化粧室の黄金ダンジョンと女王【Cパート】
「私を、迎えに来た? どうして? 芽歌っちもダンス楽しもうよ! ここは最ッ高に楽しい、夢の世界なんだよっ!」
宮藤ほのかは恍惚とした笑みで、リオのカーニバル風ギラギラ衣装の両袖を広げた。すだれみたいな黄金のリボンがヒラヒラと揺れ、背後から七色の後光が輝きを増す。全身ゴールデンパリピ女王か。
「宮藤ほのか、ここは夢の世界でも天国でもない。あんたが生んだダンジョンの中。ここにいたら干からびて死んじゃうよ」
PDSを発症、自分だけの理想郷をダンジョンとして具現化させたのだ。ダンジョンマスターと化した彼女に自覚がないのはかなり危険だ。
「ここがダンジョン……?」
「そ、だから助けに来た」
「なんで……芽歌っちが……」
「あたしダンジョン帰りなんだ。クラスのみんなには黙ってたけど」
「そう……なの? テレビとかネットでみたことあるよ。テロリストだとか危険な反社分子だとか偉い人が言っていたけど、私は……メカっちをそんな風には思ってないよ!」
「いいよ、べつに」
高校に入学するとき、あたしがPDSの発症者で、免疫獲得者であることは黙っているつもりだった。
でも、政府の監視下にあるあたしの情報は、学校に筒抜けだった。最初は目の前が真っ暗になった。中学時代の悪夢、シカトとイジメがまた始まるかと思った。怖がられ排斥されるのは辛いのに。
でも先生たちはいろいろと配慮してくれたし、山田先生もあの調子で、むしろ自分に与えられた「ギフトだと思え」とさえいってくれた。
だからこうしてここにいる。
同じことで悩んで、苦しんでる子をほっとけないってのが半分。残りは内申点を稼ぎたいってのと、ボランティア精神かな。
「私が……ダンジョン……作った? ここは、夢じゃなくて……現実……? え、ちょっ……まっ……無理、無理無理ムリだって、あああ!」
宮藤ほのかの様子がおかしくなった。
同調するように動きのとまっていた黄金のマネキン軍団が姿を変え、禍々しいヤンキーみたいな姿にかわってゆく。そして、両腕をあたしに差し向けて、向かってきた。
「混乱してダンジョンを制御しきれてない!」
さながらゾンビの群れだ。ぎこちないダンスステップをふみながら迫ってくる。
「きゃぁああ!?」
「ひぇええええ!」
取り巻きA子B子が悲鳴をあげた。
「考えたくない、ムリ、無理、無理だよ、だって、私……ただクラスで、楽しく……暮らしたかったのに……あああ!?」
ドッ! と黄金マネキン軍団が速度をあげて突っ込んできた。
「ぬぐぉお!?」
こりゃマズイ。周りを全て囲まれ、手足、首根っこを掴まれた。凄い力で押さえつけられ、身動きがとれない。
右腕のドリルも空回り。このままじゃダンジョンの中に取り込まれてオブジェクトにされてしまう。
くそ、こうなったら
「使いたくなかったけど」
ちょっと本気出す。
ダンジョンのイメージを全身に纏う。
渦巻く螺旋の迷宮を、自分の鎧のように。そして超回転するダンジョン構造体としてリアライズ。
「これが迷宮掘削、ダンジョンドリルブレイカー全周囲、破砕モォオオオド!」
額から一本の鋭いドリル、両腕の拳の先に大きめのドリルを生成、つづけて両ひじ、両肩、両ひざ、爪先へ。全部で11本の超回転、破砕ドリルを生成。
「ドォラァアアアアッ!」
軸足でターンしながら周囲に群がる黄金のマネキン軍団を粉砕。こいつらの強度は決して高くない。バリバリと数十体の黄金マネキン軍団を次々と打ち砕いてゆく。
