化粧室の黄金ダンジョンと女王【Aパート】
「芽歌、栞を助けてくれて感謝すると、親御さんから感謝の菓子折りが届いてるぞ」
職員室の自席でエレキギターを手にしていた山田先生は、机の上に置かれた可愛い包み紙の菓子折り指差した。
夜のお菓子、うなぎパイだ。
「やった高級お菓子!」
「っと、校内でボリボリ食われると困る。帰りに渡すぜ」
「ぶー……食べないでくださいよ?」
「オレは常識人だから心配するな」
社会に反旗を翻すロックな見た目の山田花子先生は常識人らしい。
「それと教頭と学年主任の村田先生が、芽歌を誉めていたぞ。これからも期待してるとさ」
「マジすか」
評価うなぎ上りじゃん、うなぎパイだけに? 上手いなあたし。
箱に手を伸ばすと山田先生は素早く下げた。
「今後、また校内でダンジョン絡みの問題が起きた場合は芽歌に頼みたいそうだ」
山田先生はギターの弦をギィンと弾いた。
職員室の向こうではバーコード頭の教頭先生がパターゴルフの練習中。
スマホで婚活サイトを見ているのは学年主任の村田先生。朝の職員室は和やかムードである。
「えー、ひとを便利屋みたいに使わないでください」
「まぁそういうな。免疫獲得者は貴重な人材だ。県内を見回しても三人しかいない。お前はスポーツ特待生や天才児のスーパーキッズ、もしくはスクールアイドルと肩を並べるくらいレアキャラだぞ?」
「そ、そんなに褒めても……うなぎパイひとつ食べていいですよ」
「あぁオレは芽歌を誉めてるんだ」
顔が熱くなる。
へへへ、いい気分じゃ。
これはかなり内申点Up、成績Upも期待できるわね。
「事実を言ったまでさ。全国的に問題になっているが、わが県内の公立高や市立高校、中学校でもPDS発症者が徐々に増加中。だがダンジョンへの対処方法が『周辺の立ち入り禁止』と『拡声器によるPDS発症者の説得』ってんだから大人は情けない限りだが……」
ギュィイインとギターを鳴らす。職員室でアンプに繋ぐな。
「あたしだって基本は説得と話し合いですけど?」
最後は拳……いやドリルでハートを打ち砕く、みたいな。
「……手段は問わんが、図書館の件はスピード解決してくれた。流石だぜ芽歌」
「へっへへ……褒めてほめて」
誰かに認められると嬉しいのは否定できない。
承認欲求もバリバリ満たされる。
けど……。
先生の言うとおりダンジョンが発生しても大人たちは周辺を立ち入り禁止にして放置。3日も飲まず食わずのダンジョンマスターは体力と気力が尽きて倒れてしまう。それを期待しての「兵糧攻め」が基本らしい。
最悪5日も経てばダンジョンも消え、瀕死の少年少女が発見された……というニュースになる。
でも、それって何か違う気がする。
本人は苦しんだり悲しんだり、何かに悩んでいるだけなんだから。
助けてあげられるなら、はやいほうがいいに決まっている。
大人は本当に何もわかっちゃいない。
PDSを発症してダンジョンを生成するのは、自分の意思とは無関係のこともある。
意図せず迷宮を生み出し、解除したくても出来ない。
昨日の長谷川栞ちゃんだってそう。
彼女は図書館迷宮の奥底で心を閉ざし、膝を抱えてうずくまっていた。
自分がどういう状況か理解もできていなかった。
中には自らの意思でダンジョンを生成したり解除したり、意のまま操るやっかいなダンジョンマスターもいる。
そいつは「緻密で攻撃的なダンジョン」を生成し獲物を引き込んで楽しむクズだったけど。
「何にせよ、ダンジョンを生み出しちまった生徒のメンタルケアも必要だ。いまんとこ経験豊富なお前に期待するしかないのさ」
「……ぜんぜん納得してないですけど、報酬のこと忘れてないですよね」
念のため聞いておく。
「報酬?」
山田先生は目蓋のピアスを光らせた。
「内申点と成績アップの話ですよ」
「……あぁ、それな。うん大丈夫だ」
「全然たいじょばない感じですけど!? お願いしますよマジで!」
内申点に将来を全振りしてんだから。
「今後の働き次第で内申点は前向きに検討するさ。だがな! 学業の成績は別だ、おまえが頑張れ」
山田先生がピックであたしを指した。
「くっ」
内申点と成績は別か、くそっ。
「そろそろ朝のホームルームだぞ」
「ほんとだ、教室にいかなきゃ」
ていうか山田先生もギリギリまでギターいじってていいの?
