化粧室の黄金ダンジョンと女王【Bパート】
「うわっ!? すごい」
足を踏み入れた途端、輝きに目がくらむ。
女子トイレ全体が金色に光り輝いている。
開けてビックリ、ダンジョンはゴールドで彩られていた。
入り口すぐに洗面台と鏡、個室の扉や床。造りは「女子トイレ」そのものだけど天井もすべてがピカピカだ。
「あ……悪趣味すぎる」
しばし唖然とする。
天井の照明器具まで黄色い光を放っている。
本来なら奥行き五メートルかそこらの女子トイレが、奥まで延々と続いているのだ。
幅二メートルほどの黄金の廊下、その横に個室の扉がずらりと並び『空き』の文字が見える。
試しに扉を引き開けてみると……案の定、便座も水洗タンクも黄金に彩られていた。
「まさか黄金のトイレダンジョンを攻略することになろうとは……」
悪夢の黄金迷宮、ゴージャス女子トイレ。
今まで見た中で一番ド派手なダンジョン、かつ狂気じみている。
入り口の鏡ごしに「自分」と目が合った。
「だ、誰だこれ!?」
アイシャドゥにリップ、盛りまくったまつげ。ギャルメイクになった自分がそこにいた。
慌てて顔を触ってみたけれど、何も変わってない。
鏡に映る自分がギャルになる。
おとぎ話なら魔法の鏡『この世で一番のギャルでございます』ってヤツだ。
ダンジョンはPDSを発症した人間の精神世界が反映される。
ギャルメイクにこれほど執着し、かつ派手好きとなれば……やはりダンジョンマスターは宮藤ほのか。アイツと考えて間違いない。
仕方ない。
彼女を救い出さなきゃ話もできない。
栞ちゃんを虐めたのか、話を聞くのは後。
ダンジョンの奥底に隠れた宮藤ほのかを救出できるのはあたしだけ。
山田先生に言われる前に片付けて、積極性をアピール。さらなる内申点ゲットだぜ!
慎重に真っすぐなトイレを奥へと進んで行く。
必殺のドリルで迷宮ごとブチぬくこともできるけど、消耗が激しい。
可能な限りダンジョンマスターを刺激せず、近くまで接近してから使いたい。
――マンガやアニメのキャラが使う技ってさ、射程とか有効範囲があるでしょ? 芽歌のドリルも同じだよ。
双子の弟、芽瑠はこともなげに言った。
確かにドリルブレイカー(仮称)の有効射程、有効範囲も無限ではない。
実際、ダンジョンを砕ける必殺ドリルを闇雲に使うと、体力と精神力を消耗するし。
「宮藤ほのかさーん?」
無言だと孤独に耐えきれないので、声を出してみる。
声が反響して恐怖動画みたいになってきた。
トイレの個室はどれも『空き』ばかり。いくつか覗いてみたけれど誰もいない。
すると赤い文字で『使用中』の個室があった。
足を止める。
カチャ。
「お……?」
鍵の開く音がして『空き』へと変わり、そして扉がギギギ……と開いた。
宮藤ほのか?
と思った次の瞬間。
ぬぅっと出てきたのは全身金色のマネキンだった。
『……』
「わ、わ……わぁあああ!?」
流石のあたしも腰を抜かしかけた。
無言のマネキンがトイレの個室から出現、虚ろな目でみつめてきたのだから。
『……』
「ちょっ、ちょ待っ!」
黄金のマネキンは全身つるんとした全身黄金タイツ人間風。両手を突き出してこちらに掴みかかろうとしてきた。
――ダンジョン・モンスター!
こんな短時間で魔物を生成するなんて……!
なんて精神力と胆力なの。だけど動きは鈍い、小走りで逃げられそう。
すると、カシャ、カシャ、カシャンと個室のカギが次々と開く音がした。
「ま、まさか!?」
まさかだった。
今まで通り過ぎて来たトイレの個室が開き、次々と黄金のマネキンが出現した。
ワラワラと廊下の左右から出現した量産型の黄金マネキン人形たちが、ぬうっ……とこちらを見て、そしてずいっ、ずいっと迫ってくる。
『……』
「怖ッ!」
こうなったら、ドリル!
咄嗟に右腕にドリルブライカーを実体化、目の前に迫っていた一体のマネキンの顔を殴りつけた。
『……』
黄金のマネキンは悲鳴も上げずに砕けた。
内側は空洞で、ぺしゃっとまるでアルミホイルで出来ているみたいに脆い。
「空洞、ハリボテ!?」
弱いな、よーし全部倒してやる。
一体、二体とドリルで切り裂いたところで、気が付いた。
コイツらを倒してもおそらく意味はない。
宮藤ほのかの精神世界における『モブ』みたいな存在が、モンスターとして実体化しただけだ。
「あんたらの相手をしている暇は……ないっ!」
『……』
咄嗟に近くの個室の中に逃げ込んで、内側からカギをかけた。
「ふぅ……」
ドンッ!