「く、蔵堀の」
「全身からドリルが!?」
取り巻きABが床にへたりこんだまま目をひんむいて口をパクつかせている。
「ダサいとか思っても……ほっとけし!」
見せたくなかった。
ちょっとヤバイわよね、これ。ビジュアル的に花のJKが使う技じゃない。
ちなみに両胸や股間からも生やせるけれど、死んでもやらん。コンプラ的にもアウトだし、あたしが社会的に死んでしまう。
「芽歌っち……すご……すごぉおお!」
宮藤ほのかが叫んでいる。
それでも止まらずに殺到してくる黄金マネキン軍団をつぎつぎになぎ倒す。全身ドリルで砕き、振り向きざまに裏拳ドリルで数体を殴り倒す。
「動画、動画とろ!」
「ダメ、スマホうごかない!?」
ドサクサでAB子の脳天をドリルでブチ抜こうと思ったところで、黄金マネキン軍団は全滅していた。
百体ぐらいは倒しただろうか。金の紙吹雪のようにキラキラとした破片が辺り一面に降り積もる。
「芽歌っち! すごい、すごかったよ!」
宮藤ほのかは目を輝かせ、ぴょんぴょん跳ねていた。その瞳に戻った光は教室でいつもみるものだった。
全身ドリルを解除する。
「あたしの恥ずかしい姿を……見られたね」
「見たけど誰も真似できない、ユニークでオリジナルで!」
「そ、そうかな」
ビキビキと天井がひび割れはじめた。
光の粒子となって周囲が溶けて行く。
「最ッ高にクールで、かっこいい!」
「……本気で言ってる?」
「もちろんだよ! ありがとうね、芽歌っち」
「……まぁ、べつに」
あんまり真正面から迫られて、顔を近づけてきたので、あたしは照れ臭くなって目をそらした。
宮藤ほのかが駆け寄ってきたとき、周囲は見慣れた女子トイレに戻っていた。
「あ」
足元に転がってきたちいさなミラーボールを拾い上げる。どうやらダンジョンが結晶化したアーキテクト。ドロップアイテムだ。そっとポケットに仕舞い込む。
トイレの一番奥の個室の前では相原アイカと備前ユリが呆然自失で座り込んでいた。
「ねぇ、アイっちもユリも。なんか、へんなことに巻き込んでごめんね」
宮藤ほのかは困惑しつつ、いつものキラキラした顔で二人に手をさしのべた。
「バケモン!」
「近づくな!」
二人の態度は豹変していた。
警戒感も露な目で彼女とあたしを睨みつけ立ち上がる。そして宮藤ほのかの両脇をすり抜けて廊下で距離をとった。
まぁ、あんな目にもあえばそうなるわな。
「そんな……ふたりとも」
宮藤ほのかは少なからずショックを受けた様子だった。それまでベッタリ、取り巻きとしてチヤホヤしてくれていた二人の豹変ぶりはひどい。
「さっきの何? 気味の悪ぃダンジョン、あれがみんなで楽しく? 笑わせんな」
「キャハハ、ヤバいよ、もうダメだよ、宮藤、アンタおしまいじゃん」
調子に乗った相原アイカと備前ユリはここぞとばかりに宮藤を畳み掛けはじめた。
それまでの鬱憤と、ダンジョンで泣きべそをかかされた返しとばかりに。
「大体さ、宮藤は誰にでもイイコちゃんで、ムカついてたのよ。クラスみんなで良くしようとか、意味わかんねーし」
「私らさ、別に宮藤のこと好きでもなんでもなかった。けど佐々木くんとか吉田くんがさ、チヤホヤするから」
「なんで、そんな……私はただ……楽しいクラスになればって、そう思って。だから二人には悪口とか、噂話とかやめてほしいなって……」
お願いをしたのか。
バカ正直か、宮藤ほのかは。
「それがムカつくっていってんだよ! 思わせ振りに色目つかいやがってさ」