「あとな、栞は大事をとって今日は休むそうだ」
「あ、知ってます」
「ほぅ?」
あたしはスマホを手に微笑んだ。
昨日の帰り際、栞ちゃんと通信アプリの交換をしたのだ。
夜に早速いろいろおしゃべりしたけど、親がどうしても休みなさいとうるさいので休むらしい。
スマホの画面には夕べからの会話ログが表示されている。
栞>メカちゃんはどんなお話に興味ある?
栞>恋愛……とか?
男に興味ないけど可愛い女子は好き<メ
栞>ww百合ものならオススメがあるよ
ニチャァ(ゲス顔スタンプ)<メ
栞>www良いのありますぜダンナ
「まぁ友達を大切に、クラスメイトとも仲良くやれ、芽歌はどうも消極的だからな」
「はいはいわかってますっ」
山田花子先生にペコリとお辞儀をして、私はひと足先に職員室を出た。
仲良く……ね。
あたしは教室の後ろの扉から1年C組の教室に滑り込んだ。
クラスメイトは30人。うち7割はすでに来ていておしゃべりや予習に勤しんでいる。
「おはよ」
「あっ、芽歌ちゃんおはよー」
瀞美ちゃんがのんびり手をあげた。
そして教室の窓側最後尾、机四つほどのエリアに派手なメンツが陣取っていた。
リーダーの宮藤ほのか。
彼女を中心にギャルっぽい取り巻き女子A子とB子。
遊んでいると噂の派手なイケメン男子佐々木くんと、バスケ部のエース男子吉田くん。
クラスどころか学年全体の「スクールカースト」のトップに君臨する面々が揃っている。
――宮藤ほのか。
栞ちゃんを小馬鹿にして心に傷をつけた主犯。
コイツに一言ガツンといってやろうか。
と、宮藤ほのかがあたしを見つけた。
げっこっちを見た。
なんという勘の鋭さか。
「メカっちおはー! 今朝なんか遅くね?」
「あっ………えと、職員室で山田エンセに呼び出されて……えへへ」
つい愛想笑いをしてしまうあたし。
ガツンというのは後だ、あと。
今は普通に挨拶する。
「キャハハ、朝から災難ー、マジ大変じゃん」
「まぁね」
「意外と成績に厳しいよねあの先生」
「そうだね」
……くそ、先手を打たれた。
宮藤ほのかは実際、あたしにも誰にでも愛想良く接するし、正直、そこまで別に悪い印象はない。
いわゆる「八方美人」であり実際にギャルで美人なのだ。
明るくて元気で、SNSや雑誌で学生モデルのバイトをしているという噂もある。
金色のブリーチ、緩くウェーブした髪は背中まで緩やかに流れている。市立だからメイクも自由だけど学生とは思えない派手なギャルメイク。胸元の制服リボンを着崩し、スカートは超短い。マジでガチで完全なギャル子だ。
あたしとは住む世界が違う……。
「夏樹くんおはよー、なんか目が死んでんじゃん? ゲームしすぎぃ?」
「うん……コンピ研のメンツとネトゲ……」
「マジー? プロゲーマー!?」
「なわけ……ないけど」
後から教室に来たゲーマー男子、実は美少年の夏樹くんにまで声をかける。
誰も否定しないし、趣味だってバカにしない。
声をかけられた方もまんざらではない様子になる。
うーん、ほんとに栞ちゃんの本をバカにしたのだろうか?
