栞ちゃんに何かあれば、あたしがフォローする。
意を決して教室へ。
栞ちゃんは入口ちかくの席につく。
あたしの席は教室の真ん中だけど、誰かが座っていた。周囲の女子と男子と何やら談笑している。
「ほのか」
邪魔なんだけど。まさか昨日の仕返しか? すぐにあたしに気がついてパッと席を立つ。
「芽歌っちおはよ! 席、暖めといた」
「お、おぅ」
このジメっとした季節に余計なことを。生ぬるい席に腰かける。
「あはは、眠そうだね。……昨日のことで疲れたとか?」
小声で心配そうに覗き込んできた。
「いや、ぜんぜん。そういうんじゃなくて……ゲームしてただけ」
「あっ、弟くんと!? いいなー」
そうじゃねぇけど否定するのも面倒なので曖昧に笑ってごまかす。
「ねぇねぇ蔵堀さん、昨日の五時限目の化学、ノート見る?」
「え、いいの?」
あまり話したことのない隣の女子がやたら親切だった。えと野々宮さん、だっけ。
「今ね、野々宮さんにノート見せてもらってたんだ。芽歌っちも見せてもらうといいよ」
「マジっすか、ありがと。野々宮……さん」
「いいよー、だって蔵堀さんいろいろ頑張ってたんでしょ。知らなくてごめんね。だからこれぐらい」
「宮藤さんのこと助けたんだろ? マジすげーじゃん」
右斜め前の男子が会話に割り込んできた。初めて話したぞ。
え? てか、なにこの感じ。
空気が、なんか違う。
PDS発症者でダンジョン帰り。
免疫獲得者はハブられ、お日様の下を歩けない……。ずっとそんな感じだから黙ってたのに。
宮藤ほのか、ペラペラしゃべりやがったな。
でも……。
なんだろう、賑やかで、嬉しくて。
教室の景色が色鮮やかで、昨日とは違って見える。
ならばこの流れ、利用したってバチはあたるまい。栞ちゃんのためにも。
「あの……長谷川栞ちゃんも……ノート見たいかも」
彼女も二日休んでいる。成績も良いから自習してそうだけど、ノートの写しがあれば嬉しいはず。
「あっ、そうだよね!」
宮藤ほのかはパッと瞳を輝かせた。
ヒラヒラと舞う蝶のように、後ろの方の座席へ飛んでいゆくと栞ちゃんに何やら話しかけ、周囲の男子と女子を会話に巻き込んでゆく。
どうやら栞ちゃんにもノートのフォローを頼んだらしい。
なんというコミュ力モンスター。
親切も押し付けがましくもなく自然で、頼まれた方も嫌な気がしない。周囲を巻き込んで会話が続くよう、うまく合いの手をいれる。
空気の通りがいい。
何が違う……と思ったら、彼女の取り巻きだったAとB、相原と備前がいないのだ。まだ来ていない?
ほどなくしてホームルームの時間になった。
「っしゃぁ! ホームルームすっぞオラァ!」
赤い革ジャンでバッチリキメた山田先生がやってきた。ツンツンに固めて立てた髪が、教室の入口の上に接触する。メイクがデーモン風。いつにも増して世紀末感が強い。何があったんだ……。
「最初にまず言っておく。もう知っていると思うが、芽歌はPDSを克服したガイナスだ。先日は栞が、昨日はほのかがPDSを発症、それを芽歌が助けた」
「んなっ!?」
あたしは絶句した。
言っていいのか、それ。
あたしの学校生活が終わりかねないんだけど。
ざわざわっとザワめきが広がった。
噂とSNSでは拡散していたのだろうけど、先生の口から正式に、堂々と報告されようとは。
以前のあたしなら目の前が真っ暗になって、教室を飛び出していた。けど……大丈夫だった。
「芽歌っち、かっこよかったよ!」
ほのかの言葉におぉ……! と、
まるで英雄を見るような視線が集まる。なんだこれ、やめてくれ恥ずかしい……。
「つまり、芽歌は最高にロックだってこった! わかったなおまえら!」
教室が謎に盛り上がった。
なんだ最高にロックって。
納得する説明になってるのか!?
「……あ、あはは」
だけど、認めたくはないけれど。
これは嫌じゃない。
ていうか。
嬉しい。
「……それと、相原アイカと備前ユリは今日からしばらく休学する。検査が必要になった」
「検査……?」
別のざわめきがひろがってゆく。
宮藤ほのかも軽くショックを受けたような顔をしていた。内心は……ホッとしていると思うけど。
胸の奥にザラついた感覚が残ったまま、授業が始まった。そして放課後、あたしは山田先生に呼び出された。
「なんですか?」
「ふたりの事だ」
相原と備前。休学したらしい取り巻きABについては正直、どうでもいいけど。
「あたしに関係あります?」
「大有りだ」
山田先生はギターのピックを指で挟み、机の上をコツンと鳴らす。
「内閣府危機管理局の附属病院から連絡があった。あの二人は『トリガー』だ」
「トリガー?」
初めて聞く言葉だった。
「知らんか? 簡単に言えばPDS、パーソナルダンジョンシンドロームを発症するきっかけ、発症因子を刺激する体質の持ち主だった。意識しないうちに相手に過度な精神的ストレスを与え、PDSを引き起こす」
「あの……説明が長くて」
「接触した相手にPDSを発症させる」
「えっ!?」
そんなのがいるの!?
「だから機関も大騒ぎさ。精密検査が必要になった。彼女ら自身、一種のPDS発症因子を保持しているらしい。二人が揃った時だけ、何らかの共鳴作用で……過度な刺激を与えるという仮説……って聞いてるか?」
「だ、大丈夫です。理解してます」
半分ぐらいは。
えぇと、つまり。
あのAとBは二人で誰かに接触することでPDSを引き起こす。
だからトリガー、引き金。
それってスタ●ド能力を発現させるエンヤ婆の弓矢みたいな……?
「つまりだ」
「つまり?」
「教室や学校で、あの二人と何らかの接触があった生徒は、PDSを発症する恐れがあるってことだ」
そんな……。
きっと何人もいるはずじゃん。
もしかしたら既に発症している人だっているかもしれない。
それよりも、だ。
「わ、わたしの推薦、内申点は!?」
「それなら心配ない。ここからはボーナスステージだぞ!」
「えぇ……」
山田先生はデーモンメイクのまま微笑んだ。机の上には「ロックDeお見合いフェス」のチラシがあった。
<つづく>
次回、新たなるダンジョンが出現!
『ゲーマーズ・ダンジョンの挑戦』おたのしみに。