ばんっ!
「ひぇ!?」
黄金のマネキンたちがドアの外に殺到している。
上から黄金の手が見え、にゅっと黄金の顔が見えた。足元でも手が突き入れられる。
ホラーかよ! 怖すぎるだろこれ。
ど、どうしよう!?
焦っていると、便座と水洗タンクの向こう側の壁に「扉」があることに気が付いた。
トイレの個室にドアが二つ?
考えても仕方ない、ダンジョンは悪夢みたいな世界。
理不尽で説明の出来ない場所だから。
背中で今にも破られそうな扉を押さえつつ、思い切り蹴りつけると扉が開いた。
「階段!」
地下へと下る階段が出現。
ご都合主義に思えるけれど、精神世界が生んだダンジョンの「あるある」だ。
黄金の階段がまるであたしを誘うかのように口をあけている。
「来いってことか……」
誘ってやがるのね。
意を決し地下へ降り下る。
階段はすぐに折れ曲がり、深く続いていた。
黄金のマネキン軍団は追いかけてはこなかった。
やがて、階段が終わり別の扉があった。ためらうことなく押し開けて入る。
「わ、ここ……芸能人が使うメイク室?」
そこはメイク室みたいな部屋だった。
テレビで芸能人が使っている「照明つきの化粧台」がずらりと壁際に並んでいる。
これは完全に宮藤ほのかの「精神世界」というか趣味の世界だろう。
迷宮を生んでしまった彼女は更に奥か。ついでに取り巻き女子AとBも探さなきゃだ。
「あのふたりの名前……なんだっけ」
宮藤ほのか取り巻き女子AとB。
同じクラスメイトなのにパッと思い浮かばない。
席が近いので否が応でも声は聞こえてくるけど会話なんて交わしたことも無い。
時々あたしをチラチラ見てはクスクス笑い、言いたいことがあんなら直接こいよ、とイラついた。
Aはそこにいない誰かの悪口と陰口ばかり叩いている印象で……そう、相原アイカ。
Bは自慢話が好きで「知り合いが芸能人」とか「友達にタワマンに住む彼氏がいる」とか、おまえはどうなんだ? な話題を好んでしていた。たしか名前は、備前ユリ。
って相原に備前?
イニシャルAとBじゃん、ウケる。
「宮藤さーん! 午後の授業はじまっちゃうよー」
声をあげてメイク室の奥へ。
黄金の扉があって『空き』のマークが見える。
また金色のマネキンが飛び出して来ても嫌だけど、慎重に個室のドアを開けてみる。
けれど中は誰もいなかった。
空っぽだ。
床にはコンビニおにぎりのごみが落ちていた。
便所メシ、中学のころのあたしかよ。
嫌なことを思い出しちゃった。
でも、もしかして宮藤ほのかも……?
壁も便座とトイレットペーパーも、すべてが黄金色。だけど嘘くさくて薄っぺらい。
さっきの黄金マネキンがそうだったように。
「これ……メッキじゃん」
ドアを開けたとき、爪が引っ掛かり気がついた。
黄金色はメッキ。
もちろん本物の金じゃないだろうし、ダンジョン内のアイテムは持ち出せない。
持ち出そうとすると自分が外に出られなくなる。
床を靴底で蹴りつけるとメッキが削れコンクリートの地肌が見えた。
彼女の心を映しているのだろうか。
輝く見た目とは裏腹に、宮藤ほのかも何かに悩み、苦しんでいるのだ。
心の闇と記憶がダンジョンを構成する。
栞ちゃんが図書室の迷宮を生んだように、本人が逃げ込みたいと思う場所、引きこもりたい場所を「鎧」のように生成してゆく。
ダンジョン生成からまだ15分かそこら。
状況さえ理解できてないはず。
PDSを発症して異空間、ダンジョンを生成。
時間の経過に伴って徐々に構造を複雑化させ、迷宮内をうろつく魔物などを生み出しはじめる。
けど今はまだ初期段階だ。
メイク室の奥に通路があり、さらに進む。
合わせ鏡の廊下だ。
雰囲気が変わってきた。
「歪んでる」
黄色い光のなかあたしが無数に映る。
弟とあたしはよく似ていた。
小学校までは「そっくり」と言われて面白がっていた。
――芽歌は可愛くない!
――芽瑠もかっこ悪い!