宮藤ほのかはクラスで目立たない女子にも、男子にもわけへだてなく話しかける。
彼女なりに「クラスみんなで仲良く!」を実践してるわけだ。
伊達にキラキラした取り巻きがいるわけじゃない。ちゃんとカリスマがあるのも頷ける。
あたしは賑やかな一団の横を通りすぎた。
自席は教室のほぼ中央。
栞ちゃんの席は廊下側の入り口近くの後ろ。
だから栞ちゃんが本を読んでいるとどうしても目につく。
宮藤ほのかは、意図してか意図せずか、心ないイジリをしてしまったのかもしれない。
とはいえ……。
いま、あたしに出来ることはない。
ケンカが強いなら「おぅ、ウチの可愛い栞に何してくたんじゃボケェ!」と往復ビンタでもするところだけど……流石に無理。
「うぃーす、朝のホームルーム始めっぞ」
ようやく山田先生がやってきた。ライブ始めるぞ! というテンションとは正反対の生気の無い声で。
「山田センセ、新しいライブ動画見たよ、最高だったー!」
「そうか宮藤、再生回数UP貢献サンキューな!」
「部屋でひとりで盛り上がっちゃった!」
宮藤ほのかが笑うと、周囲の取り巻き男子もうぇえええい! と、朝の教室で一体感が生まれた。
山田先生のデスメタルバンドライブ動画は視たほうがいいのか。
先生までも味方につけているとは。ぐぬぬ、どうあがいても勝ち目ないじゃん。
流石はカリスマギャル。
根回し、気遣い、見た目も可愛いし。
はぁ、せめて明日、栞ちゃんが来たら教室の隅で仲良くしてあげよ。
「今日も体調不良で栞は休みだが、明日から来るそうだ」
山田先生の言葉を聞いて、あたしは宮藤ほのかにチラリと視線を向けた。
「昨日も休んだのに……心配」
窓際後ろから二番目の席にいる彼女は、頬杖をつきながらつぶやいた。
けれど……普通に心配しているような表情を浮かべているようにもみえた。
栞ちゃんを傷つけた自覚がないのか?
「……ダッセ」
「……ウケル」
くすくす笑いとトゲのある言葉が聞こえてきた。
取り巻き女子のAとBだ。
まさか……アイツらが?
その後の授業は特になにもなく、淡々と時間が過ぎた。
けれど事件は起きた。
昼休みが終わりかけのころ、一人の女子が慌てて駆け込んできた。
「なんか女子トイレが……変なの!」
新聞部の増戸さんの声に、何人かの女子が動いた。
見回すと宮藤ほのかと、取り巻き女子ABがいない。
いつもギリギリまで女子トイレを占拠しメイクに励んでいるはず。
別に宮藤ほのかが他人を威圧するわけではない。
むしろ取り巻きAとBが、これみよがしに噂話や他人の悪口を言っているのが聞こえてくる。
だからトイレは近寄りがたい雰囲気になる。
あたしみたいな気弱な女子は仕方なく、別棟のトイレまで足をのばしているのだけど……。
「宮藤さんたちがトイレにいたと思うけど」
「姿が見えないの、だから心配で」
「いってみよう」
何人かの女子が席を立った。あたしも気になって席を立ち、増戸さんの後につづく。
男子や他のクラスメイトたちもザワつきはじめた。
「ほら、みて!」
増戸さんが立ち止まり指差す。
「なっ」
「何これ!?」
「やばいよ、これって……」
「ダンジョンだ」
あたしは一目見て断言する。
女子トイレのドアが黄金色に輝いていた。
信じられないことに地味なはずのトイレのドアが、ギラギラした装飾で彩られている。
後光のような光が暗い廊下まで明るくしていた。
周囲の空間も歪んでいる。扉の向こう側はトイレのはずなのに、中がダンジョン化しているんだ。
「どどど、どうしよう!?」
「先生呼んでくる」
増戸さん以外の女子たちが駆け出した。
原因は宮藤ほのか、あるいは取り巻き女子ABか。
PDSを発症、トイレをダンジョン化したのかもしれない。
この後の展開は予想がつく。
山田先生が来るなりたあたしの肩を叩くのだ。そして「頼むぞ」と親指をたてる。
「……はぁ、やれやれだよ」
「蔵堀……さん?」
戸惑いオロオロしていた増戸さんが、一歩踏み出したあたしに気が付いた。
「宮藤さんたちを探してくる」
あたしは黄金に輝くドアの取手に手をかける。
「あ、危ないよ! だってそこダンジョンなんでしょ!?」
「あたしさ……ダンジョン帰りの免疫持ちなんだ」
あぁ言っちゃった。
高校になってから、まだ誰にも話してないけど。
山田先生は教育委員会から情報を得て知っていたけど、生徒の誰にも話してはいなかった。
こんなことをカミングアウトしちゃったら、クラスの居場所を失うかもしれない。
でも、遅かれ早かれバレることだ。
もう栞ちゃんにはバレているし。
「蔵堀さん……!」
「ダンジョンに近づくなって、みんなに言っといて。じゃ」
<つづく>