「そーそ、だから言ってやったんだ、吉田くんや佐々木くんに『宮藤は遊んでる』って」
弱ったら攻撃してもいい。叩いてもいいって。なんだよその理屈。おまえら友達じゃなかったかよ。
もう腹の底が煮えくり返る。
「やめて! おねがい……」
宮藤ほのかは今にも泣きそうだ。
またダンジョンを生成しかねない。
けれど、わかった。
宮藤は取り巻きA子とB子の「トップ人気の宮藤を担ごう」的な態度を、ストレスに感じていたのだ。
均衡は崩れ、ABにとっては下克上気分なのか。
スクールカーストトップの不祥事。PDSを発症、危険なダンジョンマスターへの転落。災厄、テロリスト、そんな風にネガティブにカテゴライズされるPDS発症者への理解は浅い。
学校ならなおさらだ。心ない言葉に排斥と言う暴力。そんなのあたしは中学で三年間味わってきた。
無視されハブられてきた。それでも意地でも学校には通った。
休まなかったのは、アホで元気な弟が……芽瑠がいてくれたからだ。
「学校じゅうに知れてみろ、宮藤、ヤベぇってなるっしょ」
「マジうける、吉田くんも佐々木くんもさ、マジドン引きじゃん、きっと」
ケタケタと二人は笑っている。
もう我慢ならなかった。
「あのさ」
宮藤ほのかの横から声をかけた。
「うわ! そういや蔵堀もさ、さっきの全身ドリル、ヤバイって、マジ引くんだけど」
「クラスじゃ目立たないのに、ダンジョンの中だと元気だったね、ネット弁慶みたいな!? ウケる」
やっぱり頭ブチ抜いておけばよかったな。
二人に言いたいことはあるけど、無視。
「地獄へようこそ」
あたしは祝福の言葉をかけた。
「芽歌っち……?」
「あたしが地獄を案内するよ」
宮藤ほのかに微笑みかけて、冷たくなった手をとってあたしは歩き出した。
「わ、どこへ……?」
「エスケイプ」
「えぇ?」
つかつかとその場から遠ざかる。
三十六計逃げるに如かず。だっけ?
相手にするだけ時間の無駄。
「ちょ! マジ逃げんのかよ宮藤、蔵堀!」
「ウケル! バケモン同士、仲良しかよ!」
うるせぇ。
逃げるんだよ。
悪ぃか。
「おまえらの居る場所、もうねぇから!」
「クラスじゅう、学校じゅうに言いふらしてやるよ、ぜんぶ!」
宮藤ほのかはうつ向いて、涙をゴシゴシ手の甲でぬぐう。ハンカチ代わりにつぶれたポケットテッシュを渡す。
「ありがと……」
宮藤ほのかは今どんな気持ちだろう。
考えただけで辛い。
かける言葉もみつからない。
だから一緒に逃げてあげるぐらいしかできない。
「……これからどうなっちゃうのかな」
「どうもならないよ、宮藤ほのかは宮藤ほのか」
「芽歌っち」
「あたしもドリル女になったけど、自分は変わってないと思ってる」
自虐的な笑みが浮かぶ。
時刻は午後1時25分。もう授業は始まってるけどまぁ、いいか。
気分転換は屋上がいいかな。次の授業が始まるまで隠れていよう。
「おーし、よくやったな芽歌」
「「山田先生」」
女子トイレから遠ざかり廊下をまがると、山田先生と出くわした。
トゲトゲつきの革ジャケット姿、エレキギターを手に校内を徘徊していたのだろうか。怖すぎる。
「メンタルケアが必要な生徒は二人、か」
最初、あたしたちの事かと思った。
でも違ってた。山田先生の瞳はちょっと驚くほど険しくて、廊下の向こうからまだ聞こえるバカ笑いの二人組に向けられていた。
「次の授業には戻って来いよ」
「は……はい!」
あたしたちは少しだけ軽くなった足取りで、屋上を目指した。
<つづく>