鏡に映る姿は冴えない女子高生だ。
肩の辺りでそろえた髪、自信のない表情を隠すための長めの前髪。
ダンジョンで輝くルビーのような灼熱の瞳。
そして右腕のドリル。
「JKなのに厨二くせぇ」
自分を見て思わず苦笑する。
いっそ眼帯でもしてみようか……。
合わせ鏡の向こうから音が響いてきた。
どうやらこの先がダンジョンの最深部、ダンジョンマスターと化した宮藤ほのかがいるに違いない。
音は次第に大きくなった。
ズンズンドコドコ、リズムカルで明快になってくる。
「ここか」
ゴージャスで立派な、両開きの扉があった。
まるでホストクラブの入り口のよう。
音も明確な音楽のリズムとして中から響いてくる。
意を決して押し開ける。
ズンズン♪ ドッドッドッドド、ドコ♪
「うわ、うるさっ!」
思わず耳を塞ぐ。
音の洪水と極彩色の光に目が眩む。
中はダンスホールかクラブ(行ったこと無いけど)みたいだった。
大勢の男女が狂ったように踊っている。見れば美男美女のマネキンで黄金色に輝いている。
うわ怖い、ホラーだろこれは。
一斉に襲われたらヤバイと身構えたけど、黄金のマネキンたちは構いなしに踊り続けている。
頭上にはミラーボールが浮かびくるくる回り、輝きを放ち続けている。
イェーーイとかウェーーーイという掛け声のする方向に、ひときわ輝くお立ち台があった。
「みんなー! 楽しんでるー!?」
ズンズンッドッド♪
ディスコのリズムで満たされたダンスホールの中央、一段高く照明が浴びせられたお立ち台の上に、黄金の女――ブラジルリオのカーニバルみたいな格好をした宮藤ほのかがいた。
「宮藤さん……!」
踊り狂うマネキンを掻き分けて進む。
くそ、じゃまだ!
「ひぃええええ……やぁあ!?」
「やだぁああもぅううう……!」
ベつ方向から悲鳴が聞こえてきた。
お立ち台の両脇で黄金のイケメンマネキンに抱き抱えられ、強引にダンスを踊らされている。
取り巻きAとBだ。
「ABじゃなくて、えと相原さんと備前……さん?」
だっけ。
「たっ、助けて……! 宮藤が狂った……!」
「イカレてんる、アイツ! ここから出せ!」
口々に叫ぶが、黄金のイケメンマネキンが有無を言わさず強引にダンスを踊らせる。
「ひぎぃ!? 無理だって」
「やめ……て! あぎゃっ」
汗だくで涙と鼻水をたらし自慢のメイクもぐちゃぐちゃだ。
制服は乱れ髪も汗でベットリ。二人はこのままでは死んでしまう。
「宮藤さんっ! こいつら友達でしょ! やめてあげて!」
「……あははっ! イエーイ! 嫌なことなんて全部ぜぇええんぶ、踊って汗と一緒に吐き出しちゃえー! 噂話も、悪口もだめぇええ! みんなで仲良く、明るく生きよう、いぇええええいっ!」
宮藤ほのかは踊り狂っていた。
虚ろでぐるぐる渦巻きの瞳で。
迷宮の闇に心を浸食されている。
悩みと心の闇から逃れ、忘れたいがために、この狂乱の黄金ディスコダンジョンを生んだのか。
音楽のリズムが激しくなり、取り巻きABの悲鳴さえも遠くなる。
「くそぉお!」
あたしは右手の拳を握りしめ、回転するドリルを巨大化させた。
錬成!
迷宮掘削、ダンジョンドリルブレイカー!
名前は適当だけど。
「どらぁああああ!」
黄金のイケメンマネキンに突っ込んで、ドリルブレイク。
AとBを捕まえていたマネキンどもは、薄いアルミホイルみたいにひしゃげて、砕けて金色の紙吹雪になって消えた。
「あっ……」
相原アイカが床に倒れた。返すドリルで備前ユリを救出する。
「……はぁっ……はあっ……倉堀……?」
「……やっぱり噂通りオマエ……呪われたダンジョンの……怪物……だったのかよ」
「うるせー! こんのバァアアカ!」
テンションマックスなあたしは叫び倒した。
「なっ!」
「いっ?」
普段なら言わないけど、今はダンジョンの中。
他人のとはいえホームグラウンドみたいなものだし遠慮はしない。
腕のドリルをギュルルと回転させながら、二人の鼻先につきつける。
「助けてやったんだから感謝しろ、ボケナス」
二人は絶句し、へなへなとへたりこんだ。
と、空気が変わった。
「……え? うそうそ、メカっち……? あははッ!? 嬉しい! 来てくれたんだ!? 嬉しい、仲良くしようよ! ここで……嫌なことも全部わすれて、楽しく踊りつづけよっ……みんなで……!」
音楽が鳴り止まぬまま、黄金のマネキンたちの虚ろな視線が突き刺さる。
ダンジョンマスターとして空間を支配、制御し始めている。
「迎えに来た、宮藤ほのか」
あたしは右腕のドリルをすっと差し向けた。
<つづく>
次回、決着のCパートへ!